第33話

微笑んでいたつもりだったのに、やっぱり涙が出てきてしまった。

健一が大きく目を見開き、ベンチから腰を浮かせる。


尚美は両手で顔を覆って涙をぬぐった。

ギュッと握りしめられたいた首輪がチリンッと音を立てて、健一は尚美を抱きしめていた。


☆☆☆


「じゃあ行ってきます!」

尚美は庭先で洗濯物を干していた母親へ向けて手を振って歩き出す。


新しい勤務先は実家の近くのスーパーだ。

以前の会社に比べればお給料は随分少なくなってしまったけれど、やりがいはある。


お客さんと直接のやりとりをしてどんな商品が欲しいのか聞くことができるのは、お菓子担当としてとても重要な経験だった。


大人用お菓子と子ども用お菓子。

そのどちらも楽しむことのできるお菓子。


ただのお菓子と侮るなかれ、種類も豊富でとても決められた棚には入り切らないものばかりだ。


「おはようございます!」

元気に挨拶をして更衣室へ向かう。


紺色のエプロンと紺色のバンダナを頭にまく。



これがこのお店のスタイルだ。


全身鏡で自分の恰好をチェックしてお客さんの前に出ても恥ずかしくないかどうか確認すれば、ようやく出勤だ。


「おはようございます」

一旦小さな事務所へ顔を出して上司たちに挨拶をする。


そのまま売り場へ向かおうと思ったが、上司に「ちょっと、君に話がしたいという人がいるんだが……」と、止められた。


なにかあっただろうかとついていくと、そこには健一の姿があった。

スーパーの店員姿の尚美を見て健一は微笑む。


「本日から○○製菓社長に就任しました関健一です」

健一が丁寧にお辞儀をするので尚美も同じように頭を下げた。


普通、こんなことはありえない。

お菓子メーカーの社長が一般の店員に挨拶するなんて。


「お菓子担当の田崎尚美です」



クスクスと笑い合って挨拶を交わすふたりに上司は困惑顔だ。

「これから先もなにとぞ取引の方、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」

それはふたりにしかわからない、暗号のような言葉。


尚美の薬指にはめられたリングがキラリと光った。


END

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猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました 西羽咲 花月 @katsuki03

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