計略

「さて、どうやってマッドグリーンをあぶり出すかな」圭は声を潜めて刹那と寛に相談する。





 ある日の昼下がり。圭たちはマッドグリーンを追い詰める計画を立てていた。もちろん、西園寺警部たちには秘密で。計画を知られたら、ストップがかかること間違いなしだ。



「それですが、私に考えがあります。マッドグリーンは私たちを三つ子であると知っています。それを逆手にとりましょう。『善く戦う者は、人に致して人に致されず』です。主導権を私たちが握りましょう。作戦はこうです」寛が作戦を話し出した。





 数日間、圭はマッドグリーンと出会った駅をふらついていた。奴にあったのは圭だけだ。正確には刹那もだが、残念ながら後ろから殴られている。頼りになるのは圭の記憶だけだった。



 マッドグリーンの声は聞き取れなかったが、背格好は覚えている。中肉中背で特徴と言えるものはない。しかし、こうして歩いていれば、向こうからやってくるに違いない。龍崎家全員を手にかけるなら、こちらを血眼ちまなこになって探しているはずだ。マッドグリーンにとって圭たちは邪魔者だから。圭や刹那と接触していて、身元がバレる可能性が高いからだ。唯一接点がないのは寛だけ。それがこの作戦の肝だった。



 そんなことを考えている時だった。不審な人物がつけていることに気づいた。間違いない奴だ。マッドグリーンだ。全身に緊張が走る。すばやくスマホでメールを飛ばす。「来た」と。あとは計画通りに事を運べばいい。



 圭はわざと人が少ない通りを歩く。市民に危害が加わるのを避けるためだ。よし、まだマッドグリーンが追いかけている。目の前に現れた交差点を曲がると、すばやく振り返る。もちろん、奴の姿はない。大丈夫、織り込み済みだ。次の交差点だ。そこで寛と入れ替わる。寛は奴と接点がない上に、圭たちと違って眼鏡をかけている。間違いなく面食らうだろう。いきなり人が入れ替わるのだから。その隙をつく、それが作戦だった。



 計画を思い出している時だった。スマホがぶるっと震える。チラッと目をやると「失敗」と短い文字が表示されていた。失敗? 交差点で寛と顔を合わせると、首を横に振っていた。



「圭兄さん、ダメです。奴にバレました。やはり、作戦が単純すぎました」寛の声が響き渡る。



「頭脳派の寛にしては珍しいな」圭は首をひねる。



 まあ、圭がマッドグリーンの立場だったら、見え透いた作戦にのるはずがない。「兄さん、ここは一度引きましょう。私が作戦を練り直します」寛は眼鏡の位置を直しつつ提案してくる。



「それしかないな。あとで連絡するよ」圭は手を振ってさよならを告げる。





 カフェに入って安全を確認すると、素早くスマホを取り出す。寛に連絡しようとした時だった。画面に「次男 刹那」との表示。次の瞬間、耳をつんざくような声が聞こえる。



「やられた! 寛がやられた!」と。





 病院に行くと、ベッドに横たわる寛の姿があった。頭には包帯を巻いている。



「兄さん、心配をかけました」寛はケロッとしていた。 



「マッドグリーンに襲われたって、どういうことだ?」圭には分からなかった。奴は途中で諦めたはずだ。



「『利してこれを誘い、乱して之を取る』、餌を与えて敵を罠にかける、という意味です。私は自身をマッドグリーンの餌としたのです。思い出してください。圭兄さんは私のことを『頭脳派だ』と言いましたね? それを待っていたんです。兄さんたちは行動派です。奴は襲うのをためらうでしょう。まあ、まんまとやられたわけですが」



「そんな話、聞いてないぞ!」圭は声を荒げる。



「当たり前です。あえて言わなかったのです。『敵を騙すには、まず味方から』というでしょう?」寛はしれっと言う。



 圭は深くため息をつく。まさか、そんな作戦があったとは。いくら戦略好きと言っても、これはやり過ぎだ。下手したら死んでいたというのに。その時、気づいた。



「そうか、眼鏡を印象づけるために、あんなに頻繁に触っていたのか!」



「その通りです。さて、私たちは全員マッドグリーンと接触したわけですが、収穫はゼロです。奴がやり手なのは間違いありません」



 寛が認めるのだ、厄介な奴を相手にしているのは間違いない。別の作戦を立てる必要が出てきた。




 寛が入院している間、圭は再度刹那と作戦会議をした。夜中のバーで。刹那の指定だった。バーで作戦会議とは、どういう考えなんだ? 圭には分からなかった。予想通りではあったが、予定の時刻を過ぎてから刹那がやって来た。 



「で、なんでこんな場所を指定したんだ?」



「『静かなバーで最初の静かな一杯』、それを求めてさ」席に座りつつ刹那が返答する。



「まさか、それってレイモンド・チャンドラーの引用か?」



「兄さん、分かってるじゃないか。一回言ってみたかったんだ。憧れだからね」



 圭は「ギムレットには早すぎる」ではないのね、と内心思った。



 しかし、刹那といい、寛といい、やりたい放題だな。これではマッドグリーン逮捕どころではない。先が思いやられる。



「兄さんの言いたいことは分かるさ。でも、たまには息抜きしないと、ぶっ壊れちまう」



 どこかで同じことを聞いた気がする。そうだ、氷室先輩だ。



「そうかもしれない。それで、今度はどんな作戦でいく? 寛の作戦ですら上手くいかなかったんだ」こう言っては悪いが、刹那からいい案が出てくるのは思えない。



「簡単な話だ。もう一度、マッドグリーンの前に餌をつりさげる。方法は――」

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