第4話
☆☆☆
ヒョイッと抱き上げられて目を覚ました尚美は体から元気がみなぎるのを感じて相手の顔を確認した。
今までは空腹と疲労で相手の顔をはっきりと認識することもできなかったのだけれど、今あら大丈夫そうだと思ったからだ。
しかし相手の顔を見た瞬間尚美は爪を立ててその手を引っ掻いて逃げ出していた。
「いてっ」
と顔をしかめて血が滲んできた手の甲を見つめているのは、紛れもなく健一だったのだ。
な、なんで関さんがここに!?
すぐざま低いテーブルの下に逃げ込んで警戒する。
心臓がバクバクと音を立てていて、今にも爆発してしまいそうだ。
「まだ人間のことが怖いのかな」
健一はティッシュで手の甲を拭きながらテーブルの下を覗き込んでくる。
尚美は咄嗟に身構えて体勢を低くした。
ここは関さんの家!?
そう言えば私、職場の近くで拾われたんだっけ。
自分を拾った人が憧れの上司だったとわかり、体温が急上昇していく。
今人間の姿だったなら、きっと耳まで真っ赤になっていたことだろう。
ってことは私、関さんにミルクを飲まされていたってこと!?
衝撃の事実を知り愕然とする。
健一に抱っこされてミルクを飲んでいる自分の姿が、人間バージョンで脳内再生される。
尚美は慌てて左右に首を振ってそのいやらしい妄想をかき消した。
わ、私は今猫なんだし!
しかも子猫だからなんの問題もないはずだ。
わかっているのに心臓はどんどん早くなっていく。
どうすればいいかわからなくてテーブルの下から出ていくこともできない。
「俺の名前は関健一です。よろしくね」
すると健一が手床に寝そべるようにして尚美へ話しかけてきたのだ。
人間が怖いのだと思いこんでいる健一は優しい笑顔を浮かべている。
手の甲を引っ掻いてしまったのに全然怒っている様子はない。
「君にも名前が必要だよね? なにがいいかなぁ?」
うーんと空中へ視線を投げて考え込むその姿は、いつも会社で見る顔と代わりなかった。
きっと健一には裏表がないんだろうと思わせる。
「君はミャアミャア鳴くから、ミーコってどうかな?」
思いついたようにこちらへ視線を向ける。
そんなにミャアミャア鳴いていただろうか。
でもまぁ、子猫につける名前としてはごくありふれていると思う。
尚美は「ミャア」と短く返事をした。
「よかった。気に入ってくれたんだね」
そんなことを言うから意思疎通できているのかと思ったが、健一の勝手な認識で返事をしただけみたいだ。
「さて、名前も決まったことだし、お菓子でも食べる?」
その言葉に自然と耳がピンッと立った。
お菓子という単語にはどうしても弱い。
尚美はそろそろとテーブルから出てくると健一を見上げて「ミャア」と鳴く。
今日のお菓子はなんだろう。
新作はチョコレート菓子だったはずだ。
定番のクッキー菓子にチョコレートチップを練り込んで、更に上からビターチョコをかけた商品。
すでに店頭にも並んでいて、CMも流れている。
尚美ももう3回は食べた。
あれ、おいしいんだよね!
お菓子に期待して待っていると健一が差し出して来たのはジャーキーだった。
ジャーキーか。
嫌いじゃないけれど、甘いものが良かったなぁ。
と、かじりついてみたけれどその味の薄さに思わず吐き出してしまった。
なにこれ!
「あれ、まだジャーキーは早かったのかな?」
思わず吐き出してしまったジャーキーを見て健一が眉にシワを寄せる。
その手に握りしめられているパッケージを見てみると、猫用のおやつと書かれている。
これ、猫用ジャーキーだったんだ。
ジャーキーといえば犬のようなイメージがあるけれど、猫用もあるみたいだ。
それにしても、動物用のおかしはこんな味なんだ……。
尚美は吐き出してしまったジャーキーの匂いをクンクンとかぐ。
最初は妙な味だと思って吐き出してしまったけれど、慣れてくると美味しそうな匂いに感じられてくる。
もしかして私がこの体に適応していっているのかな?
なんて思いながら、「もう一口食べてみる?」と、差し出されてそれを加える。
奥歯を使って噛みちぎり、今度は吐き出すことなく咀嚼する。
だんだんと美味しくなってきたかもしれない。
そう感じ始めると今度は止まらなくなってきてしまった。
次がほしくて健一の腕にすがりつく。
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