第8話 龍韻の再婚
7月の初め、龍韻が復帰した。
龍韻は昨年11月の旅行中、鶴の宿でイグアナ妻のデーメが逃亡し、同月の終わりに炎上したイグアナ領の神林から妻の焼死体が見つかって、放心状態になり巣に引きこもっていた。
~族長執務室~
「長らくご迷惑をおかけしました。竜琳様の守番もできず、申し訳ございません。」
まだ顔色の悪い龍韻はそう言って頭を下げる。
「お前も災難だったな。まあ、元気だせ! 早速だけど来週、竜杏と熊族本家に行ってこい。」
「はい?熊族?俺の取引担当ではありませんが・・・」
龍韻は首をかしげている。
「ああ、熊族と再婚して、龍海の取引の一部を引き取ってくれ。」
「はい?え?え?再婚?俺が?熊族って主要取引先の一つですよ!?」
「ああ、お前なら安心だ。龍海の熊の後妻は色々あってな。龍海は補佐官筆頭が独り身だと格好がつかないから離婚はしないと言ってるが、もう一人熊の妻が必要になったんだ。 それにお前もそろそろ子どもがほしいだろ?」
「え?しかし、俺でいいのですか?龍栄様は母親が熊族だから無理にしても、龍光様は?」
「熊族は、竜の子がいる雄は嫌なんだと。狼と狐族も同じこと言ってやがる。だから頼む。お前が嫌なら龍景になるんだが、あいつはなぁ。」
龍希はそう言ってため息をつく。
「え?弟がまた何かご迷惑を?」
「あーいや、龍景は自由な独身生活をまだやめたくないんだと。龍賢や龍光の説教も聞き流してるらしい。」
「はあ!?あいつはいつまで子ども気分なんだ!」
龍韻は怒りだした。
「そうなんだよ。あんな奴に熊との縁談なんてまかせられない。仮にも主要取引先だからな。龍韻、お前だけが頼りなんだ。」
「お任せ下さい、族長!」
「助かるよ。相手は熊族の商人の娘だ。詳しくは世話役の竜杏から聞いてくれ。」
「畏まりました。」
龍韻は嬉しそうに執務室から出ていった。
~熊族長室~
「はーやっとまとまった。」
熊族長のレイラは安堵の声が出た。
紫竜の龍韻と、熊族商人の娘の縁談のことだ。
昨年、紫竜本家でのカバ族長の詰問により、蟄居先から姿を消して行方不明になっているカリナ兄が人族の解放軍と手を結び、カバ族のクーデターを起こさせたことが分かった。
熊族はカリナ兄を公開手配しているが、全く消息が掴めない。
レイラの予想通り、龍海の妻カリナは、紫竜に見限られた。
熊の侍女によれば、カバ族長の詰問以降から、龍海はカリナと子作りをしていないそうだ。
紫竜にはカリナ以外に熊の妻がいないので、レイラは懇意にしている商人の娘との縁談を紫竜に持ちかけたのだが、まあ話がまとまるまでに時間がかかった。
候補竜としては、龍光、龍雲、龍景がいたが、龍雲は早々にカワウソ族との縁談がまとまった。
龍光はまだ幼い竜の子がいるので、おそらくすぐには子を作らないと予想された。
そうなると龍景だが、紫竜からは龍景自身が結婚を承諾しないと待ちに待たされ、今月初めに龍景の実兄の龍韻が復帰したことにより、龍韻との結婚が決まった。
龍韻は30代後半なので子どもが早く欲しいのだろう。龍光よりも序列は低いが、こちらも族長筋の娘ではないので仕方ない。
むしろ懸念しているのは龍韻の前妻イグアナ妻のことだ。
紫竜の妻には逃げ道がある。
妻が離婚を望めば、担当雌竜の協力のもと夫の巣を出て実家に帰り、一定期間がたてば夫竜の執着が薄れて離婚できるはずだ。
それなのに、龍韻の前妻イグアナはその方法を取らず、旅行中に宿から逃亡し、実家近くの神林で焼け死んだらしい。
前代未聞だ。
熊族はイグアナ族とは取引関係にないが、聞いたところによれば、元妻イグアナの実家はイグアナ族でもかなりの力を持っていたらしい。
妻が離婚を望んで実家に戻ることに障害はなかったはずだ。
それなのになぜ?
龍韻は龍賢の息子だが、序列は低く後継候補になったこともない。
離婚を望む妻を押さえつけて、無理やり結婚を継続する力はないし、紫竜一族だって許さないはずだ。
むしろ、今の紫竜族長は、子どものできない妻とは次々と離婚させている。
元妻イグアナは紫竜一族の方から離婚されてもおかしくない立場だったはずだ。
「は~最近は前代未聞のことばかり・・・」
レイラは深いため息をついた。
~族長執務室~
7月のある日、龍希は、龍緑を執務室に呼んでいた。
「失礼します。族長、お呼びですか?」
龍緑がトンビの執事を連れて入ってきた。
「おお。来週、龍海と一緒に鹿族本家に行ってくれ。」
「は?鹿族ですか?」
龍緑は驚いている。
まあそうだろう。 昨年、鹿族との絶縁は解消したものの、シリュウ香の取引は打ち切ったままなのだ。
「ああ、明日の会議で、鹿族との取引再開を決める予定なんだ。龍緑には鹿族の取引担当になってもらう。」
「構いませんが、なぜ私に?確か、以前は龍算様と龍光様がご担当でしたよね?」
龍緑は不思議そうだ。
「鹿領のそばには芙蓉の故郷、水連町があるからな。それにお前の妻もつわりの時に水連町の食い物を気に入ったんだろ? 今でも時々、お前が水連町まで買い物に行かせてるって聞いてるぞ。」
「ああ、まあ。」
なぜか龍緑は顔をしかめている。
「どうした?鹿は嫌か?」
「あ~いえ、鹿は関係ないです。承知しました。鹿族の担当になります。」
「なんだよ?思うところがあるなら言えよ!」
「・・・分かりました。言いますから、そんなに怖い顔で見ないで下さい。 水連町は、その、俺の妻の前の嫁ぎ先があるらしくて・・・」
「そうなの?」
龍希は驚いた。
「はい。俺も最近知りました。」
「え?じゃあ、水連町には三輪の前の夫がいるのか?」
「・・・俺が妻にそんなこときけると思います?」
「龍海にきいてもらうか?」
「嫌ですよ!俺はもう親離れしてます!」
「あ~そうか。まあ、でも、今回は水連町近くじゃないから、三輪が人族と会うことはないだろう。たぶん。」
「は?どういうことですか?」
龍緑は首をかしげている。
「ああ、鹿族本家に行くついでに、龍海が鹿の宿に泊まるんだと。お前の妻と竜琳に花火を見せてやるんだって張り切ってたぞ。」
「は?俺の妻子も連れて行くんですか? ハナビって何です?」
「え?お前、花火を知らねぇの?人族の妻がいんのに?」
「はあ!?喧嘩売ってます?」
龍緑は今度は怒り出した。
「おいおい、花火を知らねぇのはまずいぞ。 三輪にきいてみろ。大喜びするはずだ。」
「いや、だからハナビって何なんですか?」
「花火はすげえぞ。火薬臭いが見る価値がある。夏の間だけ人族町の空にあがるんだ。」
「・・・族長に説明を求めた俺が間違ってました。 父にきいてきます。」
龍緑はそう言って、拗ねた顔で出ていった。
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