僕の処女が勃起したら御嬢様が死ぬまでのプロローグ(3/3)

「――という訳で、これで私たちがお世話になる女子寮の説明は終わりですよ義兄あね


「中を色々と見て回ったけれども、やっぱり凄いねこの女子寮。好きだなぁ、このデザイン」

 

 普段から彼女から義兄あにとぶっきらぼうに言われる僕が『義姉あね』と呼ばれてしまうと何だか小恥ずかしい気持ちに陥ってしまう。


 まぁ、そんな自分の感想なんて捨て置いて、色々と訳ありでしかない僕が今日から住むことになったこの寮の外装を一言で言うのであれば洋館。


 それも金持ちの道楽で建てるような洋館ではなく、大体100年前の大正時代に建てられたという正真正銘の洋館……という歴史的背景を、百合園茉奈から聞かされていた。


「確か名前は椿館つばきかんだったっけ? 今年から和奏姉さんがここの寮母をする事になったって言う」


「うん、そうそう。もちろん、お堅い名称がお望みなら百合園女学園第一寮でもいいですけどね。とはいえ、この百合園女学園の生徒にわざわざ寮生活をしたがる変わり者なんて絶対にいないのですが。事前に説明した通り、この寮の利用者は私たち3人だけ。だから、女学園の敷地内とはいえ安心して過ごせるセーフティゾーンにはなりますかね」


「中は見た感じ、本当に同潤会アパート風だったね」


「……どう、じゅん、かい?」


「え、知らないの同潤会。財団法人で関東大震災後の住宅復興を目的に設立された日本で初めての公的住宅供給機関の事だよ」


 この女子寮に入っただけでも大正時代風のレトロ感を味わえるし、古き良き西洋風とでも言うようなこの雰囲気は正直言って嫌いではなかった。


 木造の建物でありながら、きめ細かい西洋風の装飾はそこかしこに見受けられるし、まるで大正時代を舞台にしたゲームの世界に入り込んだような錯覚すらも覚えて、少しだけ興奮したのが実のところ。


「……知らない……何でそんな単語知ってるの……?」


「理事長代理にさせられるべく資料を読み漁りましたので。それにしても、こんなに立派な建物なのに僕たち以外に使用する女子生徒がいないのはそれはそれで勿体無いけれど……うーん、やっぱり仕方がないのかなぁ」


 そもそもの話、ここ百合園女学園に通う時点でその人間はかなり裕福な家庭にある言っても過言ではなく、そんなお嬢様が家から離れて生活をしたいのであれば、周辺の高層マンションを借りればいい。


 わざわざ寮則に縛られたいだなんていう酔狂なお嬢様なんておらず、立派な建物であるとはいえ、済む人間が誰もいなければただの無人の住宅でしかなく、人の気配がない建物は金銭を浪費するだけで、最終的には朽ち果てていくだろう。


 理事長代理としては憂うべき案件なのだろうけれど、女装をしてこの女学園に通う事になってしまった僕個人としては不幸中の幸いでしかなく、一つ屋根の下で僕の女装事情を知らない女子生徒に鉢合わせてしまうというハプニングだけは回避できそうで、非常に気が楽……とはいえ。


「やっぱり屋敷で安心安全に引きこもりたかったなぁ」


「本ッ当、祖父の遺言さえ無ければですね。良くも悪くも百合園女学園の理事長代理を務める事になれば椿館の寮監になるべし……そんな古臭いお約束がまさかこうも仇になるとは、本当にくたばってくれませんかねあのクソ爺。あ、もう死んでましたねあのクソ爺。もう1回ぐらい死んでくれませんかねクソ爺。死んで尚私たちをこうして苦しめるとは流石はクソ爺ですね……」


 ぶつぶつと文句を垂れる茉奈であるけれども、彼女の言い分には納得しか出来なかった。


 かくいう僕も理事長代理だなんていう大層な役割を与えられているとはいえ、別に大した仕事はやっていないのが実のところ。


 今日あっただけでも入学式で長ったるい答辞をするだとか、百合園女学園のスポンサーさんに頭を下げたりだとか、ちょっとした書類に数百万の費用を使用していいかだとかそういう紙に印鑑をポンポン押したりだとかしたけれど、僕には優秀な姉妹が2人いて、その2人のおかげで何とかやっていけそうだった。


 因みに和奏姉さんはまだまだ教職員のお仕事があるらしく、一旦、僕たちとは別行動を取る手筈になってはいるが、夕方ぐらいになればこの寮に顔を出すだろう。


「これからも宜しくお願いしますよ、理事長代理秘書さん?」


「何で私までもが面倒な仕事をしなきゃいけないんですか……。私たち生徒なんですけど? おかしいでしょ。いや、わか姉はここの職員ではあるけれども、だからと言って、どうして名家の娘ってだけでこんな面倒で酔狂な事をしないといけないんですか……」


「そもそも、ここ百合園女学園って百合園家の一員が経営の勉強をする為の訓練場みたいな役割もあるみたいだし、どのみち避けては通れなかったと思うよ?」


「まぁ、確かに私はそこら辺の女学生よりかはそういう知識はありますけど……だからと言って、ねぇ?」


「それはそうだけど、ねぇ?」


 僕と茉奈は全く同じタイミングで嘆息を吐く。

 どうせ理事長をするのなら男としての状態でやりたかった……そう思って、僕は義理の兄の存在に思い至った。


「そう言えばお義兄さんって、学生時代どうしてたの? 別の学園に通いながら、ここの理事長してたの?」


「調べてみましたら、女装してここの理事長してたみたいです。同じ年齢のわか姉が面倒を見てたらしいし、そもそも明治時代の時から男の当主は代々女装してたっぽいですね」


「……」


「……」


「気持ち悪いなぁ百合園家」


 今までお世話になってきた家だというのに、僕の口からそんなとんでもない言葉がすらりと出てきてしまった。


 なるほど、だから祖父があんなに気持ち悪い遺言書を遺せたのか。


 いや本当に百合園家の血が一滴も流れていなくて良かった。


 もしも一滴でもそんな変態の家の血が流れていたら僕も祖父のように変態になっていたのかもしれないと思うだけでも、とんでもない恐怖に駆られてしまうのであった。


「え、義兄あね? なんでそんな目で私を見るの? えっ、もしかして私も変態だとかそう思ってる? 違うよ? 私は変態じゃないよ? 私は百合園家の中で珍しくまともだよ?」


「因みに聞くけど、僕たち姉弟を養子縁組として迎え入れた理由を聞いても?」


「え? ……………………。そりゃあ、まぁ、はい。歴史と伝統ある百合園家として、云々かんぬんでとっても素晴らしい事情がありましてですね?」


「で、どういう言い訳?」


「えっと、その……義兄の顔が良かったから……養子にしたいと私が祖父に言ってですね? そしたら祖父も性癖にドストライクだったみたいでしてね? まぁ、はい、その、えぇ、はい。それからというのも私のクォリティオブライフがめちゃくちゃに向上しました。持つべきは美形の身内ですね」


「やっぱり変態じゃないか」


「ううう、うるさい! 顔で選んで何が悪いの⁉ 人間、顔が全てだよ顔! 顔がめちゃくちゃ良い美少年を手元に置きたいって魔が差しただけなんですー! 仮に私が変態だとしても、私を変態にしたのはお義兄にいちゃんなんだけど⁉」


「あのね、茉奈? 一応ここ女学園の敷地内。理事長室とかじゃないんだから、性別を特定させるような発言はくれぐれも、ね?」


 僕がやんわりとそう指摘すると彼女はしまりの悪い表情を浮かべては、不満気だと言わんばかりに両頬を膨らませてみせる。


 この様子から察するに、どうやら先ほど自然に口に出してしまった『お義兄ちゃん』には気づいていない様子であるらしく、そう思うだけでも僕は色々とおかしいような、小恥ずかしいような、暖かい気分に支配されてしまう。


 というのも、彼女は昔、僕の事をそんな名称で呼んでいて、中学に上がる時ぐらいになってから恥ずかしさでも覚えたのか『義兄あに』だなんていうぶっきらぼうな名称にへと移行していったのだ。


 当時は僕と同じぐらいの背丈だった筈なのに……それでも、彼女は女性としては十二分に身長が高い部類に入るのだが……気が付けば僕の方が少し身長が高くなり、名称を変えてしまうぐらいの月日が流れていた訳なのだけど、それでもあの名称でそう言われただけでも当時を思い出せたし、目の前にいる美人さんは当時の幼い彼女と何ら変わりがないと思うだけでも、何だか感慨深い気持ちに浸れるのであった。


「ぐ、む……! 何ですかその生暖かい目ぇ……! 全く、嫌になっちゃいますね! 私はこれから自分の部屋に荷物を詰め込むんで、義兄あねは絶対に来ないでくださいね、いいですか絶対に入らないでくださいね⁉」


 まるでフランスの青髭伝説のような事を口にしてきた茉奈はそう言って、一足先に寮の中にへと入っていったが、僕はきちんと約束を守れる人間なので彼女の後を追いかける事なんてせずに、寮の近くに植えられていた桜を視界に入れていた。


「……綺麗……」


 桜は良い。

 何が良いって、見ているだけで心が洗われるとでもいいますか、胸の中が躍動するとでもいいますか、あぁ今年も僕は春を迎えられたんだなとしみじみとすると言いますか……あ、そう言えば今年の春は色々とあったから姉妹と一緒にお花見にまだ行けてない。


 そうだ、この女装事情が少しでも落ち着いたら家族の皆でお花見でも――。



















「フ。だーれだ?」























 突然、目に入る世界が真っ暗になって、眼前に広がっていた桜の花びら達が一瞬にして暗黒にへと消える。


 それと同時に柔らかいような、甘ったるいようなそんな香りが鼻いっぱいに広がる。


「――な、な、な⁉」


 当然ながら、いきなりの事で気が動転してしまった僕は素っ頓狂な声を上げて、慌てて視界を覆う何かを力ずくで取り払い、僕にこんな事をしでかした存在を見るべく僕は振り返る。


「……フ」


 とても綺麗な女の子が立っていた。


 買い物袋みたいに女性の下着であるブラジャーを手にした女の子が不敵な笑みを浮かべながら、そこにいた。


 とんでもない美人が、黒いブラジャーを持って、百合園女学園の制服に身を包みながらそこに佇んでいて、その口を重々しく開き――。


「結婚しましょう。妊娠してくれませんか、ゆいお姉様」


「――?」


「一目惚れした。大好き。お姉様の銀髪紅眼を見るだけで私の女性器がそれはもうグチュグチュのグチュ! 大変にエッチね貴女。いいわ、すっごくイイ! まるで私を興奮させる為に産まれてきたかのようなそんな貴女の見た目がすっごく性癖にストライク! そのまま妊娠してもいいのよ? ねぇ妊娠しなさい? いいからさっさと妊娠して? さぁさぁ私の子供を孕めオラ! そしてお姉様の顔面にそっくりな女の子を産んで近親相姦させて3Pするわよ、唯お姉様! ███しましょ! ███!」


「――――?」


「フ。あらやだ沈黙? そんな……! 私からの愛の告白がドチャクソぶっ刺さった余りに言葉が出ないのね! さながら女性器にぶっ刺さる男性器の如く! つまりは肯定! これで! 唯お姉様は! 私の! ブヒィ! あらやだ嬉しすぎて鼻から血を流す豚になってしまったブヒね。私をメス豚にした責任、取って貰うブヒよ」


 濡れたからすを思わせる朝日を弾く艶があり、肩まで届く黒髪。


 透き通るような白い肌に、遠目から見ても分かるぐらいの大きな睫毛まつげ


 モデルのように細身ですらりと伸びた細い手足に、細く整った鼻梁と、芸術品を思わせる顔の輪郭線。


 上品さと初々しさを連想させ、宙を舞う桜の花弁よりも鮮やかな薄い桃色の唇。


 色白なことも相まって、いかにもな深窓の令嬢といった雰囲気。


 鈴を鳴らしたかのように可憐で美麗極まりない声。


 そして、どんな嘘すらも見透かされそうになってしまいそうなほどに深く、夜を思わせるような深い色をした黒色の瞳。


 女性であれば誰しもが嫉妬するような、男性であれば誰しもを焚きつけるような、そんな究極の美貌を携えた相手が僕の目の前にいて、どんな両性でもドン引きするような下ネタ発言を機関銃で乱射するかのように繰り返していたが、僕はまだ知らなかった。


 この美人が前途多難だらけの女装生活において、一番の難敵である下冷泉霧香であるという事実を僕はまだ知らなくて。


 まさか、これから先に次から次へとやってくる無理難題を、この彼女と一緒に解決するだなんて、本当に知らなくて。


 この彼女が僕に関するとんでもないほどの秘密を隠していただなんて、知る由も無かったのだ。

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