第7話 忘却
6月に入ってすぐ睡蓮亭から嬉しい知らせがきた。
龍緑と三輪の娘の
早く小さく産まれて心配していたが、竜琳はミルクを飲んでゆっくりだが大きくなり、先月から雷気を食べるようになったと聞いていたので、龍希も妻も安心していた。
龍希は早速、4日後に本家で竜琳のお披露目会を行うことにした。ついでに龍雲と龍兎の新しい妻の紹介もさせる予定だ。
~リュウカの部屋~
「三わの赤ちゃんに今日会えるの?」
龍陽が興奮した様子で芙蓉に問いかける。
「ええ。もうすぐ来るわ。」
芙蓉も嬉しくて仕方ない。
「にいに、りゅうりんだよー。」
そう言う竜琴も嬉しそうだ。
「知ってるよ!早く来ないかなー」
「もう2人とも・・・あら?どうしたの、龍風?」
末っ子の龍風はキョトンとした顔で絨毯の上に座って、興奮して動き回っている兄と姉を見ている。
『眠いのかしら?』
芙蓉は気になりながらも、身支度を始めた。
夕方からのお披露目会前に、三輪と龍緑、竜琳に会うことになっているのだ。
~紫竜本家 正門~
『何ヶ月ぶりだろう?』
久々に本家に来た三輪は思わず涙が出そうになった。
昨年の春に妊娠が分かってから、なかなか外出させてもらえず、娘が産まれてから転変するまでは睡蓮亭の建物の外に出ることすらできなかったのだ。
「睡蓮亭の旦那様、奥様、竜琳様、お待ちしておりました。応接室にご案内いたします。」
出迎えてくれたのは執事服を着た雌トンビの獣人ことサーモだ。族長の執事で、普段は奥様たちのそばにいることが多い。
~応接室~
案内された応接室に入り、三輪がベビーベッドで娘のオムツ替えをしているところに、族長一家が入ってきた。
「三わ!ひさしぶり!」
「みわ~会いたかったの~」
龍陽様と竜琴様が叫びながら駆け寄ってきてくれた。
「若様、姫様、お久しぶりでございます。」
三輪は膝を床について2人を抱き締める。
「りゅうの子のにおいする~」
「りゅうりん見ていい?」
「はい、是非。」
三輪は立ち上がると娘の竜琳を抱っこして、また床に膝をついた。
立ち上がった時に隣の夫の拗ねている顔がチラリと見えたけど、気にしないことにした。
龍陽様と竜琴様は嬉しそうに娘の顔を覗き込んでいる。
「ちっちゃ~い」
「りゅうり~ん、おきてるねー」
「ふふ。三輪も元気そうで良かったわ。ほら、龍風も行ってごらんなさい。」
奥様と族長もそばに来てくれた。
龍風様は族長に抱っこされたまま、三輪たちの方を見ている。
「奥様、族長、ご無沙汰しております。 龍風様、こんにちわ。三輪ですよ。」
三輪はそう言って龍風様に微笑みかけたのだが、龍風様は無言のまま、真顔で三輪を見返してきた。
『どうしたのかしら?』
末っ子の龍風様は人見知りで恥ずかしがり屋で、三輪と目があうと恥ずかしそうに目を反らすものの、挨拶は返してくれる子だったのに・・・久々に会ったからかな?
「りゅうふう~三わの赤ちゃんかわいいよ~ おいでよー」
「ほっぺぷにぷに~りゅうふう、おいで~」
龍陽様と竜琴様に呼ばれても龍風様は族長の腕の中から動かない。
むしろ、族長の着物をぎゅっと握っている。
「龍風、どうしたの? 三輪の赤ちゃん、竜琳様よ。」
奥様も首をかしげている。
「龍風?降りないのか?」
族長が龍風様を降ろそうと両手で抱き上げると、龍風様は泣き出してしまった。
「えーん」
「もう、どうしたの?」
「なんだ?お前まさか竜琳が怖いのか?」
奥様と族長は困った顔になっている。
「あ~もしかして、忘れてしまわれました?」
夫の言葉に三輪ははっとなった。
「え?あ、しばらくお会いしてなかったから?」
「もう。まだ小さかったものね。でも、しばらくしたら三輪のことを思い出すはずよ。」
奥様はそう言って龍風様に微笑みかけるが、
「あ、いや~」
族長と夫は困った顔になって奥様を見る。
「どうされました?」
「どうしたの?あなた?」
奥様も三輪も、夫たちがなんで困った顔になったのか分からない。
「あ~芙蓉、すまん。龍風は、一度忘れたら二度と思い出せないんだ。」
「はい?」
族長の言葉に首をかしげているのは奥様だけじゃない。三輪も意味が分からない。
「俺たち紫竜の男はな、一度忘れると二度と思い出せないんだ。」
「え?」
今度は三輪たちが族長の言葉に驚いた。
三輪は困惑して夫を見るが、夫は困った顔で頷いている。
「俺たちはそういう生き物なのです。自分の巣から離れてしばらく会わないと、その相手のことを忘れてしまうのです。自分の親、兄弟でもです。」
「そうなんだ。俺はもうじいさんのことも前の妻のことも覚えてないんだ。頭の中にその2人の記憶は何一つ残ってない。」
夫と族長は困った顔で説明してくれた。
「え?で、でも龍陽と竜琴は?」
奥様が困惑した顔で族長に尋ねる。
「こいつらは覚えてるみたいだな。どのくらい離れてたら忘れるのかは個体差が大きいんだ。 あと、女は別だ。忘れてもまた思い出せるらしい。」
「そ、そうなのですか?」
三輪はまだ半信半疑だったが、その後のお披露目会でも龍風様だけは三輪たちから距離を取り、昔のように近寄って来てくれることはなかった。
~睡蓮亭専用休憩室~
「ふう~」
三輪はソファーに座るなり大きく息を吐いた。
まだお披露目会の途中だが、竜琳を転変させるためにと夫に頼まれて、三輪は休憩室に来ていた。
茶犬の侍女クーラは部屋の隅でお茶を淹れてくれている。
疲れた。 こんなに人・・・じゃない大勢に会うのは久々だ。
睡蓮亭の守番中、三輪が会うことができたのは、夫、守番の竜礼様、シュシュ医師とシュグ医師だけだった。
竜紗様は三輪が目を覚ました翌日に帰っていき、今日まで会っていなかった。
なお、族長を含め男の守番たちには一度も会っていない。
夫が許さないのだと竜礼様が教えてくれた。 族長と同じだ。
龍雲様と龍兎様は再婚したそうで、新しい奥様と一緒に席まで挨拶にきてくれた。
再婚したら前の妻のことはすっかり忘れてしまうと夫が言っていたから、龍兎様はもう鴨の前妻ヤヤのことは覚えていないのだろうか?
それにイグアナ妻と、その夫龍韻様も居なかったけど、体調不良か何かかな?
竜湖様も居なかったけど、どうしたんだろう?
龍韻様たちの席は空席になっていたのに、竜湖様が以前まで座っていた席はなくなっていた。
まさか死んだの?
そんなはずないか・・・お披露目会が終わったら夫にきいてみよっと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます