第34話 笹の悲劇

~神別町~

「はあ。」

飴売りのささは客のいない店内を見てため息をついていた。

店主で夫のかんは昨日の朝から隣町の祭りでりんご飴の出店を出すために出掛けており、明日の夜まで帰らない。

笹は今朝から一人で店番をしているが、昨日と今日で売れたのは安い飴の袋が2つだけ。

飴なんて子どものおやつにしかならない。

祭りの出店なら売上がまだあるが、交通費や宿泊代であまり手元には残らないので、夫婦2人の生活は苦しい。


笹はこの町にある八百屋の三女だ。

りんご飴の果物を仕入れにきていた夫と知り合い、末っ子の笹を遠くの町に嫁にやりたくないとの母の希望で結婚が決まったのだが、夫の稼ぎがよくなる未来は見えない。

むしろ獣人の町に毎月のように出掛けている夫はいつ死んでもおかしくない。

だけど、獣人の町の方が売上がいいので、行くのを止めてくれとも言えない。


「はあ、お腹すいた。」


10月は売上が少なく、一日一食しか食べられない日が続いている。

実家の八百屋に余り物を貰いに行っていたが、すぐに近所で噂になるので両親も兄夫婦もいい顔をしない。

仕方なく飴のかすをお湯に溶いたものを飲んで空腹を紛らわせていた。


ザアア


急に雨が降ってきた。

笹は慌てて店先に出していた商品を片付けると、店の反対側に向かう。裏庭には洗濯物を干している。

慌てて洗濯物をとりこんだが、雨に濡れてダメになってしまった。

洗い直して今度は室内に干さなければ・・・空腹で動きたくもないのに!

笹はイライラしながら、濡れた洗濯物を抱えて洗濯場に持って行こうとした時だった。


ゴロゴロ


雷の音が頭上から聞こえ、ピカッと光った。

「きゃあ!」

音と光に驚いた笹は、悲鳴を上げ、よろけて棚にぶつかってしまった。


ゴトン


何かが落ちた音がした。

商品の飴を落としてしまったのかと思ったが、落ちたのは膨らんだ茶封筒だった。

どこにしまってあったのだろう?

初めて見る。音と膨らみ具合から何か固いものが入っているようだ。

笹は茶封筒を拾い上げて驚いた。


この感触は、何かの塊と、お金が入ってる!?


茶封筒には夫の字で【預かりもの】と書かれているけど、笹は好奇心に負けて封筒を開けた。

「ええ!?」

中にはお札と小銭・・・5000円以上ある。

それに、これはなんだろう?


小さなガラスの器に薄紫の塊が入っている。


ろうそくだろうか?

嗅ぐとお香のようないい香りがする。

ガラスは厚みがあって安物ではなさそうだ。棚から落ちたのにヒビ一つ入っていない。

よく見ると朝顔の花と葉っぱが彫られている。


「何これ?」


こんな大金と高そうなアロマキャンドルを預かっているなんて夫からは聞いていない。

いや、こんなものを飴屋に預ける人なんているはずない。

夫はどこからこれを? まさか盗んだ?

さすがにそれはないか。

でも本当に預かり物なら、預けたのは女?

男がこんなアロマキャンドルを預けるはずがない。

いや、それとも女への贈り物だろうか?


「あ!」


笹はピンときた。

夫が女へのプレゼントに買ったものかも!?

でもこのお金はなに? 女に会いに行く旅費?

なんにせよ、笹は腹がたって仕方ない。

妻にはこんなにひもじい思いをさせて、余所の女には高そうなプレゼントにお金まで隠してたなんて!


『これは私がもらってもいいわよね。』


笹は1000円札をポケットにいれ、それ以外のお金は自分のへそくり入れにしまった。

1000円あれば、今日と明日お腹いっぱい食べられる。 封筒はびりびりに破いて、外のごみ捨て場に捨てることにした。


これは・・・笹はアロマキャンドルを見る。


さすがに売ると足がつきそうだ。

とはいえ捨てるのは勿体ない気もする。 アロマキャンドルなんて雑貨屋で見たことがあるだけで、使ったことはなかった。


「そうだわ。今夜も夫は帰ってこないから、使っちゃおう。」


笹は上機嫌で雨の中、食事を買いに出掛けた。

まさかこれが最後の食事になるとは笹は夢にも思っていなかった。



~乗合バス~

「よかった~今日は閉門に間に合いそうだな。」

寒は乗合バスの隣に座るお好み焼屋の息子に話しかける。

「ああ。11月に入って閉門が早くなったからな。よかった、よかった。」

今回の祭りは隣町だったので、行きも帰りも神別町の商人仲間と一緒で心強い。

まだ日暮れ前だし、乗合バスが獣人に襲われたことはなかった。

秋にハイエナ町からの帰り道でカワウソの獣人に襲われかけてから寒は金がかかってもバスを利用するようにしていた。


「来月はいよいようちの町の祭りだな!」


前の席に座る商人たちが話しているのは、毎年12月にひらかれる鎮魂祭のことだ。

神別町では30年ほど前に大きな地震があり、町の8割の建物が倒壊し、町民の半分が亡くなったそうだ。

その鎮魂のため地震の起きた12月に、色とりどりのランタンを町中に飾る。

それを目当てに多くの観光客が町にやってくるのだ。

寒は5年ほど前から毎年、神別町の鎮魂祭に出店していたところ、町の商人たちと仲良くなり、神別町は乗合バスの大きな駅があって交通の便もいいので、店を構えることにしたのだ。

さらには神別町内で嫁ぎ先を探していた八百屋の娘との縁談までもらって、寒は人生で一番幸せだった。

もうけの少ない飴屋で、出店のために家を空けることの多い寒は結婚をほとんど諦めていたのだが、どこに縁が転がっているか分からない。


『そういえば、ケイさんは来月の祭りには来るかなぁ?』


寒は先月、宿の食堂で気前よく奢ってくれた同年代の商人のことを思い出した。

水連町の話になぜか興味津々で、どういうわけか寒にアロマキャンドルを預け、酒と食事を奢ってくれた。

ケイを慌てて追いかけたのだが、寒が店の外に出ると姿は見当たらず、宿の受付に聞いても泊まっていないとのことだった。

その上、追いかけてきた食堂の女将が、釣銭を寒に渡してきて・・・寒はアロマキャンドルと一緒に5000円以上を預かる羽目になった。

妻にはカワウソの獣人に襲われた件から話すと心配をかけるので何も言わずに、お金とアロマキャンドルは店の棚の奥に隠してある。


『まあ、また町に来るって言ってたから、たぶん鎮魂祭では会えるよなぁ。』


寒がそんなことを考えている間に、バスは神別町の門をくぐり、駅についたのだが、


「寒さん!」


声を張り上げて走ってきたのは妻の兄嫁だ。

どうしたのだろう?

寒と一緒にバスを降りてきた商人たちも驚いて兄嫁を見ている。

「おいおい、八百屋の嫁さん。そんな大声あげてみっともねぇぞ!」

口うるさいのはおでん屋の親父だ。


「さ、笹が!店にいた笹が獣人に襲われたの!」


「は、はあ!?」

寒も周りの商人たちも驚いて声をあげる。

この町は獣人と戦争になっていない。

2年ほど前から獣人たちが町に商売に来るようになったが、獣人とのトラブルは起きたことがないと聞いている。


「は?え?笹は?」


寒は状況が飲み込めないまま、兄嫁と一緒に飴屋に向かって走った。



~寒の飴屋~

「・・・」

寒の店は、変わり果てていた。

木造の建物は屋根が半分壊され、店の中に入ると、床は血だまりが乾いて変色し、壁際の商品棚はほとんど壊されている。

「笹は?」

床の血の跡を見ながら寒は声を絞り出すようにして兄嫁に尋ねたのだが、兄嫁は店の入口で妻の母親と抱き合って大泣きしている。

「死体は寺に運んだ。見ない方がいい。鳥の獣人どもに・・・うっうっう・・・」

妻の兄はそこまで言って泣き崩れた。

寒と一緒に駅から店にきた商人仲間たちが慰めながら兄を連れ出してくれた。


「なんで?」


寒は1人、呆然と呟いた。

2日前の早朝、妻は元気に寒を送り出してくれたのだ。 獣人に襲われる心当たりなんてない。

獣人の町で商売はしているが、トラブルになったことはないし、この店に獣人の客が来たことはないはずだ。


「なんでだよー!?」


寒の泣き声が荒れ果てた店内に響き渡った。

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