凸撃! 隣の唯お姉様のお風呂!
僕、百合園唯は知っての通り、男子である。
しかしながら、僕には様々な事情が重なりに重なってしまい女装をしながら女学園に通いながら、理事長代理だなんていう大役を死んだ祖父から仰せつかわさてしまってから、毎日が苦難の連続であった。
とはいえ――。
「……はぁぁぁぁぁぁぅぅぅぁぁぁぁ~~~~っっっ……!」
まさか、コスプレをさせられて写真撮影されるだなんてなぁ。
……いや、本当に何で?
いつの間に、僕はそこまで男性の尊厳をかなぐり捨てられるような所までやってきてしまっていたのだろう?
幸いとでも言うべきか僕は母似……まぁ、顔はもう覚えていないのだけど……で唯一の肉親である和奏姉さんと顔の造形が似ており、遠目からでも近くからでも一見して男性だとは思えないような容姿をしている。
おかげ様で僕は今の今まで女性事情を知らない人達全員に性別を偽り続ける事が出来てしまっていたのだが、現状の一番の問題点は僕が余りにも美少女すぎてしまっていた……それが最悪の問題点なのであった。
一応、断っておくが僕はナルシストだとかそんな存在ではない。
確かに僕の容姿は世界で一番美人である和奏姉さん譲りの箇所がたくさんあるのだが、それでも僕なんかよりも和奏姉さんの方が美少女である。
いや、そもそも僕は美少女じゃなくて男だが……それもまた僕の女装事情を知らない人たちからしてみれば預かり知らない事でしかない。
「しかし、ファンクラブ、ですか。いや、
「うーん。個人的には和奏姉さん、上手く行くと思うなぁ。人間って案外周囲に感化されがちっていうのもあるけど、暗黙の了解を守らないといけない社会的動物だからね。誰かがやっているからやる。誰かがやっていないからやる……であるのなら、誰かがルールを作って、そのルールに巻き込ませるって言うのは力押しではあるけれども、案外合理的なんだよね」
「わか姉がそう言うのなら、そうなんですかね……?」
「まぁ唯くんだしね! アイドルになるなんて余裕ヨユー! だって私に似て美人さんだもん! お姉ちゃん、そんな唯くんにメイド服だとかチャイナドレスを着せるの夢だったんだー!」
和奏姉さん。弟の僕に向けてそんな夢を持たないでよ。
というか、そんな嬉しそうな表情を見せないで欲しい。
そんな表情を見せられたら、裏切れなくなるというか、無理をしてでも和奏姉さんのお願いごとを聞かないとって思わされてしまうんだ。
「フ。道理。唯お姉様のアイドル適正はそれはもうとんでもない。そんな唯お姉様を見逃す人間は誰もいないから当然の帰結ね。茉奈さんも人を見る目は確かね」
「……お褒めに預かり恐悦至極ですけど、今はそんな話よりも
いつもであれば下冷泉霧香に良い感情を持っていない茉奈であったけれども、状況が状況なのか、あるいは彼女本人もこの作戦が心のどこかで上手くいくのかもしれないと思っているのかもしれない。
正直な話、女性の服を着せられて写真を撮らされるだなんて、そんなモノは前々からやらされていたので余り抵抗はなかったりするのが正直なところ。
いや、だって、僕が女物の服を着たくないと抗議したら、和奏姉さんがガチで泣きそうになるものだから、結果として、うん、仕方なく。
「ほら、何を突っ張っているんですか
どうしてお嬢様学園の女子寮内にメイド服が?
そんな事を思わざるを得なかったけれども、色々と突っ込むのも疲れてきたので、そんな自分の疑問の1つや2つは無視する事にした。
「フ。であるのなら、私も唯はお姉様の着替えのお手伝いをさせて頂くわね。フ。役得」
「欲望と妄想でついに頭がイカれましたか、このメス豚先輩。先輩は私と一緒に
当たり前だと言わんばかりに更衣室に向かおうとした下冷泉霧香の肩を掴みながらそう指摘して、自然に引き離してくれた茉奈に対して僕は内心で感謝していた。
実際問題、僕は下冷泉霧香に自分の正体が男であるという事をまだ明らかにはしていない。
下冷泉霧香はあくまで『女性としての僕』に協力してくれている訳で『女装をして女学院に通う犯罪者』に協力をしている訳ではない。
彼女は確かに協力的ではある。
いささか偏執的で、押しが強い箇所も沢山にあるけれども、それでも彼女はこの女装生活において『僕の女装事情を知らないのにも関わらず、僕の女装事情を協力してくれる』という希有な立場になり得るかもしれない。
だけど、だからといって僕の素性をそう簡単に伝えられるほど、僕と茉奈の肝は座ってはいなかったし、それに関しては和奏姉さんも同意義だと思うのだ。
「フ。あら残念。唯お姉様が更衣シーンなんてとっても取り高だと思ったのだけど。百合園女学園の生徒たちに公開しようものなら一夜で全てを終わらせてしまう特級呪物が完成するところだったのに、残念ね」
「面白い冗談……と、聞き流せませんね。一考の余地があるやもしれませんねソレ。不本意ですけど、義妹、この変態の意見に同意します」
「え⁉ ちょっ、ま、茉奈……⁉」
「駄目よ茉奈ちゃん! 唯くんが着替える瞬間を目の当たりに出来るのは姉である私だけの特権よ! それはそれとして生着替えをする動画を高額プランで販売した方が売れ行きがいいとお姉ちゃん思うのよね!」
「そんなの姉のやる事ですか、和奏姉さん⁉」
「フ……。提案した私が言うのもなんだけど、姉なら妹を売るのは止めなさい。もちろん、妹の茉奈さんもよ」
「そら見た事か2人とも⁉ あの下冷泉霧香に正論をぶつけられるだなんて最低な事なんだよ⁉」
「フ。唯お姉様がまるで私を正論で言わない生物だと認識してくれている……! 嬉しい! 思わずブヒ……りたいところなのだけど、私はそういう下ネタが嫌いな淑女だから控えるわね、うん。別にわか姉が目の前にいるからだとかそういうのは全然関係ない。だってそういう発言を連呼するのって人としてどうかと思うのよ、私」
うわぁ、本当にこの人は学内では下ネタを封印してるんだ……。
まぁ、そりゃそうだよね。
だって、日常生活で下ネタを連呼している人が近くにいたら誰だって、その人の頭が湧いているだろうから近づきなんか絶対にしない。
仮に、いや本当に仮に、死ぬほど嫌な仮定だけど、僕が下冷泉霧香であったのであれば、そんな行動をするのは至って当然と言えた。
とはいえ、それは逆に言えば和奏姉さんがその場に居さえすれば下冷泉霧香の変態発言に対する抑止力になり得るという事が分かっただけでも御の字かもしれないけれども。
それでも今から女装した状態でサブカルチャーの権化とも言えるようなメイド服に袖を通すと思うと色々と鬱屈な気分になってしまって、本日何度目か分からない溜息を吐き出した。
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――のだけど。
「きゃああああああああああああ!!! 唯くん! 好き! メイド服を着た唯くん大好き! めちゃくちゃいいよ唯くん! ほら、そのスカートの部分を摘まんでたくし上げをして? もちろん、涙目でね? うん! いい! いいよ! 何だろうねコレ⁉ 没落してしまったいいところのお嬢様を私が管理しているっていうシチュエーションかなコレ⁉ そういうの私大好きだよ! ほらほらご主人様って呼んでご主人様って!」
――だとか。
「いいよ! 唯くん、いいよ! チャイナドレスを着た唯くん、すっごくセクシーでいいよ! 深いスリットにガーターベルトはいいよね! 好き! はぁ……! やばいねコレ。ため息がついつい出ちゃう。唯くんの太股めちゃくちゃ綺麗だよねぇ……! 触りたいなぁ……! スリットの部分から見えている生肌部分から手を突っ込みたいなぁ……ね? 1回だけ。本当に1回だけだから触らせてくれたりしない? 触らせて? ね、ね、ね?」
――それどころか。
「アオザイっていいよねぇ……! 民族衣装だったら個人的にはベトナムが一番だなぁ……! ぴちぴちっと唯くんの華奢なボディラインに張り付くこのエロさは言葉に出来ないよ……! 特に純白のアオザイドレスは良いよね! 清楚って感じが凄いよね清楚! 全体的な肌色も少ない筈なのに……どうしてこうもえっちなのかなぁ……⁉ やっぱり唯くんはえっちなんだねぇ……!」
――メイド服だけを着るという話であった筈なのに、いつの間にか僕は様々な衣装を着せられるお人形と化しており、鼻血を出す和奏姉さんと茉奈に下冷泉霧香に対して、僕の女性ならではの姿を見せてしまっただけでなくカメラで好き勝手に撮影されていた。
そして、そんな撮影会から終了から数分もしない頃。
当然ながら、僕の数多くの写真は『お障り厳禁』を禁則事項と定めたファンクラブに参加してくれた百合園女学園の生徒を対象に次々に公開され、僕の様々な姿格好を見られるらしいという噂を聞きつけたお嬢様たちがどんどんファンクラブに入り、ついには僕のファンクラブは写真公開から200人近くのファンクラブ会員を抱える大規模なものとなってしまった。
これに関しては目論見通りであったので、今後の学校生活において僕が女子生徒に触られてしまうという機会は減っていくであろうから、次は体操服に着替える際にどうすればいいのかについて考える事ぐらいだろうか。
――とはいえ。
「……なんで、なんで、なんで……! なんでノリノリで写真撮影をしているんだよ僕はぁ……⁉ なんで男のくせにそんな女性みたいな顔をしてるんだよ僕はぁ……⁉ うぅ……! 男として情けなさすぎるだろ僕……⁉ ……で、でも、かわいいな……ではなく! いや、なんで女装をしている僕に性的興奮を覚えているんだ僕は……っ⁉」
自分の女装した姿で、更にコスプレをするという自分の姿が映った写真をスマホで見て、ちょっとだけ興奮してしまった自分がいて、色々と複雑な気持ちに陥ってしまった僕は百合園女学園の女子寮の自室のベッドの上にて思い切り後悔をしていた。
「……今度、別の女物の服を着てみようかな……? いや、そういう意味じゃないから。これはあくまで、僕が女装生活を送る上で必要最低限な知識を得る為だから……うん……だから、うん、仕方ない……」
そう言って僕はスマホを起動し、女性専用の衣服を取り扱うサイトを見て、そのサイトのページを消しては、またそのサイトに入っては、商品をカートの中に入れては、カートの中に入った商品を取り消しては、再びその商品をカートに入れて……購入のボタンを押してしまったのであった。
「……お風呂、入ろ……」
何度目か分からない溜息で部屋中で満たした僕は気分転換がてら、百合園女学園女子寮の中にある大浴場を利用する事にした。
自室から出て、廊下を出て、浴場関係の部屋に入り、鍵を閉め、服を脱ぎ、胸パッドを剝がし、お湯が張った浴室に入り、髪と身体を洗い、湯舟に浸かる。
「……気持ちいい……」
お風呂は良い。
僕が男だっていう証拠がお湯の中にしっかりとあるから実に良い。
それに僕の尊厳が色々と破壊されたとは言え、ファンクラブが設立された事で僕に対する近づきにくさが生じた事は大変に大きい。
「……後は体育の着替えをどうにかするのと、女性の裸に慣れるだけ、か……」
いやいや、無理だろ、それは。
茉奈や和奏姉さんと一緒にお風呂にでも入って慣れるだとかは頭の中では考えたが、流石にそれは人としてアレだったので当然ながら却下。
「……ま、おいおい考えればいっか……今日も色々とありすぎて、これ以上考えるだけでも疲れる……」
そもそも、ここは文字通り、女装生活をする上で必要不可欠である衣服という鎧が無い状態なので、もしもこんな場面に女装事情を知らない誰かと鉢合わせでもしたら……とは思うけれども、流石にそんな事はあり得ない。
だって、ちゃんと浴室に鍵を掛けたのだから。
「……ふぅ……癒される……お風呂、気持ちいい……幸せ……」
「フ。待たせたわね。濡れ場の時間よ、唯お姉様」
そんな矢先に、油断という油断を抱えながら湯舟に浸かっていた僕の元に全裸の変態令嬢が浴室に篭った湯霧を蹴散らしながら姿を現したのであった。
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