第3話 終わる村
やってみれば案外簡単なものだ。
一人で旅に出るなんて。
「なんて言ってた割にはダメダメじゃない」
「しょうがないじゃん、やったことないんだから……」
旅立ちから第一夜。僕はリオに言われるがままにカバンに放り込んだテントの張り方が分からず、開幕で挫折していた。
結局、リオの知識を基に僕がリオの身体を操って代わりにやってもらっている。
「でもリオも使ったこと無いんでしょ?なんでわかるの?」
当然の疑問を投げかけてみる。リオも僕と同じであの家から遠出なんてしたことが無いはずだ。
「たぶんこれは父さんの知識。アタシに教えようと思ったこと、アタシに知っていて欲しいことが反映されたんだと思う。父さんの恥ずかしい秘密とかは一個も知らないからたぶんそう」
当人であるリオでも推測の域を出ない。人形に命が吹き込まれるなんてことに前例は無いのだからやむを得ないだろう。
「父さんも母さんと出会う前はこうやって野宿してたみたいよ。母さんと出会う頃からアタシが作られるまでの記憶?はまったく写されてないからわかんないけど」
「そうなんだ……」
父さんも僕たちのように旅をしていた?そんなことは初めて知った。けれど、僕に狩りを教えられるのだから心得があるのは納得だ。
それでもそれを僕に教えてくれなかったことに疎外感を感じて少し胸の奥が痛む。
「ほーらっ、暗〜い顔しないのっ。お姉ちゃんが添い寝してあげるから」
「べ、別にいいよっ!」
察し良く茶化してくるリオをどうにか退け、天幕の端と端で寝るという条件を取り付ける。
(僕だってずっと一人で暮らしてきたんだから子供扱いはしないで欲しい)
翌日、日が昇ってからしばらく歩くと、木々の間から建物が顔を出した。
丸一日歩いた先にやっと見えた人の住む形跡。自分がどれだけ辺鄙なところに住んでいたのかを思い知らされる。
「ちょっとまって、準備するから」
人里の気配がするや否やリオに言われるがままに荷物の中から衣服を取り出す。そしてそれを一通り身に纏うと、
「よしっ、それじゃあ行こう!」
真っ黒な外套にすっぽりと覆われ隙間から覗く手すらも真っ黒な手袋で覆い隠された不審者が意気揚々と先導しようとしていた。
「な、何その格好……」
「トウマ、聞いてちょうだい」
堪らずその姿に言及すると不審者は極めて真剣な表情でこう続ける。
「絶対にアタシが人形だとバレちゃいけない。というより、トウマが魔法が使えるってバレちゃダメ。気を付けて、いいわね?」
「う、うん……」
その言葉は僕にとって意図のわからない要求で、それでも有無を言わさず飲み込ませる謎の威圧感があった。
近付くと建物は一つや二つではなく、多くの人間が身を寄せ合って生きている小さな村だった。
そこは素朴という言葉がピッタリに思えるような活気とは少し距離のある姿。それでも石の噂を聞くには丁度いい。
「噂のことだけサッと聞いたらすぐに出発しましょ」
しかし、リオは今すぐにでもここを離れたそうな雰囲気を醸し出している。
それはまるで自分たちの後ろめたい部分を隠したがっているようにも思えた。
「もしや旅のお方ですね。何かご用ですか?」
こちらがコソコソと挙動不審なのを見抜いてか、村人と思しき妙齢の女性が先んじて声をかけてきた。
その判断は正しい。現に僕もリオも体が強張ってしまい、ほんの一言の返事すら出来ずにいるのだから。
完全に怯んでしまった僕とは違い、毅然とした振る舞いを持ち直したリオが口を開く。
「実はね、仕留めたはずの猪が生き返って逃げた、なんて話を聞いたの。どうせホラだろうけど、聞いたことない?」
「うーん……いえ、聞いたことないですね……」
「そっか、じゃあ他を当たるわ。それじゃあね」
しかし、村人の反応は芳しくない。しかもそれを聞いたリオはあまりにもあっさりと引き下がってしまった。
これでは聞き出せる情報も聞き出せないだろう。
我慢出来ずに今度は僕が口を挟む。
「本当に聞いたこと無いですか?魔法が関わってるみたいで──」
そこまで口にしたところで村人の目の色が変わった。
「魔法……」
その目は悪印象とは真逆。まるで待ち侘びていたかのような。
「もしや魔導師様ですか!?」
その大きな声に呼ばれるようにしてゾロゾロと村人たちが僕たちの周囲に集まってくる。
村人たちは口々に「魔導師様だ」とまるでこちらを崇めるような様子ですらあり、子供たちもまるで憧憬を抱いているかのような眼差しを向けてくる。
「だから言ったのに……」
大きなため息を吐くリオだったが、僕には嫌な思いをする気配すら感じられない。むしろ僕たちを歓迎してくれているようにすら思える。
「こっち来て!」
声と同時に手を引かれる。小さな女の子だった。
人だかりはその子を避けるように別れ、その先には一人の白髪のお婆さんが立っていた。
「お母ちゃん、魔導師様だよ。これで村はもう大丈夫だね」
「ああ……そう、だね……」
笑顔で報告する女の子とは対照的にお婆さんはとても暗く落ち込んでいる。
というか、
「お母さん!?」
あまりの驚きに思わず声を上げてしまう。
その姿は見るからにやつれており、とても小さな子供がいるとは思えない。
その姿に狼狽していると今度はそのお婆さんが縋るように膝を突いて僕の手を取る。
「実は──」
「トウマ、聞いちゃダメ!アタシたちにはやることがある。だから早く行きましょ!」
お婆さんの言葉を遮るようにリオが早口で捲し立て、僕はリオの勢いにお尻を蹴飛ばされるようにして踵を返す。
すると、空気が変わった。
始めの歓待とは違い、まるで獲物を逃すまいと連携する野犬の群れのようだ。
「あーもう!邪魔しないでよ!」
堪らずリオは嫌悪感を露わにして完全に村人たちと敵対の様相。
そうして鍔迫り合いを繰り広げているうちに拝むように僕の手を掴んで離さないお婆さんが話を仕切り直す。
「実は先日、この村の村長である夫に先立たれ、我が子は幼い娘だけ。男衆も皆を率いるような気概のある者はおらず、この村は路頭に迷っております。どうか、魔導師様のお力を……」
リオが聞くなと言った理由がわかった気がする。確かにこんな話を聞いてしまったらとても
「困ってるみたいだし助けてあげようよ」
僕だって人並みに良心がある以上、人助けとあらば無視出来ないのが人情だ。
「ダメに決まってるでしょ!こいつらアレコレ画策してトウマを村に留まらせようとしてるのよ!」
リオのあまりの剣幕に僕も含め周りの人たちはみんな怯えてしまっている。
「えっ、それは流石に困るけど……」
僕としても父さんと母さんを追うと決めた矢先、そう易々とその目的を捨てるわけにはいかない。
(だとしてもリオは過敏のような──)
「魔導師には特別な力がある。だから魔導師の血を取り込めれば村はもっと発展する。だけど魔導師の血筋にしか魔導師は生まれない」
「他所者から魔導師の血だけ取り込んで、力を持った子供が生まれたら他所者は追い出す。それがこいつらみたいな卑怯で貧弱な村のやり口なのよ!」
リオの怒声の後、周囲はシンと静まり返ってしまった。
こうまで悪く言われてしまっては村の人たちが可哀想だ。そう思っていた。けれど、
「…………」
「…………」
全員が完全に黙りこくってしまい、僕が目を向けるとただ黙って目を逸らす。
やがてお婆さんの力の抜けた手がずるりと僕の手から離れて地面に付くと周りにいた人まで揃って地面に額を付けておいおいと泣き出した。
よく見ると僕を囲っていた村人は女の人ばかり。横に付き添っている子供すらも女の子ばかりだった。
残る男の人はというと……周囲の人が身を屈めて初めて確認できた。
建物の影で殺気を放ちながら身を潜めこちらの隙を伺っている……。
こんな異様な状況、リオが口にしたような策略でもなければあり得るようなものではない。女の人が矢面に立ち、男の人が控えているなんて。
(僕がちゃんと断らなくちゃ……!)
そうは思えども決して言葉にはならない。
喉元まで出かかっている。なんて嘘で自分を黙らせなければ罪悪感でどうにかなってしまいそうだ。
声を上げて泣く女の人に囲まれ、物陰からこちらを襲おうとする人に怯え、それでもなお意志を貫き通すなんてとても──
「アタシたちは今すぐこの村を出る。追ってきた奴は子供だろうがアタシが殺す。わかったら道を開けなさい」
僕が逡巡を繰り返している間にもリオは前に進み続ける。人々の恨みつらみを一身に引き受けながら。
村を後にするも僕たちを追ってくるような人影は確認できなかった。
「ふん、次期村長に名乗りを上げることも出来ない腰抜けの集まりなんてどの道バラけるでしょ」
そうやってリオは憎まれ役を僕の前でも続ける。まるで、僕に嫌われてでも僕を苦悩から遠ざけようとしているようでとても痛々しい。
「ありがとう、リオ。僕の代わりに辛いことをやってくれて」
だから、感謝は絶対に伝えたかった。
「だって、トウマを辛いことから守るのがお姉ちゃんの役目、でしょ?だから大丈夫っ!」
リオは僕の心配を払拭するようにニッと快活に笑ってみせる。
きっと、喋れない間もこんな風に思ってくれていたのだろうか。そう考えると『姉』という存在の大きさには驚きでいっぱいだ。
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