その男、財前 龍慈郎6


中に居たのは、着物姿の若い男性だった。

文机の前に正座している彼は、細筆を手に持ち書き物をしている。目が合うと、静かに微笑んだ。


「こんばんは」


「あ、こんばんは・・・」お辞儀をする。


「財前さん、この子が雪音ちゃんよ。雪音ちゃん、彼は、財前 龍慈郎(ざいぜん りゅうじろう)さん」


代わりに紹介を済ませてくれたのはありがたいが、そもそもこの人は誰なのか、この状況はどういう事なのか、自分の立ち位置がわからない。


「初めまして。中条 雪音です。よろしくお願いします」



不思議な事が、起きた。財前さんは笑みを浮かべているが、その眼が一瞬、鋭くわたしを捉えた。意識が飛びそうになる。

財前さんが立ち上がり、ハッと我に返った。


── 今のは、何?

こちらに向かってくる彼に、なぜか恐怖心を感じる。


「雪音ちゃん」


ビクッと身体が反応した。早坂さんの手が、肩に乗る。


「大丈夫よ」


── 何が?どう大丈夫?わからない。わからないけど、早坂さんの顔を見て、安心する自分がいた。


「雪音ちゃん、だったね」近くで見る財前さんは、とても小柄だった。そして、とても若い。また、不思議な感覚に陥る。「すまない。怖がらせてしまったね。ちょっと、試させてもらったよ」


「・・・え?」


「だから言ったでしょ。この子はちょっと別格よ」


「そのようだね」


2人の会話の意味はわからないが、1つ、感じた事がある。財前さんがそばに来ると、そこだけ空気が冷たくなる。まるで、財前さんから冷気が放たれているかのように。


「座りなさい。今、茶を淹れてくる」


「・・・あ、おかまいなく」


部屋の真ん中に重厚な木のテーブルが置いてあり、座布団が4つ並べられている。そこに早坂さんと並んで座る。座った途端、もの凄い疲労感に襲われた。


「雪音ちゃん、大丈夫?」


「何がですか?」


「ちょっと具合悪くなったでしょ」


「早坂さん、あの人って・・・」


襖が開き、背筋がピンと伸びる。隣の男は、笑いを堪えてるようだった。

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