第5話


 それは眠りにつく直前のことだった。僕は家に帰って少し経つと、急な眠気に襲われた。彼女と出会ってから一年、この時間に寝てきたせいであのつまらない映画達や暖かな膝枕が無くても自然と眠くなってしまう。


 明日は授業もなければバイトもなかった。特に規則正しい生活をする必要はない。好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、好きな時間を生きる……それが許される時だった。このまま眠りについたとして誰にも叱責されない。ここは誰であっても犯せない空間だった。

 僕は赴くままにベッドに潜り込み、体を重力に従わせた。冷めた温もりが、僕をより深いところへいざなう。そして僕は全てに追従するべく目蓋を閉じて――、


「ヴヴヴヴッ」


 スマホが振動して着信音を鳴らし始めた。

 ――誰かが僕を呼んだ。そしてそれが誰なのか、僕は本能で理解していた。そこには薄ぼんやりとした期待も混じっていた。だから僕は必死に左腕を伸ばした。バタバタと手当り次第に床を叩く音が響く。

 それに反して、体はすでに眠る体勢を整えてしまっていた。半端に賢い脳はいつも、半端な答えしか導かない。僕の理性は睡眠を優先しようとしていた。何も予定がない日に早起きをしてしまった、そんな二度寝がしたかった。


 ――結局、スマホは起き上がらないと取れない位置にあって、僕は重い体(上半身だけ)を起こして手を伸ばした。

 僕は誰かに左腕を引っ張られた。もちろん部屋には僕しかいない。不思議な力が僕の体を覚醒させたのだ。

 僕は急いでスマホを取った。彼女の声が耳を覆った。

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