前門の女子生徒。コウ門の変態メス豚先輩。

「フ。まさかこうして密室で唯お姉様と2人きりになれるだなんて、夢にも思わなかった。私の身体は一体どのようにして唯お姉様に犯されてしまうのかしら。鍵が掛けられた理事長室……理事長代理の唯お姉様に、百合園女学園の一生徒である私……あ、これ絶対に性行為の流れが来てる……! これチンチンゼミで予習ヤったシチュエーション……! 退学されたく無かったら雌奴隷になれって言う展開だわ……! そんな酷い……! 私はもう既に唯お姉様のメス豚奴隷なのに認知してくれていなかっただなんて! 唯お姉様の放置プレイが余りにも未来にイき過ぎていて興奮を隠せないッ! 何てこと! この下冷泉霧香よりも変態だなんて流石は唯お姉様ね! それでこそ私が敬愛する唯お姉様!」


 聞き慣れたくなんか無かった変態発言を聞き流しながら、僕は理事長室内にある来客用のスペースに下冷泉霧香を座らせ、来客用の緑茶をご馳走させていた。


 高価そうな茶器を用いて優雅に緑茶を啜る彼女の姿は実に絵になる一方で、僕は緊張のせいか飲み物を啜れる気にはなれなかった。


 今の時間帯はまだ学校の授業中ではあるけれども、僕は『急な来客の対応に迫られた』という言い訳を盾に理事長代理として公的に、いや合法的に授業をサボっていたのに対し、下冷泉霧香は『体調不良』だなんて言うお約束の言い訳で午前の授業を休んで理事長室に滞在していたのであった。


「……しませんよ、そんな事は」


「フ。……フ!? しないの!? 何で!?」


「趣味じゃないので」


「フ。女性相手に言うのもどうかと思うけれど、唯お姉様は実に紳士的ね。私のような美少女が性行為を迫っているというのに無視をするだなんて、本当に酷い話。据え膳食わぬは何とやら、ね?」


「先輩のご存知の通り、私は女なので据え膳食わぬは男の恥は該当しないように思えますが……いえ、今日はそんな無駄話をする為だけにこの席を用意した訳ではありません」


 こほん、と偉い人がわざとらしく咳払いをするように、僕もする。


 昔からどうして偉い人が話をする際に、咳じゃないのに咳をするのだろうかと疑問に思っていたのだが『』と誇示する目的があったのだなとする側になって、初めて気付いた。


「今日は先輩が僕に2人だけでしたい話があるとの事でしたので、こうして話す場を作っただけです。真面目な話題で無かった場合……とはいえ、先輩は聡いようですから、下手に脅したところであんまり意味はなさそうですけどね」


「フ。脅されて無理矢理に身体を支配されてしまうプレイも好きだけど、今回ばかりは我慢する。本当は昨日のうちに話しておきたかったのだけれども、唯お姉様の周りには人がいつも沢山いるから秘密の話なんてとても出来ないから困る。このままじゃ互いに愛の言葉を贈り合う蜜夜を過ごせない」


 とはいえ、彼女は色々と独特だ。

 自分だけの世界があるというよりも、相手を無理やりに自分の世界に引きずり込んでいくというのが正しいか。


 僕が下冷泉霧香を支配する……そんな光景が全く頭の中に浮かんでこないというか、彼女が僕に負けてくれる光景が全然想像できないというか、そもそもの話、彼女の弱みという弱みが全く分からないというか。


 以前、僕は義理の妹である茉奈に『女々しいを擬人化したような存在』だと言われたけれども、そんな義妹の感性を借りて下冷泉霧香を喩えるのであれば、彼女は霧を擬人化したような存在だった。


 文字通り、掴みどころがなくて、捉えどころもない癖に、僕の身体に纏わりついては視界を奪う様に思考をじわりじわりと蝕んでいって、気づけば自分が迷子にさせられてしまうような、そんな不思議な感覚を味わさせてくれる人間が下冷泉霧香だった。


「フ。唯お姉様もご存知だとは思うけれど、百合園家と下冷泉家って仲が宜しくないでしょ? ツンデレ……とは言い表せないレベルの不仲。ナイチンゲール女史の弁を借りるのであれば、愛の反対は無関心だなんて言うけれど、まさしくソレ。百合園家と下冷泉家は互いに無関心かつ不干渉を決め込んでいる」


「そうらしい、ですね」


「フ。コレは意外。唯お姉様はお家の事情に余り興味がないのね。実は私もなのよ、これは嬉しい奇遇」


「興味がない訳ではありません。むしろ、そういうのに敏感にされてしまったというか」 


「フ。というと?」


「所感にはなりますが、……周囲の大人たちの対応がまるでそういう風に見えていたのが実のところです」


 小学校の時から周囲から浮き、高校になって本格的にいじめられていた経験からか、僕はそういう百合園家の中で蔓延る不思議な暗黙の了解みたいなモノに気付いた。


 百合園家は経営でやりくりしている家なのだが、対する下冷泉家も同じように経営で生計を立てている家である。


 当然ながら、そういう風潮は出来て当然なのかもしれない。


「フ。まるで他人事のように言うのね、自分の家の事なのに」


「きっと人間って何かを嫌う事で自分の心に平穏を保たせたい生き物なんですよ。だけど、僕は誰かを嫌うだけの度胸も覚悟がない臆病者……それだけの話なのかもしれません。だからこそ、不干渉でいたい。誰も接触してこない傍観者の立ち場で在り続けたいと願う卑怯者かもしれません」


 どうせ出来ないのなら、隠れていたい。


 ずっとずっと表舞台じゃなくて、裏の方にいたい。


 誰かに期待されるのは疲れるし、誰かに注目されるのは面倒だし、誰かに敵意を向けられるのはもう懲り懲りだし、逆に相手に敵意を向け返すというのは性に合わない。


 だからこそ、僕は不登校になった……いや、不登校という選択肢を選んだ。


 世間一般では不登校は敗北だという謎の風潮があるけれども、僕はそうは思わない。


 いじめられたから、虐め返す。

 殺されそうになったから、殺し返す。

 嫌いにされたから、嫌いになる。


 そういうのは、ちょっと嫌だなって、そう思っただけ。


 だから僕は、不戦敗ふとうこうになった。

 

「……確かに人に嫌われるのって勇気がいるわよね」


 珍しく『フ』だなんて言うわざとらしい不敵な笑みを零さないまま、下冷泉霧香は意味深そうな表情を浮かべながらそんな事を口にした。


「……先輩?」


「フ。ごめんなさい、唯お姉様と3Pする妄想で考え事してた」


「何を考えているんですかこのメス豚先輩は。ちょっと真面目だなって思った矢先に台無しにしないでくれません?」


「ブヒヒ……そんな事を言われても唯お姉様に対する欲望を抑え込むのはちょっと無理ブヒよ」


 ちょっと暗い感情を呼び戻して、鬱屈とした気分を払ってくれた彼女にちょっとだけの感謝を心にしつつ、僕は彼女の事をメス豚と蔑んだけれども、不思議と心が痛まない。


 いや、女の子相手にメス豚呼ばわりは普通に酷いだろ、僕。


「フ。それにしても……唯お姉様は優しいのね、本当に優しいわね」


「今の話のどこに優しい要素がありましたかね」


「フ。じゃあ例え話。唯お姉様が女子に現在進行形でいじめられているとする。そして、仮に唯お姉様はその女子たちをやり返す気があったとする。……そう唯お姉様が決断した時点でいじめた側はもうおしまいなのよ」


「それはどうしてでしょう」


「だって、唯お姉様はこうして理事長代理を務められるぐらいの能力があるもの。きっと、普通の人であれば到底考えられないような仕打ちをやろうと思えばやれるだけの能力がある」


「……過大評価ですよ。そもそも、その話を聞くに相手をいじめて壊すのが怖いから何もしないって、そんなのやっぱりただの臆病者じゃないですか」


「私はそうは思わない。戦わない選択肢を選ぶことがどんなに勇気がいる事かを、私は身をもって知っているもの」


 またもや偉く真剣そうな声音でそう言ってのけた下冷泉霧香に対して、僕は思わず物怖じしてしまった。


 前々からあの下冷泉家の関係者という色眼鏡で彼女を評していたのかもしれないけれども、彼女にも彼女なりの苦悩があって、その苦悩から得られた自分なりの考えというものもあって、それらがしっかりと骨があって形になっているとでも言うべきなのだろうか。


 前々から変態発言ばかりを繰り返していたものだから、彼女の人となりが未だに分からないけれども、決して悪い人ではないのかもしれない。


 いや、人を不快にさせる変態発言を繰り返す女性が悪い人ではないっていささか無理があるかもしれないけれども、僕自身がそう肌で感じ取ってしまったのだからどうしようもない。


 しかし、だからと言って僕の女装事情をつまびらかにする訳にもいかない。


「フ。さて、そろそろ本題に入ろうかしら」


「えぇ、はい……って、えぇ⁉ 今のが本題ではなく⁉」


「フ。ごめんなさい。理事長としての唯お姉様とお話するのがとっても楽しくてついつい脱線しちゃった。若い学生が理事長ってどうなのかと思っていたのだけれど、唯お姉様ならきっと問題ない。学内にいじめがあったとしても、双方とも良い結果で終わりそう」


「……何を根拠にそんな無責任な事を……」


「フ。無責任なんかじゃない。唯お姉様なら、ここにいていいかどうか分からない生徒の助けになれると心からそう思っただけの事」 


 いつも浮かべるような不敵な笑みをしながら、音もなく上品に緑茶を啜ってみせる彼女はこうしてみれば本当に美人だが、性格というものが実にひねくれていると言いますか、何と言いますか。


「フ。本当にこのお茶は美味しい。静岡産のお茶ね。ところでご存知かしら、唯お姉様。美味しいお茶を作るのにはが必要不可欠だって。そういう訳で霧の字が入っている私を愛人にするというのはどうかしら?」


「……まさか本題というのがそれなんです……? 冗談ですよね……? 例えば、こう、下冷泉家の代表として百合園家に何か要求するだとか、そういうのではなく……?」


「フ。それこそまさか。過去の人間のいざこざを、私と大好きな唯お姉様に巻き込ませたくない。これはあくまで私と唯お姉様との間でのお話。家は別にどうでもいい。私は貴女が百合園唯だから好きという訳じゃない。貴女が唯お姉様だから大好きなの」


「……嬉しい言葉、どうも、ありがとうございます……」


「フ。好感度稼ぎ大成功。さて、本題。さっき唯お姉様を見守っていた……もとい趣味のストーキング並びに尾行していたのだけれども、唯お姉様は学内の女性に大変人気があるみたいじゃない。フ。唯お姉様のお尻は確かに魅力的だもの。羨ましいわ、開発したい」


「前半の内容は聞かなかったことにして、後半は確かにその通りです。まさか、女子生徒から逃げる僕の姿を見られていたとは……恥ずかしい限りですね」


「フ。私も唯お姉様を追いかけたかった」


「……勘弁してください」


 思わず苦い顔をしてしまったが、これは手放し出来る問題ではない。


 というのも、ここは女学園であるので当然ながら体育の授業がありやがるのだ。


 体育の授業があるという事は学校指定の体操服に着替える必要性が自ずと生じてしまう訳であり、しかも体操服に着替える場所は女子専用の更衣室であると相場が決まっている。


 しかも、それだけでも十二分に僕を追い詰めてしまうというのにも関わらず、僕のクラスの女子生徒たちは僕に興味津々であり、隙あらば僕に過激なアプローチを仕掛けては、僕のお尻やら脚やら胸など触りに触ったというのがつい先ほどの出来事。


 要するに体操服に着替える際には僕は女子更衣室という地獄に突入した挙句、そこにいる地獄の住人たちに揉みくちゃにされるであろうことは想像に難くない訳で。


「はぁぁぁぁぁぁぅぅぅぁぁぁぁ~~~~っっっ……」


「フ。この世の終わりのような表情を浮かべながらため息を吐く唯お姉様もとっても素敵。そんなに同性相手に好かれるのは嫌? こんなにもこの私に一方的に愛されているというのに? 贅沢な人ね」


「好きだとか嫌い以前に身体を触られるのが嫌なんです。というか、目立ちたくないんです」


「フ。目立ちたくないだなんてそれこそ無理な相談というのは貴女が一番に分かっているでしょう? 唯お姉様は素敵な銀髪をしているのだから、人目が集まりやすい。その美貌も相まって、この学園の理事長代理という知名度。もはや唯お姉様はこの学校のアイドルに等しい存在と言っても過言ではない」


 その学内アイドル、男なんですけど。

 

 え? もしかして、この学校の生徒たちって目が節穴であらせられる?


 ……まぁ、女子校に男子が女装して潜入しているだなんて、普通に考えられる訳もないが。


 僕自身の経験で言うのであれば、前いた男子校に男装して通っている女子がいたというぐらいには無理がある話だ。


「フ。この百合園女学園を軽く観察した所感だけれども、ここは常日頃から娯楽に飢えている。ここは小中高一貫どころか、保育園に幼稚園も利用できる筋金入りのお嬢様学校。そういう意味では世間一般の常識から保護されてきた魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする異界そのものと言っても過言ではない気がする」


「何やらやけに実感が籠った意見ですね」


「フ。当然。何も唯お姉様だけがそういう目に遭った訳じゃない。かくいう私も現在進行形で被害を受けている。もう大変ったらありゃしない。私は何があっても唯お姉様一筋だっていうのに」


「下冷泉先輩も、ですか?」


 意外だった。

 むしろ、この大胆不敵な変態発言を連呼する先輩にも僕みたいな変質的女子生徒の過剰な魔の手に襲われているとは夢にも思わなかったのだ。


「フ。意外かしら? 私、自分で言うのもなんだけど、超絶美少女なのだけどね。好きになってもいいのよ? 私も唯お姉様が大好きだから、これで心身ともにお互い様になれるわね」


「確かに下冷泉先輩は美少女かもしれませんが、変態発言を繰り返す時点でちょっと無理です」


「フ。そんな事を言っていた唯お姉様がいつの日か自分から私を求めてくると思うと興奮で女性器が濡れてくる。マジでたまらねぇわね」


「そういう所ですよ。……それで下冷泉先輩が言いたいことはそれでお終いですか?」


「フ。まさか」


 そう彼女が口にしたのと同時に立ち上がっては、僕に掌を見せつけてきた。


 まるで一緒に社交ダンスでもしないかと言わんばかりの気軽さで、彼女は僕に手を差し出したのだ。


「さて、ここで提案。さえすれば唯お姉様は間違いなく他の女子に付き纏われなくなるという素敵な方法があるのだけど……フ。どう? 一口、乗る?」


「一応聞きますけれど、変態的な行為であれば遠慮なく却下にしますからね」


「フ。至って変態的な行為ではないから安心して。というのも、この方法はなのだから」


 そう宣言してみせては耳を近寄せてこいと言わんばかりに手招きをする彼女であったので、僕は罠であるという可能性を捨て置いて、彼女の言葉に耳を傾ける事にした――のだが。


「……え? ……それは一部の女子生徒に対してかなりの効力がある、かもしれませんね。なるほど、確かにその方法なら最低限の行動で最効率の結果を叩き出せるかも……」


 彼女が提案した方法は奇策も奇策だった。


 というのも、それは僕や茉奈に和奏姉さんでは絶対に思いつかない方法であったのだ。


 それは変態だからこそ思いつける方法であった。


 確かにその方法が思惑通りに事を進めさえ出来れば、僕の女装生活はかなり優位に進められることは間違いなく、昼のように女子生徒たちに身体を直に触られるという事も無くなるかもしれない。


 もちろん、上手く事が進めればという懸念点こそあるのだが、それでも彼女の提案は実に魅力的でしかなかったのだ。


「フ。唯お姉様のお気に召したようで何より。それで……どうする? 唯お姉様の発言次第で今すぐにでも下冷泉家お抱えの工作部隊に色々とやらせるけれども」


「僕としてはありがたい事ですけれども……は? これでは余りにも僕だけにしか得がありません。先輩に対しての報酬が不充分だと思うのですが」


「フ。唯お姉様は真面目ね。それなら、そうね。唯お姉様が作ってくださったご飯を今日食べたい」


「今日、ですか?」


「こういうのは速度が大事……違って? それに他の女子生徒では滅多に味わえないのであろう唯お姉様の手料理に舌鼓を打ちたいという乙女心と変態心を分かってくれると実に嬉しい」


「……いいでしょう。下冷泉先輩のお力を借りるとしましょう」


「フ。取引成立ね。ついでに私と恋人関係になったりしてもいいのよ? もう恋人がいるようなら愛人関係はいかが?」


「それは本当に遠慮させて頂きます」


「フ。それはとっても残念。あぁ、お茶が美味しい。やはり美味しいお茶は霧が出る茶畑のものに限るわね」


 ……僕は緑茶についての知識に疎い。


 詳しい話を彼女に聞いてみると、どうにもお茶の葉っぱというのは、日光に当たって紫外線を浴びる事でポリフェノールの一種かつ渋みの成分であるカテキンが多くなり、美味になるとの事だった。


「フ。とはいえ、霧は危ないモノよ? だって、霧が出ただけで車で安全運転なんて出来なくなるもの。悲しい事故なんて、いくらでも起こってしまうし、いくらでも起こせる危ないモノなのだから」


「それは怖いですね。先輩はそういう危険な人なんです?」


「フ……どうかしらね?」


 お茶を啜りつつ、客請け用のお茶菓子を食べながら、他愛のない話を交えた僕と彼女は授業を1時限分サボり、何事も起こらないまま、僕たち2人は理事長室を後にした。

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