絶叫

 斧。それも真っ赤な斧。なんで赤いか。部屋を見渡すと分かった。これは血の色だ。殺人現場と同じだ。血の臭いもする。血? なぜ?



 床に誰かの手が見える。嫌な予感がする。そっと覗き込むと――それは父さんと母さんのものだった。



「ああ、そんな! 二人ともしっかりしてよ!」そう言いつつも圭には分かっていた。二人の息が止まっていることが。圭の手は真っ赤に染まった。二人の血によって。そこから先の記憶はない。





「――さん、圭兄さん!」



 誰かが呼びかけてくる。ぼんやりとした目を開くと見知らぬ天井。声のする方向を見ると、刹那と寛の姿があった。



「良かった。医者からは『ショックのあまり、記憶喪失になる可能性もある』と聞いてたから」寛の声だ。



「無事で何よりだ。しかし――」刹那が続きを言うのをためらう。



 ショックの理由は聞かなくても分かっていた。父さんと母さんがこの世から去ってしまった、それが原因になりえたということは。



「それで、奴だったのか? 二人を殺したのは」直感が圭にそう告げる。



「兄さんは無茶しそうだけれど……。そう、今回の犯行はマッドグリーンによるものだと思う。これが現場にあったから」寛が渡してきた紙にはこう書いてあった。



「リジー・ボーデン、親父を四十回めったうち。我にかえって今度はお袋。四十と一回めったうち」と。



 斧でめったうち。そうだ、思い出した。現場には血塗られた斧が落ちていた。そして、二人には無数の傷跡。間違いなく、マッドグリーンの仕業だ。今回も見立て殺人だった。刹那の時と一緒だ。


 

 ここまでくると、間違いなく龍崎家に目をつけているに違いない。では、なぜ居場所が分かったのか。刹那は尾行がバレたとしても、父さんと母さんについては説明がつかない。そもそも、龍崎家の鍵は指紋認証式だ。二人が開けない限り、侵入は不可能だ。



 何かがひっかかった。指紋認証? その時、圭は気づいた。あの時だ! 駅で見知らぬ人物のICカードを拾った時だ。あれはマッドグリーンだったに違いない! わざと圭の目の前でカードを落としたんだ。圭が拾うだろうと踏んで。つまり、圭がカードを拾い、そこに付着した指紋を利用されたのだ。これでは――そう、二人が死んだのは圭のせいと言える。圭の優しさが二人の命を奪ったのだ。




「タフでなければ生きていけない。優しくなければ、生きている資格はない」刹那がつぶやく。



「刹那、それはどういうことだい?」圭には何のことか分からなかった。



「今のはレイモンド・チャンドラーからの引用さ。たぶん、『自分の優しさが二人を殺した』って考えてるんだろ? 確かにそうかもしれない。だが、父さんも同じことをしたと思う。人が困っていたら助けてやる、それが父さんの信条だったから」



 確かに父さんなら、そうしただろう。でも……圭自身の行動が二人の運命を決めてしまったのだ。この罪悪感は一生背負うことになるだろう。いや、背負わなければならない。二人のことを忘れないためにも。



「これは父さんの形見です」寛が差し出したのは、父さんの愛読書『自省録』だった。表紙がボロボロな上に、少し血のようなものが付着している。



「これは寛が持っていてくれ。読書嫌いの僕が持っていてももったいない。刹那も同意見だろ?」圭の言葉に刹那がうなずく。



「それなら私がもらいましょう。形見として、そしてマッドグリーンへの復讐を忘れないためにも」寛の声には静かな怒りが込められていた。

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