第5話 竜縁の鱗
5月に入ってすぐ、桔梗亭の竜縁の鱗がついに生え代わったらしい。
ついにと言っても、竜縁は来月7歳になるから別に遅いわけではないのだが、娘の竜琴が朱鳳に狙われている龍希は、竜縁の鱗の生え代わりを待ち望んでいたのだ。
龍栄が竜縁の鱗を売りに出したところ、朱鳳が60枚購入したらしいが、買ったのは朱鳳の族長筋ではなかったらしい。
龍賢は、竜湖が今の朱鳳族長の息子の鳳剣に嫁いだ後、竜帆は族長筋とは別の朱鳳に嫁いだからそれと同じだろうと言っていた。
数の多い朱鳳でも紫竜の妻が族長筋に同時に複数存在することは避けているのだそうだ・・・
竜琴を黄虎にも朱鳳にも嫁にやりたくないけど、竜琴はあの朱鳳のガキにもらった花の髪飾りがやたらと気に入ったらしく、この間は龍示や竜理にまで見せびらかしていた。
~族長執務室~
鴨族本家の炎上から1週間後、龍希は鴨族取引担当の龍兎を呼んでいた。補佐官たちに加え、相談役の龍賢もいる。
「鴨族本家の炎上により、鴨族長の家族も補佐官も全員死亡しました。今は昨年引退した元補佐官鴨が指揮をとっていますが、混乱はおさまっていません。 本家が炎上した理由も不明です。当時、本家に居た鴨も使用人も全員死亡したようです。」
龍兎の報告に皆首をかしげる。
「生存獣人がゼロ?誰も逃げ出してないのか?」
「はい。不思議なことにまだ生存獣人は見つかっていません。あ、ただカラスの死体が1つ足りないそうです。」
「カラスの?ああ、カラス妻も死んだんだったな。」
「はい。鴨族長の妻だったカラス族のタヤは死亡が確認されました。死体はどれも黒焦げでしたが、タヤの寝室から、鴨族長妻の証であるネックレスをしたカラスの焼死体が見つかり、タヤで間違いありません。
それと、タヤを迎えに行っていたカラス族長補佐官のサヤも死体で見つかっています。こちらは補佐官の足環で分かったそうです。」
「カラス族長は激怒してそうですね。鴨と戦争にならなきゃいいですが。」
カラスの取引担当の龍算はそう言ってうんざりしている。
「あ、いえ、それが、カラスの侍女の死体が1つ足りないので、鴨族本家の放火犯はこの逃げ出したカラス侍女ではないかと鴨族では噂になっております。」
「はあ!?」
龍兎の報告に驚いたのは龍希だけじゃない。
「いやいや、なんでカラスが?あり得ないだろう。」
「はい、あくまでも臆測ですが、カラス族と鴨族は仲が悪かったそうです。なにせ鴨族のクーデターを察知しながら、カラス族長は自分の妹だけ避難させて鴨には何も知らせていなかったくらいですから。」
龍兎は困った顔になって報告を続ける。
「ああ、そういえば、なぜカラス族長はそんなことを?」
「分かりません。表だって鴨と揉めたとは聞いていませんが・・・
あ!ただ、鴨族長が鴨の側室を迎えることになり、カラス族長は激怒していたそうです。
ですが、カラス族長の妹のサヤとタヤまで焼死していますので、カラス族の犯行というにはあまりにも・・・」
「龍兎の言うとおりですな。カラス族には鴨族本家を焼く理由がありませぬ。」
龍賢が同意したので龍兎はほっとした顔になる。
「龍兎、鴨族本家に居た奴隷も焼け死んだのか?」
「は?奴隷ですか?」
龍兎は驚いて龍希にきき返してきた。
「ああ、鴨族本家にも奴隷がいたろ?」
「え?はい、おりましたが、焼け死んだかどうかまでは・・・なんでまたそんなことを?」
「建物ごと炎上させて殺すのは解放軍がやっていた。タンチョウ領の別荘や、竜縁が見つけた鴨領の解放軍の巣もそうだった。」
「あ!そういえば!」
「え?しかし、鴨本家にいた内通鴨はすでに龍栄様が・・・」
「私が悪意を確認したのは補佐官鴨をはじめとする一部の鴨だけです。下働きや他種族全てをチェックはしていません。それに外部犯の可能性もあります。」
龍栄の言葉に龍希も頷いた。
「もしも解放軍の仕業なら、おそらく奴隷だけは助け出されているはずだ。至急、鴨族に確認しろ!」
「はい!族長!」
龍兎はすぐに動いた。
~カラス族長室~
「はあ!?人族の、解放軍の仕業かもしれない?」
カラス族長のアヤは驚きのあまり大声がでた。
「はい、紫竜から指摘を受けて鴨族が調べたところ、鴨族本家にいたはずの奴隷の死体が1つも見つからないそうです。 それに鴨族本家炎上後、鴨族の混乱に乗じて各地で奴隷が盗み出されているらしく。」
カラスの補佐官の報告にアヤは開いたクチバシが塞がらない。
『人族の解放軍が?全く想定していなかった。』
「なんで人族が?た、確かクーデターは龍栄が防いだはずでしょ?」
「はい。解放軍と内通していた鴨は鴨族長に処刑されています。なので、その・・・今回の炎上は鴨の犯行ではなく、外部犯か、本家に居た他種族の仕業では?と鴨たちは根も葉もない噂を・・・」
カラス補佐官はチラチラとアヤの顔色を伺いながら報告する。
「死体が見つかってないタヤの侍女はまだ見つからないの?」
「はい。鴨族本家が炎上する少し前に周辺でカラスが目撃されていますが、行き先も所在も不明です。
あ!それと、鴨族本家に潜入させていた間者が1人行方不明です。」
「は?そいつも死体が見つからないの?」
「いえ、それが・・・本家炎上の2日前に退職していたそうなのです。カラス族の指示ではございません。事実上の逃亡です。」
「は?逃亡?間者が?」
アヤは驚いてきき返した。
「はい。こんなこと前代未聞でございます。退職したのは鴨の雌で、一番下っ端の間者でした。一体何処にいったのか全く・・・」
「あー!くそ!」
アヤは怒りのあまり絶叫した。
どうしてもっと早くタヤを連れ戻さなかったのか?
どうしてサヤを迎えに行かせてしまったのか?
アヤは悔しくて、自分が情けなくて仕方ない。
大切な妹を2人も!それも焼け死ぬなんて!
どれほど苦しかっただろうか?
「族長、落ち着いて下さいませ。族長のせいではございません。」
カラスの補佐官たちが慌ててなだめるが、アヤは怒りがおさまらない。
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