第6話 清水町跡地の地下室
~族長執務室~
5月のある日、龍希のもとに竜波と龍兎がやってきた。
「ん?どうした?鴨に何か動きがあったか?」
「いえ、今日はマムシについてのご報告です。」
竜波が答える。
「マムシ?」
「はい。昨年、私と竜湖様がマムシ領にある人族跡地で見つけた地下室を覚えておられますか?」
「地下室?マムシの?」
龍希は全く覚えていない。
「清水町という龍緑の妻の故郷の跡地です。 昨年の冬に見つけた時には、ワシ、熊、人族の臭いが残っていましたが、誰もいませんでした。
それで雪が融けた後から、マムシ族に見張らせていましたが、昨日、マムシ族のマーメイが清水町跡地で行方不明になりまして。どうやら地下室に入ったようなのです。」
「マーメイ?どっかで聞いたような?」
「はい。龍灯様の最初の妻で、離婚後何年も経ってから、ワシのイーロに誘拐され、昨秋に龍算様と龍景が羽方町という人族町近くの解放軍の巣から救助しました。」
「あー!あのマムシか。また誘拐か?」
龍希は思い出した。
「いえ、今回はマーメイは自分で清水町跡地に行き、姿を消したようです。」
「は?なんで?」
「マムシ族も分からないそうです。マムシ族は地下室の中まで捜索したそうなのですが、なぜかマーメイは見つからず、マムシよりも鼻が利く龍兎に地下室を探してほしいと言ってきたのです。」
竜波の報告に龍兎は困った顔で頷いている。
「地下室の捜索ねぇ。どうする龍兎?出張するか?」
「え?はぁ、族長命令であれば参りますが・・・」
龍兎は気が進まないらしい。
「別にお前が行きたいって訳じゃないなら、断って構わないぞ。マムシのためにそこまでする義理もないし。」
龍希はそう言って肩をすくめる。
「あ、いえ、別に捜索に行くのが嫌な訳ではないのですが、その、マムシ領に行くなら一緒に行きたいと妻が・・・」
龍兎が困っている理由が分かった。
龍兎の後妻はマムシ族の商人の娘だ。
「ダメに決まってるだろ!妻の里帰りは許さないのが紫竜のルールだ。」
「わ、分かっております。」
龍兎は慌てている。
「はあ。マムシ妻は分かってて、龍兎を困らせて楽しんでいるのです。」
竜波はそう言ってため息をついている。
「え?いや、僕の妻はそんな・・・」
龍兎は慌てて否定しているが、
「お前も妻の尻に敷かれてんのな。」
龍希は呆れた。
「ええ!?いえ、尻に敷かれてなんていません!え?お前も?って誰のことですか?」
「龍緑」
龍希の返事に龍兎は困った顔になって黙ってしまった。
龍緑の従兄弟で仲のいい龍兎にも心当たりがあるらしい。
「あら~族長だって、無関係の鷺を殺したら嫌いになるって奥様に叱られて、慌てて鷺族長たちを助命してやったとお聞きしましたよー」
竜波がニヤニヤ笑いながら言い、龍兎は驚いている。
「妻のお願いを聞くのは当然だろう。」
龍希は拗ねた顔でそう答えたのだが、
「いや、お願いじゃなくて脅迫では?」
龍兎が真面目につっこんできやがった。
「う~うるせぇ!お前らもう下がれ!」
龍希は2人を追い出した。
~鹿領隅の解放軍の隠れ家~
「誰だ?」
マムシ領と鹿領の境にある隠れ家を預かっていた解放軍の
見覚えのないマムシの獣人が隠れ家に入ってきたからだ。
「あんた誰?スミレはここに居ないの?」
マムシの獣人はそう言って狭い隠れ家の中を見回している。
「なぜスミレ様のことを知っている?」
「あ!もしやマーメイ様?」
奥にいたはずのツツジがそう言って出てきた。
「ん?そうだけど、あんた誰?」
「私はツツジと申します。マーメイ様はどうしてこちらに?確か・・・羽方町はかたまちの隠れ家におられたはずでは?」
「ゴリラのせいでシリュウに捕まったのよ。生きた心地がしなかったわ。 スミレのやつ! あそこなら安全って言ってたのに、だまされたわ!」
マムシの獣人ことマーメイはそう言って怒っている。 如月とツツジは顔を見合わせた。
このマムシの話がどこまで信用できるのか下っ端の2人では判断できない。
「豊様・・・北の隊長に連絡してきます。」
ツツジはそう言って奥に消えて行った。
~鹿領の隠れ家~
「マーメイ様、お久しぶりです。」
豊はそう言って隠れ家に入ってきたマムシの獣人を出迎えた。
2日前にマムシ領との境にある小さな隠れ家に入ってきたマムシを、鹿領のより大きな隠れ家に連れてきたのだ。
「あんた誰?」
マーメイは眉をひそめて豊に尋ねる。
「スミレの助手で、今年から北の隊長になりました豊ゆたかと申します。」
「スミレはどこ行ったの?」
「ジャガー領です。」
「あ~黄虎か。じゃあもう死んでるわね。」
「マーメイ様は、シリュウに捕まっていたとお聞きしましたが、裏切ったのはゴーライですか?」
「そうよ。あのゴリラが紫竜を2匹も連れてきたのよ!死ぬかと思った!」
「それは大変でしたね。マーメイ様と一緒にいたマムシたちはどこに?」
羽方町そばの隠れ家には、マーメイの他に助け出したマムシの元奴隷2匹が一緒にいたはずだ。
「あいつらはシリュウの使用人になったわ。自分達を売ったマムシ領には帰りたくないって言って。」
「は?シリュウの使用人?」
豊は眉をひそめる。
「そ。よくある話よ。」
「では、ゴーライは今どこに?」
「そいつもシリュウの使用人になったわ。」
「そうですか・・・マーメイ様は戻ってきて下さったんですね。」
豊はまだ疑っている。
「ええ。私はまだマムシ族への復讐を終えてないからね。」
「では、またお手伝い致します。 しばらくはこちらにご滞在下さい。何かあればこのツツジに言って下さいませ。」
「分かったわ。」
営業スマイルを張り付けた人族の雄が出ていき、マーメイは臭いを辿って隠れ家の一室に向かった。
「あーやっぱり。久しぶりね、デーメ。」
マーメイが扉を開けると、部屋の中で椅子に腰かけていたイグアナの獣人が驚いた顔で振り返る。
「は?誰?ノックもせずなんなの?」
「相変わらず神経質ねぇ。マムシ族のマーメイよ。」
「マーメイ?龍灯の?なんでここに?」
イグアナのデーメはまた驚いている。
「私を売ったマムシ族への復讐。」
「ああ、なるほどね。」
「デーメこそなんでここに?あんた、焼け死んだんじゃなかったの?」
「・・・龍韻は再婚した?」
「まだ聞いてないわ。残念ね。身代わりにしたのは、あんたと一緒に消えたっていう妹?」
「・・・ええ。私を紫竜に売ったクソヤロウよ。」
「あはは!やっぱり!」
マーメイは大笑いした。
「あんたはすっかり紫竜の臭いが消えてるわね。羨ましいわ。」
そう言うデーメはいつもの無表情に戻っている。
「離婚して随分経ったからね。あんたはまだかなり臭うわ。すぐ分かったもの。」
「悪かったわね。臭いが消えて、龍韻が再婚するまでは私はここから出られないの。」
「ふふ。旅行先から逃亡だっけ?やるわねぇ。 それにイグアナ領の神林燃やしたのもあんた?」
「ええ。」
「なんでまた?イグアナ族の命より大切なものじゃなかったの?」
「だから燃やしてやったの。妹と一緒に。」
「ふふ。あんたもいい性格してるわぁ。」
マーメイはまた大笑いした。
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