第10話

お風呂は散々だったけれど、おおむね良好な関係ができてきたんじゃないだろうか。


尚美ことミーコは健一があやつるねこじゃらしのオモチャを必死に追いかけて考える。


ミーコは健一に愛されているし、私も健一のことは好きだし。

人間でいるよりも気楽で愛のある生活を送ることができるかもしれない。


このまま健一の猫であり続けることもありかも……。


なんて思っている間にも必死に走り回って意識はどんどん遊びの方へと移動していく。


このねじこじゃらしのおもちゃ、結構よくできてるわね。

猫目線で言えばとっても面白いおもちゃかもしれないわ!


普段はねこじゃらしが茂っていても見向きもしないけれど、今度からは意識して見てみよう。


そう思えるくらいに熱中して遊んでしまう。



「子猫の体力は無限だなぁ」

健一がクスクス笑いながらつぶやく。


時々荒い息を吐き出しながら、それでも遊ぶことをやめないミーコをジッと見つめている。


さっきからずっとミーコと遊んでいるけれど、こっちも全然飽きていないみたいだ。


「でも明日は仕事だから、そろそろ寝ないとな」


そう言うとオモチャをヒョイッと取り上げられてしまった。


それでも必死でおいかけるミーコを抱き上げて寝室へと向かう。

当然のように一緒に連れて行かれて尚美は慌てた。


今日猫用のクッションを購入しているから、てっきりあれで眠るものだと思っていたのだ。


けれど健一は昨日と同じようにミーコを抱きかかえて布団に潜り込んだのだった。


☆☆☆


健一の朝は忙しい。


優秀であればそれだけ期待も大きく、そして仕事内容も尚美とは段違いに多いとわかった。


「じゃ、行ってくるよ」

と健一が言って部屋を出たのは6時を少し過ぎたくらいだった。


尚美はいつも7時半までアパートでダラダラ過ごしているのでその差に驚いてしまう。


そういえば出会った日も休日出勤をしていたし、やっぱり忙しいんだなぁ。


あれだけモテるのに彼女の気配がないのはもしかしたら忙しいせいかもしれない。


それは尚美にとって嬉しいことでもあったが、やはり忙しすぎるのは気がかりなところだった。


玄関先で健一を見送り、一匹残された尚美は改めて室内を見回してみた。


今はミーコ用のものが溢れているけれど、来たときは本当に殺風景だった。


唯一、観葉植物が彩りを与えてくれていたくらいのものだ。


尚美は無意識のうちにクンクンとあちこちの匂いをかぎながら室内を歩き回る。


健一がミーコのためにどこのドアも薄く開けていってくれているから、勝手に出入りしていいということなんだろう。


さっそく脱衣所へと向かった。


ここは1度入ったことがある場所だけれど、あのときは自分が洗われることであまり周りのものを確認することができなかった。


脱衣所の中も殺風景で、真っ白な棚に白いタオルが並んでいる。

柄付き、色付きのものはひとつもない。


小物に執着しないタイプなのかもしれない。


それから洗面台の上に飛び乗ってみたいと思ったけれど、今のミーコでは小さすぎてちょっと届かなかった。


それでも、タオルの少なさを見ればやっぱり彼女らしき人物がここに出入りしているようには思えなかった。


他にも一通り調べて回ったけれど、健一のひとり暮らしで間違いなさそうだ。


ソファの隣のクッションに戻ってきてホッと息を吐き出す。


なにやってるの私。

これじゃ遠距離恋愛で彼氏の浮気を疑ってる彼女みたいじゃない。


安心したことで自分にツッコミを入れる余裕もでてきた。

そもそも尚美は健一の彼女でもなんでもない。


健一に女の影があったところで文句を言えるような立場ではなかった。


といっても、万が一現れたとする健一の彼女に懐くこともまずできないだろうけれど。


さて、これから関さんが戻ってくるまでどうしようかな。


時計を確認してみると健一が仕事へ行ってからまだ2時間しか経過していないことに愕然とする。


健一は少なくても5時まで仕事をするとして、あと8時間もあるなんて!

気が遠くなるような時間に一瞬めまいを感じる。


だけど、逆に考えれば8時間あればなにか役立つことができるかもしれない、ということだった。


健一は疲れて帰ってくるだろうから、家のことをしてあげておくのはどうだろう?

幸い尚美もひとり暮らしで家事全般はなんとなくできるようになっている。


掃除と洗濯と、そうだ、料理だ!

パッと閃いた。


健一はいつも尚美のお弁当を褒めてくれていた。


料理は元々得意だし大好きだし、晩ご飯の準備をしてあげれば喜んでくれるかもしれない。


健一は自分のためにあれこれ準備してくれたのだから、少しでもお礼をしなきゃ!


尚美はそう考えて気合を入れたのだった。



☆☆☆


どれだけ気合を入れても体は子猫であることに変わりはない。

尚美はキッチンに立ちすくんで愕然とした気持ちで周りを見つめていた。


尚美の周りには戸棚から落下した調味料や割れたお皿が散乱していて足の踏み場もなくなっていたのだ。


なんで、こんなことに……。

少し歩けば割れたお皿で足を切ってしまいそうになるので動くこともできない。


料理をしようと気合を入れた尚美はまず冷蔵庫を開けようとした。

が、もちろん簡単ではない。


冷蔵庫はとても硬くて、どれだけ試行錯誤してみても今の尚美の力ではビクともしなかった。


冷蔵庫を諦めた尚美は今度は戸棚にターゲットを移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月11日 17:03
2025年1月11日 20:02
2025年1月12日 17:03

猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました 西羽咲 花月 @katsuki03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ