霧の向こう側

 1つ質問があるのだけれども、皆さんはお風呂に入る時には浴室の鍵を掛けるだろうか。


 因みに僕は浴室を利用している際にはしっかりと扉を閉める派なので、基本的に僕は浴室で誰かと2人きりになっただなんて言う状況に陥ってしまう事は大変に少ない。


 そもそも、僕は女装をして百合園女学園女子寮にいる訳であり、当然ながら浴室内でも女性であることを求められてしまう訳なのだけど、お風呂というモノは基本的に1人で入るものである。


 それに現時点でこの女子寮を利用しているのは寮母である和奏姉さんに、寮監である僕と、括りとしては一般学生である茉奈の3人だけであり、2人に関しては僕が男だというのは周知の事実。


 故にこそ、お風呂だからこそ男性器をさらけ出してしまう状況にある訳だけど、利用者が共犯者であるので、何ら問題は無い――筈だったのだが。


「フ……いい湯ね、唯お姉様」


「そ、そうですね……?」


「フ。なぁに? もしかして緊張しているのかしら? それともこの私に今から襲われる事ばかり考えているのかしら? どっちでもエッチで実にい」


「ち、違っ……! そんな訳っ……!」


「フ。冗談。それはそれとして、さっきから唯お姉様が入っている方角から物凄い勢いで水の波紋がやってくる。もしかしなくても滅茶苦茶に震えてない? 寒くない? お湯足しましょうか? それとも私で物理的に温める?」


「け、結構です……!」


 結論から言うと、社会的に殺される寸前の窮地にまで陥っていた。


 呼んで字の如く、絶体絶命。

 というか、これを絶体絶命と言わずして何と言うべきか。


「フ。まさかこうして唯お姉様と一緒の湯舟に浸かれるだなんて……! 良い子で今まで頑張ってきた甲斐があるというもの! それはそれとしてまさか唯お姉様が胸パッドだとは思わなかった!」


「っ……! 胸パッドしちゃいけないって言うんですか……!?」


「フ! まさか! 貧乳は最高よ! 貧乳銀髪紅眼の唯お姉様だなんて私の性癖にドチャクソストライクなのよ! まさか唯お姉様が貧乳を気になさる程の可愛い女の子だなんて夢にも思わなかったものだから、ね? という訳で貧乳を気にするのなら良い育乳法があるのよね! そう百合セッ――!」

 

 百合園女学園の第1寮である『椿館』の浴場は、それはそれは広い。


 どれぐらい広いのかと言うと、民間施設である銭湯ぐらいの広さと言えばよいのだろうか。


 とにかく広い。

 そう、凄く広いのだ。


 人間2人が湯舟の中に浸かっていても背中が当たるだなんて事もないぐらいに広い。


 そんな10人入っても余るぐらいの大きさを誇る大浴場で、わざわざ湯舟内の壁際まで追い込まれて縮こまっている僕を、一糸まとわない生まれたままの姿を晒した下冷泉霧香はいつも通りの不敵な笑みを浮かべてニヤニヤと見据えていたのであった。


「フ。この濁った入浴剤の景色の向こう側に唯お姉様のびしょびしょに濡れた女性器があると思うと興奮を隠せない。だけど、生で見れないのは駄目ね。先にお風呂を頂いて、この入浴剤を使ったのは悪手だったみたい……いや、それはそれで見えないから逆に興奮するわね……」


「そ、そうですか。というか、どうして2回もお風呂に……!?」


「フ。乙女ならお風呂に何回も入って当たり前。好きな人の為ならいくらでも身体を綺麗にして、常日頃からベストコンディションを維持するのがこの下冷泉霧香という生き物。という訳で見惚れなさい? この清楚系美少女の全裸に見惚れなさい? ほらほらほらほら」


 幸いな事に、僕はこの入浴剤のおかげでお湯の向こう側に隠された男性器を下冷泉霧香に晒す事は無く、僕が湯に浸かった下冷泉霧香の見てはいけない箇所を見る事も無かった。


 そういう意味合いにおいて、僕はこの入浴剤を使用した過去の下冷泉霧香に感謝するべきなのかもしれない。


 だが、それでも水面からはみ出るぐらいに大きい巨乳を目の当たりにしてしまうと下半身に熱が溜まっていくのを肌で感じるし、お風呂に入る際に髪が濡れないようにいつもと違う髪型の彼女の姿に目を奪われそうになってしまう。 


 何ならもう勃ってる。

 最低過ぎるだろ、僕の身体。


 だけど、まさか下冷泉霧香が『鍵? フ。ごめんなさい、10円玉で開けれた。ここセキュリティが昭和レベルに杜撰。理事長代理ならまずは生徒の身の安全を守る為にもセキュリティの強化に励むべき。役目でしょ?』と涼しい笑みを浮かべては、為にしかならない忠告をした挙句の果てに温かいお湯に浸かっていた僕の肝を冷やし、更には僕と一緒にお風呂に入ってくるだなんて予想だにしていなかったのだ。


 そんな男性器を見せてはいけないからこそ文字通りの硬直状態に陥った僕の気持ちなんていざ知らず、下冷泉霧香は僕と同じ湯舟に、しかも向かい合いながら入ってきたのである――って!


「ちょ、ちょっと下冷泉先輩……⁉ なんで僕の横に来て……⁉」


「フ? 唯お姉様の妹たる者、唯お姉様が寒さで震えているのであれば人肌で温めるのが常識じゃない? え、唯お姉様は常識を知らないの? やだ無知シチュ? レベル高いわね」


「そ、それは貴方の中の常識ですっ! 僕の中の常識に合わせてくださいよっ! あ、ちょ、やめっ、こ、来ないでくださいよぉ……⁉」


「フ。来るなと言われたら来るのが人の情。これから唯お姉様を犯し尽くすと考えただけでそれはもう興の奮」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、全裸の僕の横にやってくる全裸の変態ではあるけれども、文字通り動くことすらままならない僕にはどうしようも無かった。


 そして、そんな僕の鼻腔に隣の下冷泉霧香という美少女が放つ良い臭いが襲来してきて、真っ正面を見ていても見えるぐらいに大きな胸が視界に入り、ちょっとした彼女の動きによって生じる水の波紋が僕の身体を更に敏感にさせていく。


 心臓が痛いぐらいに脈動して、頭が沸騰しそうになって、下半身の違和感がどんどん取り返しのつかない状況にへと悪化していく。


 両の手で下半身のアレを隠そうとするけれども、そんな事をしたら当然ながら下冷泉霧香が静かな微笑みを浮かべたまま僕の両手の先にある隠している何かを見てこようとする。


 社会的に死にたくない僕は彼女の視線から逃げるべく、けれどもお湯から出れない状況だけれども、彼女を視界から消す。


 平たく言えば、僕は下冷泉霧香に無防備な背中を曝け出した。


 危険人物の動向が見えなくなるのは悪手中の悪手だっていうのに、もう冷静な判断が出来ていない僕はそんな行動が最善だって疑ってすらもいない。


 これが最悪な判断だと気が付いて、元の状態に戻ろうとして――今度は背中越しから、ふにゃりという柔らかい感触が襲いかかる。


「ひゃあぁぁ……⁉」


「フ。どうかしら、下冷泉ブランドの巨乳のお味は。今は母乳が出ないけれどいつの日か飲ませてあげるわね」


 背後からしっかりと感じ取ってしまう2つの大きな何か。

 いや、そもそも何かと呼称するよりも先に、僕の頭の中は「おっぱい」という言葉で埋め尽くされてしまっている。


「ちょっ⁉ ちょっ……⁉ え⁉ は⁉ えぇぇぇ⁉ し、下冷泉先輩⁉ な、な、な、いきなり、何、を……⁉」


「フ。落ち着きなさい。私はリードされたい側なの」


「おおおおおおおおお落ち着ける訳がないでしょう一体何を考えているんですか先輩……⁉」


「フ。唯お姉様が動揺しているのは珍しい。あぁ、動画か何かでこの瞬間を映像に遺せないのが本当に悔やまれる」


「いやいやいやいや……⁉」 


「フ。だから少しは落ち着きなさい。たかがを唯お姉様の頭に押しつけているだけじゃない。こんなの女性同士なら当たり前のコミュニケーションでしかない。違って?」


 落ち着けられる訳がない。


 僕はあの下冷泉霧香の胸元でたわわに実った巨乳を僕の背に押しつけるだけでなく、僕が簡単に逃げられないように僕の腰回りをすべすべとした肌触りの両腕でしっかりと押さえつけていて、本当にどうしようも無かった。


「や、やめっ……! もう、やめてくださっ……! や、だ……! やだっ……! こ、こんな、こんなイヤらしいこと、こんなところで、やらないでっ……⁉」


「フ。そうかしら? そもそもの話、私たちは同じ女性。しかも体育の授業に臨む際、更衣室でお互いの身体を曝け出しても許される関係性じゃないかしら? あぁ、叶う事なら唯お姉様と同級生になって生着替えを拝見したかった」


「だと、してもっ……!?」


「フ。いけないわ、いけないわよ、唯お姉様。学内のアイドルにして理事長代理であらせられる唯お姉様が女遊びの1つや2つも知らないだなんて」


「や、やだっ……! そんなの、知りたくなっ……!」


「覚えたくなくても覚えるの。私の身体で覚えて。女の身体を。経験した事がない知識で補正された嘘を捨てて、本当の知識を吸収して、嘘をつけるようにしなさい」


 いつもの薄ら笑いなんてせずに、どうした訳か真剣な声音でそんな事を言ってみせた彼女に対して、僕の身体は抵抗というものを一瞬忘れた。


 忘れたとはいえ、流石に僕の性別がバレてしまうという危機感はすぐにやってきて、理性と本能が嵐のように頭の中でごちゃ混ぜになってしまう。


 こんなの、どうしろって言うんだ。


 彼女から垂れる水の音。


 彼女の吐息の音。


 そして、背中越しからやってくる彼女の心臓の音。


 こんなの、聞いているだけでも頭がおかしくなってしまう。 


 自分の心臓の鼓動が、まるで警告するかのようにうるさい。


 まだ風呂に浸かっていないというのに、体温だけがどんどん上がっていって、自然と吐いてしまう息にも熱が帯びているようにも思えた。


 このままではのぼせて倒れてしまう。


 彼女という存在に魅了されて、飲み込まれてしまいそうになる──!


「フ。ただ背後から胸を押し当てたってだけなのに、唯お姉様は興奮してくれるのね。嬉しい。嬉しくて興奮してくる。今更気が付いたのだけども、こうして私と唯お姉様が全裸でお風呂に入っているという事はお互いの女性器同士で間接キスしているという事になるのでは? 何てこと。最高じゃない」


 確かに心地良さに関しては最高だが、状況という状況が余りにも最悪の一言。


 そもそもの話として、全裸の状態の僕の真後ろに下冷泉霧香がいるってだけでも僕は絶体絶命の窮地にへと立たされてしまっている。


 文字通りの急所、女々しい僕の下半身で雄々しくなってしまった男性器をお湯に隠した状態で、だ。


「……っぅぅぅぅ~!? もう、本当に、勘弁してくださっ……!?」


「フ。何を言っているのかしら? 今までのは前戯。文字通りのお遊び。むしろ、本番はここからでしょう?」


「……やっ……! やだっ……! た、助けて……!」


 あぁ、終わった。

 さよなら、僕のバレてはいけない女装生活。


 まさかこんなお風呂場で僕の努力と苦労が全て水の泡になるだなんて、本当に思っていなかった。


「……フ。冗談。冗談よ。そんな処女を奪われそうになった生娘みたいに震えないで? 逆に唆る。そもそもの話、私としても初めては和姦がいし、せっかく稼いだ唯お姉様の好感度を無駄にするだなんて風情が無い」


 そう下冷泉霧香が口にしたのと同時に、今まで感じていた胸の感触は消え、ばしゃり、と水が大きく跳ねる音が浴室内で満たされる。


「フ。唯お姉様の女体を堪能できたし、唯お姉様のエキスが染み込んだ湯を浴びれて最の幸。あぁ、そうそう。今日はわか姉の部屋に泊まらせてもらう。続きがしたいようならわか姉の寝室に来て? 3Pしましょ、3P」


 流行りの歌でも歌うような気軽さでそんな事を告げた彼女は流麗な身体の曲線を誇る全裸の姿で浴室から出て――本の一瞬、男の本能が彼女の女体を目に灼きつけようとして、全力で視線を逸らす――浴室の扉が完全に閉まった音がしたのと同時に、僕は浴室内で何回も反響するぐらいの大きい嘆息を吐きだした。


「た、助かった、の――?」



















━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「フ」


 唯お姉様の全裸は最高でした。


 鍵を掛けただけでこの恋する大和撫子たる下冷泉霧香を止められると思うだなんて、唯お姉様はまだまだ御可愛いこと。


 私の胸なんかを押し当てられた唯お姉様の反応が余りにも愛おしすぎたものだから、私の口からとっても清楚な笑い声が零れ落ちてしまう。


「フ。フフ、フフフ……! ブヒ、ブヒヒ……!」


 とはいえ、こんな乙女心がたっぷり詰まった声を唯お姉様に聞かれてしまうのはとっても恥ずかしいので、私は今日泊まる手筈になっている百合園和奏……愛称、わか姉の寝室にお邪魔する事にした。


「フ。夜這いに来たわよ、わか姉」


「あ。いらっしゃい霧香ちゃん! そうそう! お話したい事があるんだけど、良いかな?」


「フ。何かしら? もしかして今日は危険日? フ。ついに私がわか姉を孕ませる日がやってきたのね!」


「正座しなさい」


「………………。フ。心当たりという心当たりが全く無い。こんな嘘も付かないような善良な美少女にどうして正座なんて言う前時代的な体罰を――」


「正座しなさい、ね?」


「フ。その時、私は思い出した。笑顔で怒ってるわか姉の説教はとっても長い事を……!」


「駄目じゃないの霧香ちゃん。もっと自分の身体を大切にしなさい」


「フ。それはごめんなさい。でも、仕方ないと言えば仕方ないでしょう?」


 意識して笑みを保ったまま、私は親愛なるわか姉にそう告げると、賢い彼女は私の意図を十二分に分かってくれたようで唯お姉様と全くそっくりな態度で不満を孕んだ嘆息を漏らす。


「……今日は大目に見るよ? でも、今回のような自分の身体を杜撰に扱うような真似は今後一切許しません」


「フ。情状酌量、どうもありがとう。でも、これが1番早かったモノだから」


 パジャマ姿でジト目でこちらを睨めつけてくる彼女の姿を見ると、色あせていたあの時の記憶が急激に色を取り戻していく。


 本当に、懐かしくて、私は思わず涙腺が崩れかけたけれども、ここで泣いてやるつもりなんて一切ない。

 

「それにしても、またこうしてわか姉と一緒に過ごせるだなんて夢にも思わなかった。13年ぶり、ぐらいかしら」


「12年ぐらいじゃなかったけ? まぁ、離れていた年数を数えるのは私たちの性には合わないから、別にどうでもいいかもだけど」

 

「それは本当。さて、こうして私がわか姉の寝室に来た本当の理由……分かるわよね?」


「いぇーい! の時間だぁ!」


「……ちょっと待ってわか姉、私はまだ未成年なのだけど。缶ビール置かないでくれないかしら」


「ぷはぁ! ビール美味しー!」


「飲まないで」


「うぅ……! うぇぇん……!」


「泣かないで」


「あの霧香ちゃんがこんなにも綺麗になってぇ……! う、うぅ……! うぇぇん……! 和奏お姉ちゃんはぁ……! 和奏お姉ちゃんはぁ! 霧香ちゃんの成長が本当に嬉しくて涙出ちゃうよぉ……!」


「待ちなさい。人数分取り出した紙コップに缶ビールを注がないで」


「はい! いっき! いっき! いっき!」


「飲まないわよ、飲まないってば。ちょっと待ちなさい。貴女、教職員でしょ? 私のような可憐極まりない美少女を社会のレールから取り外すつもり? これからの日本社会の大きな損失だって事をご存知でない?」


「私の酒が飲めないっていうのぉ……!?」


「ごめんあそばせ。何せ私は未成年なものだから」


「いつもいっつもR18ギリギリの発言をしている癖にぃ……!」


「それはそれ。これはこれ。私にも譲れない一線というものはあるのよ」


「霧香ちゃんの分からず屋ぁ……!」


「分からず屋はどっちなのかしら」


「分からず屋でしょう⁉ 自分からあんな行動しておいて……! 私はねぇ⁉ 霧香ちゃんには幸せになって欲しいのよ⁉ なのにどうして自分からその幸せを捨てるのかなぁ……⁉」


「はいはい」


「絶対分かってないぃぃぃ……! お姉ちゃん、お説教するぅぅぅ……!」


 目の前にいる彼女はとても教職員とは思えなくて、私は思わず素で嘆息しかけたものの、久々に親友と出会えた事ではしゃいでいる彼女を見ているだけでも私の心も不思議と満たされてしまうし、そもそもの話、この私が言えた道理なんて最初から無いではないか。


「……全く。貴女は頭が良いのにすぐに泣いて。あぁもう、顔面ぐちゃぐちゃじゃない。ほら、ハンカチ。私よりも何歳も年上ならしっかりしなさい。あの時の貴女も泣きっぱなしで……あぁもう。鼻水出しなさい、ほら」


「だって……! だってぇ……! あの時の私はどうすればいいのか分からなくてぇ……!」


「はいはい。何度も言うけど私が何とかしてあげるから。さっさと泣き止みなさい」


「うぇぇぇぇ……! ひっく、ひっぐ……! 霧香ちゃんは優しいねぇ……!」


「私は誰にでも優しい訳じゃない。私は貴女たち限定で優しいだけ」


「おぇ……! うぇ……! おぇぇ……!」 


「泣きながら吐こうとしないで」


「でも、でもぉ……! あの日、霧香ちゃんの方から協力してくれるだなんて、和奏お姉ちゃん思ってなくてぇ……! だなんて、本当、思っていなくてぇ……!」


「わか姉。貴女、これからずっと絶対にお酒は飲まない方が良い。まさかそんな面白くもない虚言が出るだなんて本当に救いようがないわよ、貴女。余りにも酒に弱すぎるわよ、この馬鹿姉ばかねぇ


「うわぁぁぁぁぁん!!! 霧香ちゃんが馬鹿って言ったぁぁぁぁ!!!」


「はいはい。ごめんなさいごめんなさい。でも、もう一度だけ言わせなさい、この馬鹿姉ばかねぇ


 その夜、私はこの年上の放っておけない酔っ払いの介護で忙しくて、もしもあの時に唯お姉様に向かって発言した『3Pやらない?』という言葉を真に受けて、この部屋にやって来なかったことに心の底から安堵したのであった。


 ――とはいえ。


 私に自分から近づく唯お姉様なんて、存在する訳がない。


 無意識に上がっていた好感度と信頼度を底に落とすような最低最悪の真似をした私に対して、恐らく唯お姉様は再び警戒してくれるだろう。いや、警戒してくれないと大変に困る。そうするように調整した。


 だって、私は変態の下冷泉霧香なのだから。

 私は、唯お姉様の戒学園生活を送る上での最低最悪の敵。


 唯お姉様は、下冷泉霧香わたしを嫌い続けて、警戒し続けないといけない。


 そうでないと、下冷泉霧香てきとしてこの学園にやってきた意味が無くなってしまうのだから。

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