第9話 変異者
覚悟さえ決めてしまえば、やるべきことは明白。
振り返り目標を見据える。
未だに頭を抱え
言わば、
変異者は破壊衝動に抵抗している。その理性が残っているうちに勝負を仕掛けたい。理性が失われた場合、人間に戻れても人間性が維持出来るかわからない。
「時間が無いのに……!」
焦りと苛立ちで思考が空転し、箸にも棒にもかからないような作戦が次々に浮かんでは愚策だと消し去る。
人間に戻す為に白い玉を破壊しようにもまず間違いなく保護魔法がかけられているだろう。リオの身体は変異者の剛腕による攻撃にすら耐えられた。同等の強度があるのなら破壊することはまず不可能。
その白い玉の周囲にはナイフの刃すら弾く強靭な毛皮。白い石ごと切り取るどころか切り傷の一筋も入れられない。
そんな無理難題を前に頭を抱える。そうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
(保護魔法は突破出来ない。対処するなら毛皮の方しかない。でも、どうしたら……)
悩めども悩めども妙案は出てこない。
(いざとなればリオかヒナタに飛び付いて貰えば白い玉の紐付き先が変わるかも……)
そんな一か八かにすら満たない博打を考えていると頭の中に一つ、考えが浮かんでくる。
確信は出来ない。実行するにも無数の障害がある。それでも助ける方法があるのなら──
「何か思いついたんでしょ?アタシはトウマのやりたい事に全部を賭ける。最初からそう決めてる」
「お母さんもトウマのこと、おうえんしてるわよ」
僕には心強い味方がいる。二人の助けがあればどんなことでも出来る。そう思えた。
必要なのは大きな隙と時間。無理難題だとわかっているが、成し遂げなければならない。
手元の折れたナイフを握り締めて深呼吸する。
数少ない自衛手段。リオが「万が一の為に持っておきなさい」と持たせてくれた。
リオはその頑丈さを盾に囮を引き受けてくれる。リオが作り出す隙が全ての始まりでもある。
「ほら、変異者!こっちこっち」
リオが大きな声で変異者を誘導する。意外にも容易く変異者は僕に背を向けてくれる。
変異者は立ち上がって両腕を大きく振り上げ、威嚇するように咆哮する。
威嚇は力の誇示して相手を威圧する。そうして戦わずして縄張りを守る行動。つまり、まだ理性は消えていない。
そして変異者が体を大きく広げたことで確認出来た。変異者の背中、右肩の近くに白い玉が埋め込まれている。あれを引き剥がすことで変異者を人間に戻す。それが僕たちの勝利条件だ。
まずは変異者がリオに気を取られている隙にあの白い玉に接触する。それが達成できて初めて勝負の土俵に立てる。
「よしっ、いくぞ……」
咆哮の轟音に紛れるようにこっそりと茂みから出て駆け出す準備をする。その時、
変異者の視線が脇に逸れた。まるで何かを目で辿っているようにゆっくりと……。
僕の接近に気付かれれば状況は振り出しに戻る。僕を見失うまで逃げて再度接触。そうしている間にも変異者の理性は薄れていってしまいかねない。
音を立てないように細心の注意を払いながら茂みの中へ引き返そうとした瞬間、変異者は僕の予想だにしない行動をした。
何も見えていないはずの場所に向けて素早く爪を振り下ろしたのだ。すると、
ブツンッ
という感覚と共に僕のお腹の底を寒風が吹き抜けていくような感覚に襲われる。
僕たちの望みがガラガラと音を立てて崩れていく。
「リオとの魔力の接続が切れた……!」
僕とリオを繋ぐ魔力に直接干渉された……。
本来、魔法によって『干渉できる何か』に変換されない限り、魔力は見えないし触れない。
僕の操作魔法は『リオを動かす力』に変換される時に初めて干渉できるものだ。それなのに、変異者は僕とリオを繋ぐ魔力の糸を直接断ち切って見せた。
あの変異者は僕の知らない特別を持っている。それはこの状況をめちゃくちゃにするには十分すぎる力だ。
(どうしたら……)
「こっち見なさい!デカブツ!」
諦めるという選択肢を前に暗く澱んだ気持ちを吹き飛ばすようにリオの
リオはまだ諦めていない。その事実に背中を押されるように僕は考えるよりも先に走り出していた!
大声に誘われて変異者は両腕をリオに向かって叩きつける!
リオの苦しそうな声と身を砕くような地響きがここまで届く。
その悲痛さに目を背けてしまいたい気持ちも、恐ろしさに逃げ出してしまいたい気持ちも、全力で押さえつけて足を前に踏み出す。
近付くほどに変異者の大きさに押し潰されそうになるが、リオの身を挺した行動に報いる為にも僕は足を止めるわけにはいかない。
まるで大岩のように大きな背中をゴワゴワとした毛を鷲掴みにしながら駆け登る!
「これが勝利の為の一手だ!」
埋め込まれた白い玉に手のひらを叩きつけると同時に変異者は大きく体を震わせて僕を振り落とそうとしてくる。
「絶対に離さない!」
振り回される自分の体を握力だけで繋ぎ止める。頑丈すぎる毛はまるで縄のように荒々しく僕の手を痛めつける。
それでも必ず、勝機は訪れる。
それはそう遠くなかった。
息を整える為か、振り解くのを諦めたのか、変異者の動きが止まる。その瞬間、僕は手を離して自分の体を宙へ放り出す。
保護魔法。それは魔力の膜で物体を守る魔法。その頑丈さは変異者の攻撃すら通さない。
だが、そんな頑丈な保護魔法に守られたリオの身体を唯一傷付けたものがある。
それは、
白い玉に施された『保護魔法』だ。
保護魔法同士が接触した時、より精度の高い保護魔法が精度の低い方を侵食する。ヒナタの身体に首飾りがめり込んだように。
すなわち、
「そのたま、もらうわよっ!」
毛皮に施された急拵えの荒い保護魔法をヒナタの指先は貫通する!!!
誰よりも素早く宙を舞う華奢なヒナタの姿はまるで森に住まう妖精のように可愛らしく華麗だった。
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