第33話 香流溪

10月下旬、スミレという人族を解放軍の巣近くに放す計画を詰めているところに、龍雲の雲雀亭から吉報が届いた。


昨年、再々婚したカワウソ妻の妊娠がわかったそうだ。


ついに龍雲にも子ができた!

出産は年末か年明けころになるようだ。


龍景は、俺から芙蓉の言葉をそのまま伝えたら、なんか納得したらしい。

正直、俺はまだ芙蓉がなんで騙して結婚したことを許してくれたのかよく分かんねぇけど、とりあえず龍景の口止めには成功したからいいや。

にしても、龍景が出会った寒とかいう人族と、妻の家族はどうするかなぁ。

妻はどっちも殺してほしくないって言ってるから、手は出せねぇが、このまま野放しにしとくのもなぁ。

解放軍がいまだに芙蓉を狙ってるなら、芙蓉のことが人族の世界でこれ以上広まることは避けたい。芙蓉も遊女だったことを知られたくないって言ってたし。

ついでに人族が俺のことを同族と勘違いしてることも。


しかし、今回ばかりは龍海にも龍賢にも相談できねぇ。

2人とも迷わず人族たちを殺して口封じするはずだ。

龍賢はその後、俺と芙蓉を離婚させようとするだろうが、俺の不祥事を一族外に知らせることはしない。

とはいえ、俺と龍景でいい知恵なんて出るはずもなく・・・

こうなったらあいつも巻き込むか!

仕方ねぇ。



~香流渓~

11月のある晴れた日、芙蓉は夫と子どもたちと一緒に香流渓に紅葉を見にきていた。


ここは夫と結婚する前、一度つれてきてもらって以来だ。


今年の初めに、朱鳳の大樹で、鳳雁と芙蓉が香流渓の話をしたことを龍陽と竜琴が覚えていて、芙蓉と夫に行きたいとせがんできたのだ。

来月末には龍雲のところで守番が始まるらしく、夫はその前にと紅葉が見頃を迎え始めた香流渓に連れてきてくれた。


それになんと今回は・・・三輪たちも一緒だ。


さすがに馬車は別だったけど、三輪と龍緑、それに今月一歳になる竜琳もいる。

竜琳はまだ1人では歩けないけど、体重は7キロを超え、身体もしっかりしてきた。

今日は元気そうだ。

あとは・・・護衛として竜冠、竜夢と、龍景もいる。

正直、龍景には会いたくなかったけど、さすがに護衛のことまで夫に文句はいえない。

ほかの竜に怪しまれても困るし。


それよりは、久々の紅葉の景色を楽しむことにした。

子どもたちは地面に落ちた紅葉の葉っぱを踏んだり、枝を拾って振り回して遊んでいる。

芙蓉は少し離れたところを三輪と並んで歩きながら子どもたちを見ていた。

竜琳はさらに後方を歩く龍緑が抱いている。

獣人たちは相変わらず紫竜を避けて道をあけているけど、先頭に竜夢と竜冠、真ん中に子どもたちと芙蓉と三輪、その後ろに夫たちと龍景という配置で歩いている。


「すごい!とっても綺麗ですね。」


初めて香流渓に来た三輪は周りをキョロキョロと見回して楽しそうだ。

「ふふ、そうね。」

まだ緑の葉もあるけど、紅葉の森は相変わらず見事だ。


『あ!』


森の中に見覚えのある建物がちらりと見えた。

かつてあのトイレから出てきたところで、夫が鳳雁と話しているのを目撃し、その近くですずを見つけ、明日香と再会した。


『2人は元気かな?生きてるよね?』


すずちゃんはそろそろ小学校を卒業する年齢かな?

明日香は・・・


「明日香さん元気かなあ?」


「え?」

芙蓉は驚いて三輪を見る。

「あ!すみません。昔、ここのことを教えてくれた友人のことを思い出して。」

三輪は笑いながらそう言うが、

「え?香流渓のことを知ってる人なの?」

芙蓉はまだ驚いていた。

「はい。友人の元夫が、商売の失敗を取り返すために獣人相手に闇商売していたそうです。友人とまだ小学校にあがる前の娘まで付き合わせて・・・信じられないですよ!

あの後、友人は離婚して良かったです。

あ!でもその時に明日香さんが朱鳳の羽を拾って、私にくれたので羽に何度も命を助けられたことは感謝してます。」

「・・・」

芙蓉は言葉が出ない。


明日香は珍しい名前ではないけれど、

まさか、そんな・・・


「そ、その友人は清水町の方?」

芙蓉は思わずきいてしまった。

「え?いえ、その隣の水連町の雑貨屋が友人の実家でした。友人は離婚後はしばらく雑貨屋を手伝ってましたね。」

「すい、れんまち・・・」

「奥様もご存知ですか?」

「み、三輪は隣町にも友人がいたのね!?すごいわね。」

結婚前の商人の娘は、別の町に行くこと自体まれだ。


ましてや友人なんてどうやって作ったの?


「あ!その町が私の前の嫁ぎ先なんです。」


「ええ!?」

芙蓉はさらに大声が出た。

「ふふ。そんなに驚かれます?あんまりこの話をすると夫が拗ねちゃうので奥様にも初めてお話しましたね。」

どうやら三輪は水連町が芙蓉の故郷だと聞かされていないらしい。


でも、こんな偶然があるだろうか?


幸いなのは、芙蓉が売られた後に三輪が嫁いできたであろうことだ。

そうでなければ、芙蓉が三輪を知らないはずがない。小さな町では商人の結婚はすぐに知れ渡る。


『ああ、それで・・・』


以前、三輪と、故郷では冬に雪が降り積もることや、ゆず入りの生姜湯のことを話したけど、まさか明日香の雑貨屋のことを話していたなんて。

どうして気づかなかったのだろう?

あ、でも三輪は水連町で、芙蓉のことを聞いているかもしれない。

夫から聞かされた寒の話では、水連町では長らく芙蓉は行方不明者扱いだったらしい。


だけど、三輪にはきけない。

怖い。

芙蓉はかつて、この香流渓で明日香に漏らしてしまったのだ。

自分が兄の結納金のために売られたことを・・・


「奥様?どうされました?」

三輪の心配そうな声で芙蓉は我に返った。

「あ、ううん。その、明日香・・・さんはすごいわね。は、波瀾万丈というか、なんというか・・・」

「はい。とっても芯の強い姉さんでした。余所者の私にも優しくしてくれて、離婚の手助けまでしてくれて。再婚した旦那さんと娘のすずちゃんと幸せに暮らしててほしいです。」

「そうね・・・」

芙蓉はそれしか返事できなかった。



「龍希様、龍景」

龍緑は前方を歩く妻たちを見ながら、2人に話しかけた。

「ん?」


「龍希様の奥様に何をしたんですか?特に龍景! 奥様からわずかとはいえ悪意を向けられるなんてよほどのことだろう?」


龍緑は振り返って龍景を睨んだ。

「はは。やっぱ気づいたか?」

龍緑の半歩前を歩く龍希様はそう言って苦笑いしている。


普通、理由がどうあれ奥様が悪意を向けるほど嫌っている龍景を旅行の護衛に選ぶはずがない。

間違いなく龍希様も絡んでいる。


「龍希様のせいですよ!絶対に奥様への伝え方が悪かったんです!」

案の定、龍景は龍希様に怒っている。

「という訳で龍緑の知恵貸してくれ。」

龍希様はそう言うが、

「事情は分かりませんが、竜冠の役目では?」

「あいつは龍海にチクるからダメだ。」

「・・・。一応ききますが、父絡みなのですか?」

「いや。あいつは、ほら、俺の不祥事揉み消すためなら芙蓉にも容赦しないだろ?」

「なら龍賢様は?」

「あいつに言ったら離婚させられる。」

「・・・」


とんでもない面倒ごとの予感しかしない。


龍緑は聞きたくない、普通なら。

でもあの奥様が龍景にわずかとはいえ悪意を向けるなんて余程酷いことをされたに違いない。

なのに、龍希様は龍景を遠ざけるどころか、奥様と和解させようとしてるなんて・・・

何があったのかもの凄く気になる。


「ちなみにその話は、俺の妻になにか関係します?」

「しねぇ。」

「・・・」


龍希様のこういうところが龍緑は大嫌いなのだ。

空気を読んで嘘でも関係あるって言えよ!


龍緑はイライラしてきた。

「いや、龍希様の離婚となれば龍緑の妻もショックを受けるでしょうから関係おおありですよ。」

龍景がフォローしてきた。


こいつは龍希様と違って配慮ができる奴だと知ってから、龍緑は前ほど龍景のことが嫌いじゃなくなった。


「ついに離婚するんですか?」

龍緑はイライラしたまま龍希様に問いかける。

「しねぇよ。ふざけんな!」

「ならば何事ですか?全く話が見えません。」


「いや~色々あって龍景には打ち明けたんだ。 俺が、人族のふりして芙蓉を騙して結婚したこと。」


「は?」


『聞き間違いだろうか? そうに違いない。』


龍緑は呆然としながら、振り返って龍景を見るが、龍景は呆れた顔で頷いた。

「え?」

龍緑はもう一度龍希様を見るが、悪意を全く感じない。 どうやら嘘ではないらしい。

「なら、なんで奥様は?」

「龍景にも同じことを言われてな。竜琴が転変してから、騙した俺のことを許してくれて、夫扱いしてくれるようになったのはなんでなのか?って。 それを芙蓉に尋ねたら、なんで龍景がそんなこと気にするんだ?って怒っちゃった。」

龍希様は困った顔でそう言うが、龍緑は開いた口が塞がらない。


「そんなに驚くか?龍景は薄々気づいてたぞ。」

「いや、俺はてっきり、龍希様も奥様を脅したんだと。結婚しないと命は保証はないぞ的な・・・」


「俺をなんだと思ってんだ?」


龍希様は怒った顔になって龍緑を見るが、

「いや、脅しも騙しも大差ないでしょう? なんでそんなことを?」

「え?いや~芙蓉に近づくには人族のふりするしかなくて。で、手をつけたらもう芙蓉を自分の巣に連れて帰ることしか頭になくて。」

「ドン引きです。そりゃ、嫌われますよ。」

「うん、それについては言い訳もできねえ。」

素直に反省できるのは龍希様の長所だけど今回ばかりは誉められた話じゃない。

「なんで龍景に?そんな面倒ごとを・・・」

龍緑はまだ信じられない。


「いや、実は・・・」


龍景と龍希様から聞かされた一連の話に龍緑はまた驚いていた。

それに・・・

「お前・・・龍賢様の派閥に入るんじゃなかったのか?なんで?」

「お前こそ龍海様の後継者なんだと思ってた。」

龍景はそう言って疑うような視線を龍緑を向ける。

「俺は父の後継者になるつもりはないよ。ただ、今の話聞いて、派閥関係なく奥様が離婚を望むなら俺は奥様につく。」


「いや!芙蓉は離婚なんて望んでねえから!それはちゃんと芙蓉に確認したんだ!」


龍希様が慌てているが、どうでもいい。

だけど、少なくとも奥様が今すぐの離婚を望んでいないことは龍緑にも分かる。

というか、今まで一度も奥様から龍希様に対する悪意は感じたことがないし、奥様がお子さまたちを溺愛しているのは間違いないので、誘拐婚の被害者だから奥様と龍希様を離婚させるべきだとの龍賢様の意見には龍緑は賛成できないのだ。

あまりにも奥様の気持ちを無視している。


とはいえ、反対に父は、龍希様が独り身になっては格好がつかない上、離婚後しばらくは使い物にならなくなっては困ると離婚に断固反対している。

それはそれで、やはり奥様の気持ちとか意向は無視なので、この点に関しては龍緑は父と別意見なのだ。


「えーと、まだ情報を整理できてないですが、なんで俺にこんな話を?」

龍緑は龍希様に尋ねる。

「俺と龍景じゃいい知恵でねぇ。」

「・・・。俺じゃなくても・・・」

「んじゃ、お前は誰がいいと思う?」

「・・・」

龍緑は思い付かない。


「分かりましたよ。俺にご相談されたいことはなんですか?」


「龍景が会った芙蓉の幼なじみの人族と芙蓉の家族をどうすべきかなって思ってな。芙蓉はこいつらを殺すことは望んでないけど、野放しにして芙蓉のことを広められるのは困る。」

「まあ、確かに。カンとかいう雄は早急に探しだして口止めすべきですよ。脅しでも金でも手段はなんでもいいので。 同じく奥様の母親が水連町にいるなら探しましょう。お二人の話が本当なら人族のふりして聞き込みすれば所在が分かるのでは?」

龍緑の言葉に龍希様と龍景は感心した顔で頷いている。

「龍景、寒を探しだして口止めしてこい。」

「はい。龍希様。俺のシリュウ香渡してるので人族町まで行けば簡単に見つけ出せます。」

「お!さすが龍・・・」


「バカやろう!」


龍緑は怒りのあまり龍景を怒鳴り付けた。

「へ?」

「どした?龍緑?」

2人は驚いた顔で龍緑を見るが、


「なんでそんなことしたんだ!父も龍賢様もお前の話に出てきた人族を探すかもしれないだろ!? 下手すりゃもう殺されてるかもしれないぞ。 もしくはハイエナの近くなら黄虎が・・・シリュウ香持ってる人族を見逃すはずがない!」


「あ・・・」

龍景は真っ青になっている。

「落ち着けよ。竜夢たちに聞こえたらまずい。 心配しすぎだ。燃やす前のシリュウ香の匂いを辿れるのは俺らか黄虎ぐらいだよ。人族がシリュウ香を使わない限り、獣人どもにはばれないよ。」

「あ!それなら大丈夫っす!預けてきただけなんで、あいつはシリュウ香を使うことはないはずです。」

「・・・」

龍緑は楽観的すぎる二人を睨む。

「分かった。龍緑の言うことももっともだ。龍景、寒のいる人族町行って口止めしてこい。金はいくらでも俺が出す。」

「はいっす!あ、でも父たちへの言い訳を考えませんと。日帰りできる距離ではないので・・・」

「龍緑頼む。」


「悪巧みは龍希様がお得意でしょう?」


「ああ。あの2人には手の内全部ばれてる。」


「・・・」

龍緑はまた呆れた。

「龍景は?」


「嘘つきすぎて父には即バレる自信がある。」


「はぁ。」

龍緑のため息は止まらない。

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