そろそろ唯お姉様を虐めないと死ぬぜ!
「フ。ご馳走様でした。楽しい食事だったわ」
僕に茉奈と和奏姉さんだけだった筈の食卓に加わった下冷泉霧香がそんな事を口にすると、見ていて惚れ惚れするぐらいの動作で食事に対する感謝を行っていた。
うん、こうして見ると彼女は確かに典型的な大和撫子なのであった。
「ご馳走様でしたー! 今日も唯く……ごほっごほっ! えー、唯ちゃんが作ってくれた料理が美味しかったー! けど、所々味付けが唯く……げほっげほっ! 唯ちゃんじゃない箇所があったね? いやぁ、霧香ちゃん、今日は料理を唯くんと一緒に作ってくれてありがとねー! あっ、間違えた、唯ちゃんだったよ唯ちゃん!」
余りにも演技が杜撰が過ぎるよ、和奏姉さん。
というか、最終的に僕の名称をちゃん付けに統一してよ、和奏姉さん。
バレたらどうするんだよバレたら。
「フ。当然よ、わか姉。私は唯お姉様の妹なのだからこれぐらいの手伝いはして当然……って、あら? もう1人の妹さんは何をしていたのかしら?」
「ふふん、義妹たる者、年長者に何でもかんでもやらせるんです。料理も当然やるのは
「フ。それは怖い。ねぇ、わか姉、可哀想な私を助けて?」
「だから私からわか姉を取るなー! わか姉に寄っかかるなー! 離れろー!」
それはそれとして、茉奈はいつの日か本当に料理の1つや2つが出来るようになった方がいいかもしれない。
もし僕が交通事故とかで居なくなったら、一体どうやって生きていくつもりなんだ、この義妹は。
「フ。さて、それではお楽しみのスイーツと洒落込みましょう。今日は僭越ながらこの下冷泉霧香がティラミスを作ったわ」
席から立ち上がった下冷泉霧香は冷蔵庫の中からガラス容器に詰めたティラミスを取り出すと、皆の手が伸ばしやすい机の中央に静かに置くと同時に、食卓を囲んでいた僕たちはおぉ、と感激の声を挙げる。
「わーい! 霧香ちゃんのティラミスだー!」
まるで子供のようにはしゃぐ和奏姉さんと、これは意外だと言わんばかりに瞠目している茉奈であったが、僕の反応はと言うと、彼女たち2人を足して2で割ったような反応。
嬉しい食後のデザートなのだから素直に喜びたいのだが、作った張本人があの下冷泉霧香だと素直に喜べない自分がいるのだ、誰か分かってくれやしないだろうかこの感覚。
「フ。それじゃ頂きましょうか」
そう下冷泉霧香が口にしたと同時に和奏姉さんと茉奈は静かに、けれどとても華麗で優雅な立ち振る舞いで銀色の匙を手にすると、各々がティラミスを掬うとそれをぷるりと膨らんだ唇に近づけると、静かに口の中に入れてはゆっくりと咀嚼した。
「んー! 美味しー!」
「……えぇ……? うまぁ……? くっ……! なんで美味しいモノを食べたのに料理人がアレってだけでこうも素直に評価するのが癪ですね……! 私からわか姉を寝取った変態メス豚なのに……! 悔しい……! これ美味しいっ……! お代わりっ……! さっきのより量多めで……!」
茉奈の気持ちも分からないまでもない。
というのも、このティラミス、物凄く美味しいのである。
コーヒーをふんだんに染み込ませたのであろうスポンジケーキには甘さと苦みとがあり、それらをかき消してくれるマスカルポーネチーズ特有の甘酸っぱさとコクによる味の余韻。
そして、喉が熱くなったかと思いきや、その喉をケアするかのような心地良い清涼感が襲ってくるティラミスムース。
甘味と酸味に苦味がリズミカルに襲ってくるこの味の組み合わせは、素人にはとても作れないような絶品であり、百合園家で1番に料理を作るのが上手い僕でも思わず唸ってしまう程の逸品が彼女のティラミスであった。
「んー。ほっぺが落ちるなぁ……! あ、そうだ唯くん。ここで1つ問題です。さて、ティラミスの語源って何でしょう?」
「私を元気づけてっていうイタリア語が語源でしょ、和奏姉さん。というか、ティラミスを食べる度にそういうなぞなぞを言わなくても良いってば」
それもそうだね、と朗らかに笑う和奏姉さんに対して苦笑を向けた後、再びスプーンでティラミスを掬っては、ぱくりと口の中に放り込む。
随分と遠い昔の話になるけれども、百合園家に拾われる前の僕と和奏姉さんは孤児院にお世話になっていた時期があって、そこの院長さんからティラミスの作り方だけでなく先ほどの語源についても同様に教えて貰った事があるのだ。
おかげ様で姉は大のティラミス好きになった訳で、僕はそんな姉の笑顔が見たくて弱冠4歳にしてティラミス作りをマスターしたと思う。
ティラミスを食べただけでそんな13年前の事を思い出せるのだから、ティラミスの語源なんてそんなものはすらすらと出て当たり前だっていうのに……まぁ、あんまり思い出したくない時期ではあるけれども、決して悪いだけの時期では無かった。
「唯お姉様、せっかくだから食べながら話を聞いてくれないかしら? あの作戦が上手くいったかどうかの報告を、ね」
作戦とは一体何の事だ……そう言わんばかりの戸惑いの表情を浮かべている茉奈と和奏姉さんを他所に、僕は頼むからその作戦が上手く行ってほしいと心の底から願っていたけれど、下冷泉霧香のこの余裕たっぷりな態度を見るに成功はしているのだろうとは思う。
「フ。そう言えば茉奈さんとわか姉には情報を共有していなかった。丁度いいから説明してあげるわね」
そう言うと下冷泉霧香は立ち上がっては自分の鞄の中を漁るとタブレット端末を取り出し――とある画面を茉奈と和奏姉さんに見せてくれた。
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【速報】
祝! 百合園唯お姉様好き好き大好きファンクラブ設立!
初代会長は下冷泉霧香お姉様に決定しておハーブ生えましてよwww
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「――なに、これ?」
「フ。百合園女学園のネット掲示板。もちろん、裏掲示板のスレ。私、ここの管理を昨日やる事になったのよね。世はまさに大サイバー時代よ大サイバー時代」
「――なに、それ?」
「フ。そういう訳だから、茉奈さん。唯お姉様にメイド服を貸してあげて。メイド服をお召しになられた唯お姉様の写真を餌に入会特典にさせる。カメラ機材は私が既に準備しているからそっちは大丈夫」
「出来ればクラシカルな雰囲気のロングスカート形式の露出の少ないメイド服でお願いしますね、茉奈」
「――ちょっと待って! 色々と待って! どうして
「あー、裏掲示板。そう言えば学生時代の私が作ってたっけ。まだ残ってたんだ。懐かしいなぁ。情報統制をするのに便利なのよね裏掲示板!」
「何やってるのわか姉⁉」
慌てふためく茉奈の言い分も至極当然の事であったので、下冷泉霧香はタブレット端末に表示された僕の話題で盛り上がっている掲示板の内容を見せてくれたのであった――。
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百合園女学園高等部2年生専用裏掲示板スレ
【速報】
祝! 百合園唯お姉様好き好き大好きファンクラブ設立!
初代会長は下冷泉霧香お姉様に決定しておハーブ生えましてよwww
1:名無しの清楚お嬢様
は?
月に10万円支払うだけで無料で唯お姉様の身体が見られるとか最高ではありませんこと?
2:名無しの清楚お嬢様
こんなの「はい」か「Yes」しか選択肢がありませんわー!
とはいえ会員規則を流し読みしたら唯お姉様にはボディタッチ厳禁って厳しすぎておハーブ生えましてよ
まぁ私ごときが百合園女学園裏掲示板の管理人でもある霧香お姉様に逆らえる筈もないのですが
何なんですのよあのバケモノお嬢様
どうしてたった1日で百合園女学園を支配しておりますのよ
京都人は怖い生き物ですわ
3:名無しの清楚お嬢様
まさか霧香お姉様も唯お姉様の毒牙にかかってしまわれるだなんて……
どうして唯お姉様は人の性癖をこうも狂わせるのか
コレガワカラナイデスワヨ
4:名無しの清楚お嬢様
答えが分かりきっている内容を議論するのは流石に浅はかでしてよ
唯お姉様はえっち
えっちなものはえっち
それでいいではありませんか
5:名無しの清楚お嬢様
何故えっちいのかを調べるのも唯お姉様の妹(非公認)である我らの仕事ではなくて?
6:名無しの清楚お嬢様
一理あっておハーブ生えましてよ
取り敢えず百合園唯お姉様がエロい箇所を箇条書きにしてまとめてみますわよ
7:名無しの清楚お嬢様
ここがエロいですわよ! 唯お姉様!
・露出が少ない清楚な制服です
・ド清楚銀髪紅目です
・同性に身体を触られるだけで赤面して慌てふためきます
・下半身を触ると色々と妄想なさるのかいじめたくなる表情を浮かべます
・それどころかすぐ涙目になって嗜虐心をそそらせます
・性知識が豊富そうです
・存在自体がエッチです
・唯お姉様を見ていると謎フェロモンで興奮します
・金持ちで顔がいいです
・美人です
8:名無しの清楚お嬢様
やっぱりえっちではありませんか
9:名無しの清楚お嬢様
唯お姉様はそんなにエロくありませんわ!
そう……言いたい……のに……!
悪ぃですわ……やっぱどうにも出来ませんわ……
10:名無しの清楚お嬢様
言えたじゃねぇですの
11:名無しの清楚お嬢様
唯お姉様は存在自体がエロいから無理ですわよ
後、恋愛しちゃいけない理事長代理っていう立場も私たちを興奮させるスパイスなんですわよ
あ~唯お姉様理事長先生様と一緒に失楽園してぇですわ~!
12:名無しの清楚お嬢様
唯お姉様は風紀を乱すいけないお姉様ですから反省文を書かせて生活指導室に監禁したいですわ
オラッッッ!
反省文を書けですわッッッ!
何もしてないのに私がエッチな所為で周りに劣情を催してごめんなさいって書けですわッッッ!!!
オイオイオイですわよ!
今日も唯お姉様がエロすぎますわ!
唯お姉様! エロすぎますわよ!
ふざけるのも大概にしてくださいませ!
ここまでエロい必要がありますのですか⁉
13:名無しの清楚お嬢様
は?
唯お姉様は全裸の上から服と下着を着用なさっているとんだド淫乱ド変態女が抜けておりますわよ?
スレ主お嬢様の教養ゴミカスレベルでございましてよ?
14:名無しの清楚お嬢様
唯お姉様も急ぐ時は走って汗をお流しになられると思うと興奮を隠せませんわ!
おかげ様で身体測定が楽しみで寝れませんわね!
そしてブルマ!
そろそろ唯お姉様のブルマを飲まないと死にましてよ!
15:名無しの清楚お嬢様
は?
完璧生物であらせられる唯お姉様が下等生物であるわたくしたちと同じ汗を出す訳ありませんが?
もしかして生物学をご存知ない?
16:名無しの清楚お嬢様
は?
解釈違いですわよ?
唯お姉様は汗をビシャビシャ出しますが?
逝去あそばせ?
住所特定してぶっ殺しますわよ?
17:名無しの清楚お嬢様
唯お姉様がいけないんです……!
私は至って普通だったのに……!
唯お姉様が私を狂わせた……!
私まだ高校2年生なのに……!
私の理想の人が唯お姉様になりつつある……!
なんで私の許嫁が唯お姉様じゃないのよ……!
あれ?
私の許嫁って唯お姉様だった気がする……!
18:名無しの清楚お嬢様
はぁ……やれやれだぜですわ
分かっておられません素人お嬢様が多すぎませんこと?
唯お姉様が淫乱な態度を取ってほしいと考えるのはド三流
唯お姉様にセクハラして戸惑いの表情を浮かべならやらせて頂くのがド一流でしてよ
19:名無しの清楚お嬢様
唯お姉様がエロいのは分かりますがそれならその発情期の猿のようにお盛んな性欲を霧香お姉様に向ければいいのでは?
20:名無しの清楚お嬢様
は? 正気ですの?
死ねと?
21:名無しの清楚お嬢様
いやーきついですわよ
22:名無しの清楚お嬢様
霧香お姉様→エロいけど何をされるか分からなくて怖い
唯お姉様→エロいから襲ってもヨシ!
23:名無しの清楚お嬢様
なんですのこのスレ
地獄ですの?
24:名無しの清楚お嬢様
地獄スレスレの天国でしてよ
25:名無しの清楚お嬢様
煉獄ではありませんの
26:名無しの清楚お嬢様
素晴らしい提案を致しましょう
貴女も百合園唯お姉様好き好き大好きファンクラブの
27:名無しの清楚お嬢様
もうなっていましてよ
━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━
「フ。見終わったかしら茉奈さん。さて分かっているだろうけれど改めて状況を説明するわね」
「? ……?」
「唯お姉様がこの学園に現れ、無自覚に周囲の女子生徒の性癖をぶち壊してから約8時間後の現状がコレ。唯お姉様のタグがついたクソスレの総数はなんと182つ。学内に唯お姉様を応援するだけの非公式ファンクラブを設立する前から唯お姉様の存在は全校生徒に知れ渡っているどころか、美術部所属のお嬢様が唯お姉様が触手プレイされている18禁イラストを書いて漫画化させている」
「触手プレイされている18禁イラスト」
「今では闇の妹協議会でも唯お姉様を全校生徒の姉にするべきだというのが主流派の考えなのよね」
「闇の妹協議会」
「というのも、唯お姉様を神にせんが為に活動を行い始めたカルト教団が暗躍しているのが大きな原因ではあるのだけど。このままでは百合園女学園は唯お姉様を巡って血で血を洗う学び舎になってしまうのは想像に難くない」
「カルト教団」
「フ。ざっと説明するとこんな感じ。どう? 茉奈さんは理解できて?」
「逆に聞くけど理解させる気あるんですか?」
食器を片付けと食後のお茶の用意をしながら、改めて現状を聞いた僕であったけれども、やはりというべきか茉奈と全く同じ感想を抱いた。
何なら下冷泉霧香から僕のエロイラストを見せて貰ったけれど、その絵の僕は完全に女子であり、下半身についているようなアレがついていないのがはっきりと分かってしまうぐらい露出の激しい絵であり……あろうことか、僕は女体化した僕に興奮を覚えさせるほどの絵力がある作品だった。
というか、女子になった僕は本当に可愛かったな――いやいや、本当に一体何を考えているんだ僕は。
「つまり、話をまとめるとこのままじゃ
「フ。理解が早くて助かるけれど、唯お姉様から許可を貰った状態で作ったわ」
「
「本当。というのも、実際に同級生に痴漢をされてしまっていたのでこれ幸いと先輩の提案を受けました」
下冷泉霧香しかり、クラスメイトの淑女共しかり、この学園には本当に個性的な人間しかいない。
僕個人としては個性的な人間と触れ合うのは大変に面白いのだが、その頻度が余りにも多すぎると流石に精神的にも疲れてくるので、一概に喜ばしい出来事とは言えないのも確かなのであった。
それにこのファンクラブの存在はいわば『百合園唯は女性である』という前提で作られた組織だ。
当然ながらその組織に加入している女子生徒は僕を女性として見てくれているという訳でもあり、そのファンクラブの存在が大きくなればなるほど僕の女装は完璧であるという具体性も発生する。
言ってしまえば、このファンクラブは僕の女装がどれだけ完璧なのかというのが具体的に会員入会数という数字で分かるという計測機構という側面もあり、同時にファンクラブが肥大化すればするほど、同調圧力というモノが自然発生していく。
そうなればこそ、いつの日か僕のファンクラブに入っていなかったとしても、触る事自体がいけない事であるという暗黙の了解にへと繋がっていく可能性だってありうる訳なのだ。
「下冷泉先輩がお触り厳禁という禁則事項を設けて下さって本当に助かります。実際問題、私は女子生徒たちに触られて学校に行くのが嫌になりかけて不登校も手段の1つだと思っていましたので」
「フ。アイドルはお触り厳禁。これは絶対の掟。それに唯お姉様ともあろう人材を不登校にさせるのは余りにも勿体ない……とはいえ、自分自身のファンクラブが出来たっていうのに、随分と慣れているのね」
「まさか。初めての経験ですよ、ファンクラブだなんて。というか、どうして私がこんな酔狂な提案に縋る必要があるのかと嫌になって仕方がありません」
だって、もう実際に和奏姉さんの顔がそれはもう笑顔で凄い事になっていた。
あぁ、僕はこれから姉さんの手によって着せ替え人形にされてしまうのだと思うと、少しばかりの嘆息さえも隠す事が出来なかった。
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