追悼
父さんと母さんが亡くなってから、一週間後。司法解剖を終えて遺体が戻ってきた。これで通夜ができる。
「久しぶりの我が家はどうかな?」圭は返事がないのを承知で語りかける。
「二人とも安らかな顔をされています。喜んでいるに違いありません。それにしても、実家に戻るのはいつ以来でしょうか」寛は懐かしむかのように、テーブルをさらっと撫でる。
「刹那兄さん。作戦ですが、やはり気が咎めます。こんなことをしてよいのか……」寛が続ける。
「寛、オレたちは二人の仇を取るんだ。きっと許してくれるさ」刹那が答える。
刹那の提案した作戦はいささか不謹慎かもしれない。なにしろ、二人の通夜を利用するのだから。
「確かにマッドグリーン逮捕まではいかないだろう。奴も一筋縄ではいかないからな。完全勝利を目指すのは得策じゃあない。寛の好きな『孫子』にはこう書かれている。『
作戦はこうだった。まず、父さんと母さんの通夜を開く。もちろん、三人が揃っているのだから、マッドグリーンにとっては偵察するいい機会だ。おそらく、顔を出す。そうであれば、後から来場した人物を片っ端から調べればたどり着ける。来ないのであれば、それはそれでしょうがない。別の作戦を立てるだけだ。
通夜当日。圭たちは控室でその時を待っていた。スタッフの男性がお茶を差し出してくる。「どうも」と言って受け取った。
「圭兄さん、今思いついたのですが、追悼の俳句を詠むのはどうでしょうか。本が好きだった父さんは喜んでくれるに違いありません」寛の提案だった。
「いい提案だな。オレはそういうのは苦手だから、寛に任せるよ。読書嫌いの兄さんは頼りないしな」と刹那。
事実ではあったが、圭は少し傷ついた。
「分かりました。少し時間をください」そう言うと、寛は目を閉じて考え込む。
寛は「誰の追悼の俳句を参考にしようか。松尾芭蕉か? 虚子か?」などと独り言をして考えた後に「出来ました」と言って紙に書きつけた。
「考えたのは私ですが、詠みあげるのは圭兄さんがいいと思います。長男ですから」そう言って寛は紙片を圭に渡す。
圭には追悼の俳句の出来は分からなかったが、寛のことだ、安心していいだろう。
そんなことをしているとスマホが鳴る。
「明おじさん、どうされましたか?」と圭。
「それが……ピー……どこ……ガー……分からない」
どうやら通信が不安定らしい。ノイズが入り、聞き取りづらい。場所が分からない、と言っているに違いない。
「後でメールします」と返して電話を切る。
そのタイミングで再びスタッフがやってきて「時間になりました」と告げると、圭たちは会場に向かった。マッドグリーンが来ているかもしれないと考えると、緊張感が増す。
会場には西園寺警部、氷室先輩をはじめ刑事仲間や知人が集まっていた。どうやら明おじさんはたどり着けたらしい。こちらに小さく手を振っていた。
父さんのために大勢の人が参列に来てくれたと思うと、こみ上げてくるものがあった。ダメだ、ここで泣いてはいけない。マッドグリーンがいるのかもしれないのだから。
通夜は順調に進み、いよいよ追悼の俳句を詠みあげる時が来た。圭が棺の前に進みでると、あるものが目に入った。何かの紙らしい。覗き込むと「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」と書いてあった。
そして、こう続いていた。「君たちと一緒に追悼しよう、この俳句で。三つ子たちよ、父君のことは残念だ。彼は私の正体に迫っていたから、殺さざるをえなかった。無能な君たちとは違って。さあ、ゲームを続けようではないか。殺人という名のゲームを」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます