百合豚NTR&RTA

「あー! なるほどなるほど! そんなこんながあってあの下冷泉霧香が私たち百合園家の住処である椿館にやってきた訳と! なるほど、義妹いもうと、すっごく分かりました! それは納得せざるを得ませんね! ……って私が言うとでも思いましたか義兄あねェェェ⁉」


 先の理事長室内での密談から数時間が経過し、一般生徒たちが下校する頃合い……即ち、僕が女子生徒に襲われてしまうかもしれない魔の時間帯から逃れるべく、僕は下冷泉霧香を連れて百合園女学園の寮である屋敷にへとやってきたら、一足先に寮に帰っていて義理の妹に怒られていた。


 何なら僕と下冷泉霧香は正座させられていたまである。


「正気ですか⁉ ねぇ正気ですか⁉ これ下冷泉霧香! 下冷泉霧香は飼っちゃ駄目って義妹は言いましたよ⁉」


「そうは言っても1日だけだし。空いてる部屋もあるからそこで泊まっていけばいいし。そもそも、1週間後にはこの寮生になる訳だし……まぁ、別にいいかなって」


「駄目です! 元居た場所に返してきなさい! うちじゃ飼えません!」


「フ。まさか妹さんが私を人間としてではなくペットとして認識してくれていているだなんてね……興奮してきた。ね、ベッド行きましょベッド。どっちがご主人様かどうかベッドの上で決めましょう?」


「あー! もー! 黙れー!」


 茉奈の援護をする訳ではないのだが、彼女の言い分は理解できる。


 というのも、下冷泉霧香は僕の女装事情を知らない人間であり、百合園家と仲が宜しくない下冷泉家であるだとかじゃないだとかは、実を言うとあんまり関係しない。


 下冷泉霧香で一番警戒するべきところは、僕相手に偏執的で変態的な求愛行動を繰り返す事であり、それらがエスカレートした挙句の果てに訪れる最大最悪の結末……僕の女装がバレてしまうという事にある。


 当然ながら、人間という生き物は何回もの交流を図る事で自ずと相手の事が少しずつ分かっていくようにデザインされた社会性を有した生物であり、数多くの交流の果てに『』というモノを見つけてしまう事だって、まぁ、あるだろう。


 男子校に居た時の僕は目に見えたり、情報として存在したりする情報から成り立つ違和感で周囲から疎外されてしまった訳なのだけど、今回の僕のケースだと『女性じゃないのに女性を真似をする』というのが一番の違和感であると言っても過言ではない。


 早い話が相手に違和感を与えさせたくないのであれば、最初から最後まで近づかなければいい。


 いじめだとか、人間関係というものは、結局のところは不干渉が一番楽なのだから。


 火のない所に煙は立たぬだなんて言うけれども、人間関係にも同じことが言えるだろう。


 だって、人間関係のないところにいじめなんて絶対に発生しないのだから。


 只々、透明人間のように生きていくのがこの一番に楽な生き方なのだろう……そう僕は信じたいのだけれども、困った事に僕の横にいる下冷泉霧香は自分から何度も何度も好意をぶつけてくるものなので、非常に質が悪い事この上無いのだが。


「フ。フフ。フフフ……唯お姉様の腕に頬をすりすりするの気持ちいい……! メス豚である私の匂いを唯お姉様に染み込ませることで、唯お姉様と私との間に性交したかもしれないというシュレディンガーのメス豚……!」


「ちょっ⁉ 何やってんですかこの下冷泉は⁉ この私の目の前で私の義兄あねの腕にほっぺすりすりだけでなく、胸を押し付けるのは本当に止めてくれません⁉ ほら義兄あねも何か言ってやって下さいよ! 気持ち悪いぞこのメス豚ァ! と!」


「……えっと……」


「なぁに前傾姿勢になった挙句に何嬉しそうに頬を赤らめてやがるんですかこの馬鹿義兄あねェ⁉」


 いや、だって、うん。


 いきなり巨乳の女の子が僕の腕を宝物に扱うかのように優しく手にしたかと思った矢先に、水分量が豊富な所為なのかもちもちとした触感が溜まらない頬に、服越しなのにしっかりと感じ取れてしまうアレの所為で僕の下半身はほぼほぼ限界であった。

 

 とはいえ流石にこのままでは僕の秘密がバレてしまうので……本当はもっとそのままでいたかったけれども……腕を放すように力を入れると、下冷泉霧香は僕を強く拘束する気なんて最初から無かったようで、すんなりと僕の左腕は自由を取り戻したものの、あの柔らかい感触と彼女の熱がまだやんわりと残って何だか変な気分に駆られてしまうのであった。


「フ。やはり正攻法は良い。何が良いって音の響きが性行なのがとってもいい。やっぱり人間は性に溺れて生きるべきね」


「……ねぇ義兄あね? もう一度聞きますよ義兄あね? 本当にこんなのを一晩だけでも置いていくんですか? 一応言っておきますけれど止めておいた方が身のためですよ? 今ので嫌になるぐらい分かったでしょ義兄あね


「フ。今ので私の身体を分かったつもりになるのは困る。こちとら、まだ生の胸という鬼札を出していないし、更に言うのであれば私はまだ脱衣という切り札を残している。それから私はまだ形態変化を2つぐらい残している」


 下冷泉霧香が口にした内容を馬鹿正直に頭の中で勝手に妄想してしまい、思わず生唾を飲み込んでしまいそうになる僕を白い目で睥睨する茉奈であったが、僕を軽く3秒ぐらい睨みつけた後、その視線を下冷泉霧香の方にへと移してくれた。


義兄あね? いいですか? その両耳の穴を穿ぽじってよく聞いてください。これラスボス。すごくラスボス。ラスボスと共闘する展開はろくでもないってゲームでも相場が決まってます」


「フ。もしかしてチャー●マン研?」


「何で知ってるんですかソレ」


 世俗に疎い僕にはまるで何のことなのか検討も付かなくて、彼女たちが何を言っているのかは本当にさっぱりであったけれども、それはそれとして茉奈が繰り出す罵詈雑言と下冷泉霧香が吐き出すセクハラ発言による応酬は実に年季の入ったお笑い芸人のソレだった。


 馬耳東風だなんて昔から言うけれども、まさかそれが変態メス豚にも適応されるだなんて知りたくなかった……とはいえ、茉奈が彼女の事をと評したのは変に納得せざるを得なかった。


 何せ、ものすごく嫌がる茉奈が下冷泉霧香に対して罵詈雑言を連発するけれども、その程度で傷を受けるような軟なメンタルを持ち合わせていない変態メス豚先輩には実質的に無傷であり、何なら性的冗談を絡めたカウンターをしてくる余裕すら見せる始末である。


 あれをラスボスと言わずして何というべきか。

 多分、代案があるとしても変態メス豚先輩でいいと個人的に思うが、さて。


「まぁまぁ、逆に茉奈はこうは思わない? って」


「? それはどういう……ははーん、そういう事ですか。義兄あねにしては悪趣味な発想するじゃないですか、私には絶対にそういう事しないでくださいねホント」


 変態メス豚先輩に負けず劣らずの不敵な笑みを浮かべては小者臭いセリフを口にしてみせた茉奈の様子を見るに、僕が下冷泉霧香を寮に連れてきた第2の理由に何となく感づいてくれたようである。


 というのも、以前の夕食で僕の肉親である和奏姉さんが下冷泉霧香が『下ネタなんか言わないようなとてもいい子』であると評していたのだ。


 これは和奏姉さんが担当する3年生のクラスに変態メス豚先輩(擬態)がいて、心優しい和奏姉さんはまんまと騙されてしまったというのが実のところ。


 しかし、同年代である僕たちにはセクハラまがいの発言を繰り返すのに対し、和奏姉さんにはそんな事を言わない……いや、きっと言えないのだろう。


 恐らく、下冷泉霧香は学内で今のキャラクターを維持する事が出来ない。


「ふっふっふっ……! 飛んで火にいる夏の虫とはまさにこの事ですねぇ……? 貴女は知らないでしょうけれど、ここの寮母はわか姉、あ! わか姉って言っても分かりませんよねぇ! 百合園和奏先生なんですよ、百合園和奏先生! 私と和奏先生は愛称で言い合うフレンドリーな仲なんですよ! でぇ! 偶然にもぉ? 貴女と同じクラスの担任の先生なんですよねぇ! ははは! ざまーみろですよー! この寮内において! わか姉がいる限り! 貴女は変態的な発言を連呼出来ませんよーだ! 変態メス豚先輩破れたりぃ! 一生ブヒブヒ言えない身体になりやがれですよーだ!」


 まるで悪役令嬢がごとく勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべては高笑いをしてみせる茉奈であるけれども、彼女が口にした内容が全てを物語っている。


 もしも、先ほどのようなキャラクターを貫き通してしまえば、確実に周囲から浮いてしまい、いじめのような目に遭ってしまうであろうことは想像に難くない。


 だからこそ、彼女は嘘偽りのキャラクター。例えば下ネタなんて絶対に言わないキャラクターで周囲と和奏姉さんを騙している……そう僕たち2人は思っている訳なのだけど。


「フ」


 何故だろう。


 絶対に有利な状況を作りあげたって言うのに、このラスボス系メス豚大和撫子美人には全然通用しない気しかしないのは何故だろう。


 というのも、そんなモノは即に織り込み済みだと言わんばかりの涼しい表情のまま静謐な笑みを浮かべた彼女の瞳の奥底には、嗜虐心だとか……そういう蠢いて欲しくないモノが蠢いていやがるのでした。


「……あ、あれ……? ねぇ義兄あね……? 今の流れって勝ち確でしたよね……? なんか敗北濃厚な雰囲気が流れているんですが……? 話が違うんですけど……?」


「フ。そう言えば少し寄り道をするというのに、連絡をするのを忘れていた。いけないわ……夜遊びや火遊びをする際には親しい人に報告しないといけないのに、ね?」


「れ、連絡、ですか」


「フ。えぇ、連絡。という訳で話の途中だというのは重々承知だけど電話をするわね、唯お姉様」


 ものの見事に死亡フラグを回収しやがった義理の妹である茉奈の瞳に映ったのは、どこにでもあるような携帯器具。


 持ち主は当然ながら取り出した張本人である下冷泉霧香は宣言通りに携帯電話のダイヤルを掛け――。


「フ。もしもし、?」


「―――――――――――は?」


 わか姉、という言葉をあの下冷泉霧香が口にした事で僕の義妹である茉奈はまるで最愛の人を寝取られたかのようなショッキングでグロい表情を浮かべていらっしゃった。


 なるほど、アレが俗に言うところの寝取られをされた側の人間の顔というヤツなのだろうか。


「フ。急に連絡をしてごめんなさい。わか姉の声が無性に聴きたくなって……わか姉も同じことを考えていた? やだ嬉しい。嬉しいから夕食作ってあげる。何か食べたいモノはある? ふぅん? ティラミス? いいわよ、前々から好きだって言ってたものね」


「? え。え、え? あ? え――?」


「それで帰りはいつぐらいになるのかしら? 午後7時、ね。了解、それまでに沢山夕食を唯お姉様と一緒に作っておくから期待して待っていなさい」


「――あ。あ、あ、あ、あ、あ――!」


「フ。それじゃまた後でね、わか姉。積もる話もあるし、学校では出来なかった話が出来ると思うと心が弾むわ」













「と゛ら゛な゛い゛で゛ぇ゛!!! わ゛た゛し゛か゛ら゛わ゛か゛ね゛ぇ゛と゛ら゛な゛い゛で゛ぇ゛!!!」


 あぁ、これが俗に言うところの寝取られ……いや、姉取られってヤツなのだろうか。


 まぁ、僕も幼い時に大好きな和奏姉さんを茉奈に取られた時期と経験があったから抵抗力は辛うじてあったけれど、そんな経験をされた事がない茉奈は物の見事に脳を破壊されてしまったのであった。

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