追憶
圭が署に着くと、西園寺警部しかいなかった。当たり前だ。氷室先輩は自宅謹慎中なのだから。
今出来ることは、ただ一つ。マッドグリーンを突き止めて、これ以上知り合いに被害者が及ぶのを避けることのみ。
マッドグリーンの事件簿に目を通すと最初に目に入ったのは、エジプト研究の考古学教授殺害事件だった。そう、これがすべての始まりだった。
次の犠牲者はフリーターの宮本隼人さん。奥さんの舞さんはDVを受けていたという動機があるけれども、緑色で書かれた犯行文があるから白。
そこから犯行はスピードを早くして、老女、初老の男性、子ども、女性、そして刹那が被害者だ。年齢も性別もバラバラ。合計7人。これは犯罪史上、もっとも凶悪と言っても過言ではない。
マッドグリーンの手口は見立て殺人だ。それもマザー・グースを題材にしている。こだわりがあるのは間違いない。そして、奴の生活拠点はおそらく山手線の内側。あとは、刹那がやられた時に顔を見たかだが、あまり期待できない。
署を後にしたのは夜の19時だった。帰宅ラッシュに巻き込まれるぞ、圭は心の中でつぶやく。
そんな考え事をしていた時だった。目の前の人がICカードを落とした。
「落とし物ですよ」圭がカードを拾う。
相手はモゴモゴとお礼を言うと、そそくさと去っていった。
さて、家に帰ったら話せる範囲で父さんに説明しよう。そして、意見をもらおう。元刑事としての推理を。
「なるほど、そういうことか」と父さん。
「やっぱり、情報が少なすぎるかな……」
「圭、私はたまに西園寺と会っていてね。ぼんやりとは聞いている。当然、話していい範囲だから、断片的な情報だが。今、話を聞いて、おおよその推理は出来た」
早い。早すぎる。これが刑事のあるべき姿かもしれない。
「推理はこうだ。マザー・グース通りに殺害していること。これは圭の意見と同じで虐待の反動だと思う。それよりも重要なのは昼夜を問わず犯行を重ねているところだ。つまり、勤め人ではないだろう。かなりのお金持ちか、ホームレス。お金持ちの可能性が高い。そうでないと、犯行計画を練られないからな。ざっとこんなところかな」
「父さん、すごいよ! まるで、ホームズみたいだ! あとはどう絞り込むかだね。一晩考えれば、なんとかなるかもしれない」と圭。
「それは辞めた方がいい。私も現役時代はそうしていたがね、無理すると後々反動がくる。『自省録』にも書いてある。『未来のことで心を悩ますな。必要ならばいま現在のことに用いているのと同じ理性をたずさえて未来のことに立ち向かうであろう』と。」
父さんの愛読書からの引用だった。本を見ていないのに、すらすらと言えるのは、それだけ読み込んでいる証拠だ。
「さっきの推理は参考として西園寺に伝えてくれ。圭、首をつっこみすぎるなよ。刹那の二の舞にはなるな」
父さんが忠告してくるのは珍しい。それだけ相手にしているマッドグリーンが手強いということだ。
翌日、署に着くと早速父さんの推理を、西園寺警部に伝えた。
「なるほどな。剛の推理力は衰えてないようだな。金持ちの可能性が高いとなると、場所も自ずと絞られる。氷室を助けるためにも、マッドグリーンを早く捕まえるぞ!」
「はい!」
元気よく返事をしたものの、その日は進展がなかった。だが、焦りは禁物だ。迅速にかつ丁寧に。それが今求められている。
帰宅すると、おやっと思った。いつもなら、夕食作りをしている母さんが換気扇を回しているはずなのに、今日は回っていない。
次に違和感を感じたのは家の鍵が開いていたことだった。父さんは「刑事は恨まれるから、鍵は指紋認証も加えよう」と常々言っていた。今日は結婚記念日だ。夕食は豪華に、との話だったから、外出しているはずがない。おかしい、そう思って玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえり」の返事もない。なにかがおかしい。リビングの扉を開けた圭の目に映ったのは――真っ赤に染まった斧だった。
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