僕の処女が勃起したら御嬢様が死ぬまでのプロローグ(2/3)
4月。
それは出会いの季節。
具体的に言えば、違法的に女装なんていう変質的で馬鹿げた事をしてしまっている自分と出会ってしまうような、そんな季節。
半年ぐらい不登校をして、ここ百合園女学園の制服に袖を通した挙句、伝統溢れる百合園女学園に足を踏み入れ、更には女性としてこの学校に通学しながら理事長代理だなんていう大仕事をする羽目になってしまった僕は絶望の表情を浮かべていたと思う。
「……おうち、かえりたい……」
いくらお世話になった義理の祖父の遺言だからと言って、どうしてこんな辱しめを受ける必要があるのだろうか。
そして、一体何を考えればこんな辱しめを僕にさせようだなんていう思考回路に至れるのかが本当に理解できない。
まぁ、確かに?
僕は確かに男性とは言い難いような容姿をしている訳で、以前、東京都内をぶらぶらと歩いていたら女性モデルにならないかとスカウトを何回もされてされていたりだとかそういう目には度々遭っていたし、ナンパだとか痴漢も両手では数え切れないぐらいの被害に遭っている自負もある。
何なら小学校の時から女子から『顔が綺麗でイラつく』『私の○○くんに色目を向けないでくれる?』『男のクセに気持ち悪い』と苛めを受けていた気もする。
なるほど。
であるなれば、統計的に見て僕は女性なのかもしれない――。
「……って、なる訳ないじゃんかぁ……! 統計的に見るなよぉ……⁉ この節穴ぁ……! 僕は男だぞ……⁉」
長い歴史を肌で感じさせるような厳かな理事長室の椅子に体育座りで座り込んでは男らしくないうじうじとした言動を繰り返す僕であるのだが、そんな僕に慰める存在が2人いた。
実姉と、義妹である。
「流石はチンチンが付いてない方の兄。昔から私たち姉妹に女装させられていただけあります。これは誰がどう見てもチンチンなんて付けていない立派な淑女」
「つけてるっ! まだつけてるっ! 流石にそれは怖い! というか、そんな卑猥な言葉を口にしないでくれるかな茉奈⁉」
「はい唯くんピース! ほらほらピース! 写真を撮るよ写真! きゃー! 親がいない私にも実の妹ができちゃったー! 百合園女学園の教職員になれて本ッ当に良かったー!」
「姉さんも姉さんだよ⁉ 何をそう呑気にスマホなんて構えてるの⁉ もしこんな言葉が世間にバレでもしたら僕たちは……って、泣きそうな顔しないでよ…… ⁉ あぁもう! ピースすればいいでしょピース! 1回だけだからね⁉ もう絶対にしないからね⁉」
しかし、そんな僕とは正反対に姉妹2人は実に気楽そうな雰囲気であった。
茉奈はニマニマと新しい玩具を見るかのように僕を見てくるし、和奏姉さんに至っては満面の笑みと嘘泣きの顔を交互に浮かべながらスマホカメラで僕を連写しているのである。
「いやぁ、最初は義兄は大丈夫かなと心配していた私ですが、何も心配いらなかったね。この義兄、まるでこういう事を最初からしたかったかのように堂に入った女装っぷりを披露してくれやがります。むしろ後悔しているフリをしながら喜んでいるまでありますねコレ。困った。気持ち悪い方の兄が2人になった。でも可愛いからOKです」
「ち、違っ……! 僕は本当にこんな事なんてしたくなんて……! ぼ、僕は……! おじい様の遺言で無理矢理っ……!」
「いいじゃんいいじゃん! はいピース! 笑顔して笑顔! 不登校を続けていた唯くんの事情はどうあれ自分から進んで学校に行くって決めてくれて私は嬉しいなー!」
「だ、だから……! 和奏姉さん、もう写真を撮らないで……! お、怒るよ……⁉ 本当に怒るからね……あっ、ごめん……! な、泣かないで……じゃなくて! 嘘泣きはもう通用しないってば……⁉ どうせ嘘泣きだろ、分かってるってば……あっ、ちょ、なっ、泣かないでよ…… ⁉ う、うぅ……! これで本当に最後だからね……⁉ 次はもう絶対にないからね……⁉」
「きゃー! 私の唯くんのスマイルがイケメンかつ美人すぎて姉さん死んじゃうー! 私の弟がもの凄くチョロくて姉さん心配になって死んじゃいそー! じゃあ次は構図をちょっと変えてみようか! はい! 胸元開けて! 胸元! おっぱい出そおっぱい!」
「へぇ。へぇへぇへぇ! グラビア! わか姉の趣味は流石としか言いようがないね、うん。私も協力しましょう協力。ほら何を突っ立っているんですか義兄。早くはだけてくださいおっぱい。早く出してくださいよおっぱい。あるのは分かっているんですよおっぱい」
「い、嫌に決まっているじゃないか、そんな事……⁉ というか、僕にお、お、お……! っ〜〜〜! そ、そういうの、ないよ……!」
「へーぇ? 折角、クソ爺の遺言を守ろうとしている義兄に協力できる姉妹2人に好感度に媚びや身体を売らないんだー?」
「そ、それは……⁉」
「何も臓器を売れとは言ってません。身体を売れと言ってるんですよ、
茉奈の発言は僕にとっては余りにも致命的すぎた。
というのも、今の僕は実家が経営している学園だとはいえ、その敷地内で女理事長と女子生徒としての立ち振る舞いを要求される立ち位置に陥ってしまったのである。
これも元はと言えば、先月に亡くなった義理の祖父の遺言……今、思い出すだけでも絵文字が実に神経を逆撫でさせてくる……が元凶。
しかし、僕は女装を強制的に何度かさせられた経験があるとは言えども、それは姉妹の遊び道具として着飾られただけで留まり、実際に女性を演じていた訳ではないのだ。
そして、当然ながら僕は男。
今日、学園に通う際に電車に乗ったらお尻を同性に触られてしまったけれども、僕は男だ。
今まで当然のように男性としての生活を送ってきたというのに、ある日を境に今日から女性を演じて生きてくださいと言われて、上手く行く訳が……無い筈なんだけど。
「いや、うちの制服がロングスカートで良かったですねぇ。チラリと見える黒タイツも、その黒タイツに覆われた脚も大変健康的で実に良いですねぇ……! これなら義兄の突起物が学園生活中に勃起しても注目されなければバレそうにありませんねぇ!」
「うんうん。こうして見ると唯くんは私そっくりだねぇ! いやいや本当に17歳の時の私にとてもそっくり! 本当に姉弟なんだって思えて、姉さん嬉しいなー!」
「全くです。ぶっちゃけ、チンチンの生えたわか姉ですよ、コレ」
絶対に、男性としての何かしらで原因でボロを出してしまうのは想像に難くない。
だからこそ、僕には異性の協力者が必要不可欠で。
そして、幸いにも僕には2人もの異性の協力者がいる訳で。
詰まるところ、僕は2人のご機嫌を取らないと社会的にも死んでしまう訳で。
「そういう訳で……はい行きますよ
「す、す、スリーサイズ⁉」
「1分以内に言わないと校内放送で理事長代理が男性だって言いふらしますよ」
「え、えぇ⁉ 止めてよそんな事……⁉」
「あー! 私の手が勝手に理事長室内にある校内放送ボタンにー!」
「や、やめっ……! え、えっと、確か……バストが70、ウェストが53で、 ヒップが79だったような……⁉」
「どこのお嬢様学園に自分のスリーサイズを素直に言いやがる女子がいますか。それに言うとしても即答し過ぎ。更に付け加えるともう少し嘘とバストを盛って。人を騙す際には95%の嘘と5%の本当が効果的なんです。はいこれ少女漫画。さっさと乙女心を履修してください」
「もうそれ100回は読まされたよ……⁉」
「あれ? 唯くんの胸はバッドもつけてるんだから85じゃない?」
「つけてるけどっ……! 胸バッドつけてるけどっ……! パッド込みのスリーサイズの数値を口にしたら、もう男に戻れない気しかしないよ……⁉」
「ところで義兄はちゃんとブラしてます? 後、パンツ」
「嫌々ながらしてるよっ⁉ 何なら女性モノの下着まで2人に着けさせれたよ⁉ 本当はしたくないけどしてるよっ⁉」
「義妹、義兄がノーブラノーパンでお嬢様学園に行く気満々でちょっとヒきましたよ」
「ヒかないでよっ⁉」
「大丈夫大丈夫、お姉ちゃん、どんな唯くんでも大好きだから! 引きこもりだった唯くんがノーパンノーブラでもちゃんと学校に行けただけでも御の字だから!」
「そんなまるで僕が変態になったかのようなセリフ……って! 女装して女学園に通った時点でもう十二分に変態じゃないか僕っ……⁉」
「男の子は知らないかもですけれど、女の子は案外とコミュニケーションが激しいんです。知りません? 目を隠す代わりに胸を触って『だーれだ?』ってするお遊び。他人にする際はいいんですけど、いざ自分がされる側になると死ぬほどムカつくお遊びなんですよね、アレ」
「知りたくもないよそんなことっ⁉」
「あー。私がこの学園で流行らせたヤツだったっけ、ソレ?」
「和奏姉さんは本当になんてことを流行らせているのっ⁉」
「でも安心して? そのパッドはそんな事をされても簡単にズレ堕ちない仕様だからね!」
「ほら、乳がんあるじゃないですか、乳がん。乳がんの治療で胸を切除した際に用いる医療用胸パッド……シリコン製で皮膚にも優しいパッドです。軽く10万ぐらい義妹の懐が消えましたので、今度の買い物で絶対に荷物持ちとして来てくださいね」
本当にこんな調子で大丈夫なのだろうか。
そんな事を思う僕とは対照的に2人の顔は実に生き生きとしていて、嘆息を零そうにも零せない状況にあった僕は内心で漠然としない不安に駆られていたと思う。
「って、こうして義兄で遊んでいる場合じゃなかった。1つだけ、義兄に言っておく事がありました」
今まで遊びに遊んでいた茉奈であるのだけれども、本当に大切な事を思い出したようであるらしく、彼女はこほんと軽い咳払いをしては僕の背筋を伸ばすように促してきた。
「真面目な話……?」
今までの話が話であったので、にわかには信じがたい僕だったのだけれども、数年間一緒に暮らしてきた義妹の表情を見るに、どうにも本当に真面目な話を繰り出すつもりであるらしかった。
「真面目も真面目。すっごく真面目。というのも、義兄と同じタイミングで編入してきた女子生徒がいるんですが……苗字が苗字なんですよね」
「編入ぐらいはまぁ、4月だしよくある話だと思うけれど……それで?」
「
「下冷泉……って、確か百合園家とあんまり仲が宜しくない旧華族の、あの下冷泉?」
「うん、その下冷泉。東の百合園、西の下冷泉と世間から揶揄されてるあの下冷泉家。そこの娘が今年になっていきなり入学してきたんですよね」
僕には旧華族の百合園家の血なんて一滴も流れていないけれども、それでも百合園の家で暮らしていると下冷泉という名前には聞き覚えが何度かあった。
確か京都を本拠地としている旧華族で、華道だとか書道だとかそういうお偉いさんを沢山輩出している名家中の名家ではあるのだけれども、両家同士の仲が宜しくない所為で社交パーティーだとかそういう場で遭遇した事は1度も無かった……というか、パーティーに出席するかどうかの手紙が送られてくるけれども、絶対に参加するなと言わんばかりの周囲の圧があったというのが正直なところ。
「……つまり、百合園の弱味か何かを握る為にやってきたかもしれないってこと?」
「可能性はありますね。だって、現に私たち百合園ってとんでもないスキャンダルを抱えている訳ですし」
「……僕、かぁ……」
いくら明治時代から続くような名家である百合園家の身内だからと言って、男性を女学園に放り込むのは前代未聞の大事件だろう。
当然ながら、百合園家を敵視しているような家からしてみれば、その弱味を握る事は百合園家を文字通りに瓦解させられる事を意味する。
もちろん、向こう側にそんな意図が無いかもしれないけれども、わざわざ敵対している家が管理している学園に編入してくるというのは余りにもタイミングが良すぎるのだ。
もしかしたら、僕が男性であるという事が漏れていて、その決定的な証拠を掴もうとやって来たのかもしれない……そう思うだけでも背筋がぞっとする。
「そういう訳で……いいですか、義兄。絶対に下冷泉の家の人には近づかないで。向こうから近づいてきてもあんまり干渉しないで。少しでも隙を見せればこの学園はもちろん、百合園家が終わるかもしれないってことだけは自覚しておいてください」
「分かった、できる限りの努力はしてみる」
自分が社会的に死ぬかもしれないと思うと不思議と頭が冴えてきて、僕の手は自然と理事長専用の机の方にへと伸びており、この学園に所属する生徒たちの情報を一纏めにした書類に目を通し、下冷泉という名前を探し、そして彼女がいた。
「
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鍵を閉め、どんな人間の侵入を拒絶する理事長室の扉のすぐ近くで、とある1人の女性が佇んでいた。
その様子はまるで中の様子を伺うというよりも、理事長室の中で行われている会話を盗み聞くかのような、そんな様子の彼女は不敵な笑みを浮かべていて、まるで敵の弱点を見つけたかのようにほくそ笑む。
「――フ」
4月。
それは出会いの季節。
同時に、変質者が大量発生しやすい季節。
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