その男、財前 龍慈郎7


財前さんはわたしの向かいに座り、お茶の乗ったトレーをテーブルに置いた。その間、なぜか顔が見れず、彼の手元だけを見ていた。差し出されたお茶を受け取り、「いただきます」1口飲みながら財前さんを見て──「グホァッ」


「ちょっと雪音ちゃん!大丈夫!?」


大丈夫じゃない。息が出来ない。早坂さんに背中を叩かれながら、むせ返った。

落ち着いたところで、目の前の人物を凝視する。


──── だれ?


その時、カタッと扉の閉まる音が聞こえた。「来たわね」


襖が開き、瀬野さんが現れた。涙目のわたしに怪訝な顔をする。「泣かせたのか?」


「なんであたしを見るのよ!」


「遅かったね、正輝」


「出掛けにタイヤがパンクしちまって、タクシーで来た。遊里、帰りは俺も乗せてけ」


「はいはい」


会話が耳に入ってこない。それより、わたしの目の前にいるこの人は、誰?

瀬野さんはその人の隣に座った。


「財前さん、何時に戻ったんだ?」


「遊里達が来る少し前だよ」


「どうだった?」


「収穫はなかったよ」


「そうか・・・」


早坂さんが、わたしの顔の前で手を振る。「おーい、雪音ちゃん?起きてる?」


そうか、わたし、夢を見てるのかもしれない。瀬野さんは今、財前さんと言った。でも、わたしの目の前にいる人は財前さんじゃない。いや、確かに、財前さんではある。着物だけは──。


「僕が誰か、わからないかい?」わたしに微笑みかける。


「わかりません」だって、その顔はさっきまでの財前さんじゃない。額、目尻には深い皺が刻まれ、後ろで結ぶ髪は変わっていないが、先程の黒髪ではなく、白髪交じりのグレーヘア。言葉遣いは同じだが、声が高く、細い。


一見、60歳くらいの男性に見える。よく見ると、湯呑みを持つ手も、皮膚が薄く血管が浮き出ている。


「僕の名前は、財前 龍慈郎だよ」


「・・・同姓同名の若い方と一緒に住んでおられませんか」


早坂さんが噴き出すのがわかったが、わたしは至って真剣だ。どう考えても、説明がつかない。

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