僕の処女が勃起したら御嬢様が死ぬまでのプロローグ(1/3)
3月。
それは別れの季節。
普通であれば恩師だとか友人だとかそういう存在と別離する季節であるというのは重々承知ではあるのだけれども、一番に別れたいモノがあるとするならば、それは間違いなく自分自身であると断言できた。
「…………」
僕は不登校を続けていた。
きっかけは分からないが、取り敢えず断言できるのは些細なことが理由だったのだろう。
自分が男子校内で孤立していると気づいた時には何もかも本当に手遅れで、僕は男子校というどこにでもあるような社会の中で、たった1人になっていた。
実際問題、気に食わないヤツだとか、そりが合わないヤツとは会わなければいいだけの話。
なら、何の問題もないじゃないかと言えればいいのだろうけれど、学校という狭い空間の中では話が違ってくる。
嫌いで仕方ない人間と毎日顔を突き合わせないといけないし、何よりも周囲にいる全員が教師とかいう出鱈目で適当な定規が生み出す、比較によって生まれてしまう被害者たち。
故にこそ、僕のこの『女らしい見た目の男』だなんて、男性相手にはよく嫌われる特徴の1つだったし、周囲の黒髪とは全然違うこの銀の髪も嫌われる理由の1つだったのかもしれないし、明治時代の時から続く百合園家の関係者っていう特徴もそうだったかもしれない。
人間は難儀な生き物で、自分が特別であるに違いないと思い込む節がある。
だからこそと言うべきなのだろうか……周囲に分かりやすい身体的特徴などと言ったそういうモノを有する人間がいたならば、誰しもがその人物を意識せざるを得なくなる。
人間は、何かを持っている持っていないで、簡単に線引きが出来てしまう。
僕にはそういう周囲との共通項が致命的なまでに少なかっただけで、簡単に彼らが敷いた境界線の向こう側にへと追放されてしまった。
そして、どんな時でも互いの関係が良するのは遅いというのに、いつだって人間関係が悪化するときは早い。
違和感が疎外感に。
疎外感が現実に。
そして、それらが嫌がらせに発展するのに大した時間は掛からなかった。
「……もう、3月か」
高校1年の9月から不登校を続けて、早くも半年。
不登校は、ただ逃げるものじゃない。
只々ずっと、苦しみか、情けない自分という現実から逃げるだけ。
そんな事は頭では分かっているけれども、どうしようも出来ない自分に対して、心の中では苛立ちと倦怠感が綯い交ぜになって、嵐の海のように黒い感情が渦巻いている。
不登校は、問題だ。
それは確かに正しい。
だけど、それは正しいだけで何の解決にもならない指摘でしかない。
不登校が問題だと言えれる人間はきっと、ある意味では幸せなのだろう。
「
そんな矢先にコンコン、と扉を遠慮がちにノックする音が木霊する。
本来であれば、誰もこの部屋に入れるつもりは無いけれども、この声の女性なら話は別だった。
「
部屋に入ってきたのは僕と同じ銀の髪に赤い瞳を有した美人の姉。
短く銀髪を伸ばしている僕とは対照的に、僕よりも7歳上の姉は銀髪を長く伸ばしており、それだけでも道行く人たちを余裕で振り向かせられる程の美人であるのだけれども、ドアが開いた先の空間に立っていた彼女にはどんよりとした暗いオーラが漂っているではないか。
長身でありながら、モデル顔負けの抜群のプロポーションを誇り、人間国宝と言っても過言ではない姉の顔は文字通り死んでいて、それは本当にもう凄いぐらいに死んでいて、100回中1000回ぐらい死んでいそうな顔をしていたし、たかが人間にいじめられていたからってウダウダとしている僕自身が恥ずかしくなるぐらいに顔が死んでいらっしゃる。
「大丈夫大丈夫……生きてる生きてるまだ生きてる……嘘ごめん……やっぱ無理…死ぬ……死んじゃうぐらいに無理……こんな純粋無垢で人間世界遺産級に可愛い私の大切な大切な肉親にして弟をあんな所に送るだなんて無理ぃ……!」
「は、話が見えないんだけど……どうしたの……?」
今にも心中しそうなぐらいにネガティブになってしまっている姉の姿を見るというのはあんまり見ないものなので、思わず面食らってしまったのだが、そんな姉の背後からひょっこりと顔を出す金髪の美少女の姿があった。
「あーもう! わか
「でも、でもぉ……!」
「声は変声期前の子供みたいに高いし、身体もちょっとどころじゃないレベルで華奢! しかも、肩も私が羨むぐらいの撫肩で、お尻は色っぽく膨らんでいるってば! これで男はちょっと無理があると思うレベルで女の子の身体してる! いける! 絶対にいけますよコレ!」
女性の経験が疎い自分でも分かるぐらいに引き締まっている金髪の彼女の体型もモデル顔負け――自分の女性を褒める語彙力が無くて、本当に厭になる――という言葉がやはり相応しい。
色白な肌に、金色の髪の光に、冷たく輝く蒼い瞳から織りなされる雰囲気は異国の姫という表現しか思いつかないほどで、そんな神々しいまでに均整の取れた美しい体からあんまり似つかわしくないような砕けた言葉が飛び出ているのは、僕と同じ年齢と苗字の女の子だった。
「だから心配なの……!
「はいはい、どーどー。どーどー。わか姉、落ち着いてー? はい、深呼吸深呼吸。吸ってー? 吐いてー。吸ってー? 吐いてー」
「スゥゥゥゥゥゥゥゥウウウ──────!
ハァァァァァァァァアアア──────!
スゥゥゥゥゥゥゥゥウウウ──────!
ハァァァァァァァァアアア──────!」
「そんな深すぎる深呼吸で落ち着ける訳もないけど念のため聞くね、落ち着いた?」
「無理だよぉぉぉぉぉぉぉぉ………………!」
「だよね。仕方ありません。わか姉がいても
「う、うぅ……そうするねぇ……? じゃあ、後は宜しくね茉奈ちゃん……? 駄目なお姉ちゃんはベッドの上で体育座りしていじけてます……」
「はいはい任されました任されました。存分にいじけてくださいな」
まるで本当の姉妹のようなやり取りをしている彼女たちを見ると思わず微笑ましい気持ちに駆られてしまう訳なのだけど、現状がどうなっているかどうかを把握する必要があった僕は
「あの……
僕が質問を投げかけた彼女の名前は
僕と同じ苗字ではあるが、血の繋がりは無い。
元々の僕の名前は
まぁ、早い話が養子縁組。
目の前にいる彼女とは血の一滴も繋がりこそないけれども、小学校の時から一緒にいたものだから、僕にとっては本当の妹のような存在であったりする。
「
「その言い方だと1%は僕が悪いって事にならない?」
「言葉の綾です。気にしないでください女々しいですよ嫌いになりますよ義兄」
とはいえ、茉奈の対応は一概には平等であるとは言い難い。
同じ性別だからか和奏姉さんと話すときは砕けた物言いをしてみせるのだけれども、男の僕に話すときは砕けてはいるものの若干丁寧語で話す。
まぁ、これは昔からの彼女の癖だから、僕はもう慣れてはいるし、茉奈は口下手ではあるけれども一緒におやつを食べたりゲームをしたりするような仲であるので、血が繋がっていない割には物凄く仲が良いし、理想の義兄妹の関係と言っても過言じゃない気がする。
「えーと……99%悪いのが百合園家、だっけ?」
「えぇ、とんでもない事をしやがりましたよ
まるで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる彼女を見てしまった僕は、何かこれはとんでもない事に違いないぞと、すっかり慣れてしまった予感に支配された。
というのも、百合園家は明治時代から存在する華族……今風に言うのであれば旧華族の末裔であり、滅茶苦茶にお金を持っていらっしゃる家なのである。
具体的に例を挙げるとするなれば『百合園女学園』という名前の日本の近代化に合わせ、女性にも男性相応の教養を学ぶ必要があるという理念に基づかれて、大正時代に創立された歴史のある私立の女子校にして世間で言うところのお嬢様学校を経営しているという古くから教育に携わっているような超名家。
ちなみに来年から姉さんは百合園女学園に勤める教職員になって、茉奈は僕と同じく高等部2年生になる手筈となっていたりする。
因みに僕は来年も引きこもりライフをエンジョイする予定だ。
だって、行きたくないんだもの、学校。
誰が嬉しくて、自分から進んでいじめられている学校に登校するっていうんだ。
「ほら、最近イギリスの姉妹校に気持ち悪い方の私の兄が理事長として行ったじゃないですか。あー、あとスウェーデンとアイルランドに出来た学校の様子を見に行くんでしたっけ、あの気持ち悪い兄。気持ち悪いのに仕事だけは出来るんですよね、気持ち悪い方の兄」
「行く寸前まで和奏姉さんと離れたくないって言って大泣きしてたね……って、お義兄さん、日本の百合園女学園の理事長じゃなかったっけ? 代わりいるの?」
「それがいないんです。雇おうにも総裁が駄々こねて、何だかんだ死んでくたばりやがりましたので」
総裁……というのは言ってしまえば、百合園家で一番偉い人を意味する呼称であり、彼女の祖父に該当する存在であるのだが、つい先月、2月の始めになったぐらいに天寿を迎えた。
お亡くなりになられたのが100歳越えの年齢だったから、誰がどう見ても大往生と言えるだろう。
それに総裁という大層な呼称では呼ばれているけれども彼は文字通りの好々爺で、週に1度に僕に会っては10万円のお小遣いをポンと渡してくるような人だったし、何度も僕たちを海外旅行に連れていってくれるような愉快な人であったし、何よりも僕が不登校をしていても何も言わないどころか、気が済むまで不登校をして大丈夫だと言ってくれた優しいご老人だった。
「惜しい人を亡くしたよね……」
百合園家は学園経営だけで大きく成り立った訳ではない。
というのも、総裁……
つまりは僕たち姉弟がこうして豊かな生活を送られる養子として迎え入れられたのは彼の財産があってこそなのだ。
「は? 頭がおかしい人を亡くしたの間違いでしょ。ショタコン変態ボケクソ爺だよ、唯を見る時の目とか完全に変態だったよ。気持ち悪い方の兄が気持ち悪くなった大元凶だし、何よりも私の大好きなわか姉を心労で追い詰めるようなクソ爺だよクソ爺。あー、そっか、うん。やっぱボケてたんだあのクソ爺。だったら早めに楽にするべきだった」
「死んだ人をそう悪く言わない。で、おじい様がどうしたの?」
「という訳で、はい本題。これ読んでください」
そう言った彼女が僕に突き出したのは……百合園女学園の入学案内パンフレットだった。
『本当にコレ読むの? 間違ってない?』と僕が茉奈に目で問い訪ねてみると、彼女は『本当にコレ読むの。間違ってないの』と自信満々の瞳で、否、疲れに疲れ切っているような瞳で答えてくれたので、僕は入学案内のページを繰る事にした。
内容にこれといった不備は見受けられないし、目立つような誤字もないし、ページの順番が間違っている訳でも無い。
前に読んだ遺産相続ミステリー小説の経験から、パンフレットの中にある文字を縦読みしたりだとか、法則性を見つけようとしたけれども、これといった手掛かりは見受けられ、な、い――。
「――は?」
筈だった。
いや、本当にそういう手掛かりは無かった。
むしろ、見つけて下さいと言わんばかりに堂々と書いてあった……というよりも、写真があった。
「……」
そこにあったのは僕の写真。
もちろん、普通の写真である筈がなかった。
というのも、その入学案内には堂々と【理事長代理・百合園唯】がご丁寧にも自分が書いたとは思えないようなそれはそれは素晴らしい学園経営理念を文字で語っているのである。
歴史と伝統あふれる百合園女学園の制服を着た状態で。
「なんだよこれぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
「そういう訳です義兄。不登校している場合じゃないですよ義兄。どうするんですか義兄。今日から義兄が百合園女学園の理事長代理ですよ。そういう訳でこの学園に通いながら理事長代理をしているという超優等生女子高生に転生してください。どーせ、出来るでしょ義兄。女々しいが擬人化したような存在なんだからこれぐらい余裕でしょ余裕」
「何これ⁉ 僕、こんな服を着た覚えも、こんな記事を書いた記憶もないんだけど⁉」
「クソ爺は陰謀がバチクソ上手いので。こういう偽装工作とかドン引きするほど上手かったですし。あ、これクソカスゴミショタコン爺の遺言書なんだけど、読む? 私的には読まない方がいいと思いますけど――」
「読むに決まっているでしょ⁉」
僕はやや乱暴に彼女から遺言書に該当する手紙を受け取ると、そこに書かれていた内容に目を通す。
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天国からテヘペロ (゜▽゜)シンジャッタヨー!
唯くんちゃん、見てるー?
死んだ祖父でーす! (☝ ՞ਊ ՞)☝ゥェーィ!
ワシ、思うんよね (≧◡≦)エヘヘ
銀髪紅目貧乳男の娘は最高 (·:゚д゚:·)ハァハァ
ワシの学園に女装した美少年を放り込んで苦悶と羞恥の表情を浮かべながら『僕は女の子じゃないよぉ……!』と心の中で想いながらも『僕は女の子だよぉ……!』と矛盾した行動に萌えを感じるのよね (ಡωಡ) ニヤニヤ
という訳で唯くんちゃんを女装させて女学園に放り込んじゃいまーす!(*థ౪థ)グヘヘ
尚、この遺言を無視した場合、ワシが死ぬまで隠し通してきたスキャンダルを芋づる式でポンポン出して百合園家を潰しちゃうぞ🥺ピエン
陰謀が得意でごめんネ❤⃛ヾ(๑❛ ▿ ◠๑ ) チュッ
因みにチンチン切り落とすのは激おこプンプン丸٩(๑`^´๑)۶
胸パッドはOK! だって、おっぱいを付けて恥ずかしがる男の娘はエロいからの! 胸とチンチンがある美少年は最&高! ( ๑•́ㅅ•̀๑)و グッ!
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「な、な、な――⁉」
緊張感の欠片も一切感じられない内容が書かれた遺言書には、物凄い達筆から織りなされる滅茶苦茶に気持ちの悪い絵文字が踊りに踊りまくっていた。
筆でハートマークとか、顔文字を書くな。
ご丁寧に色付き墨汁で『ぴえん』するな。
というか、全体的に色々と古臭い。
まぁ、色々と言いたいことは山のようにあるけれども、遺言書の筆跡は間違いなく祖父のモノであるのは間違いなくて、それが逆に僕に一種の絶望みたいなものを与えてくれたのであった。
「――なんだよこれえぇぇぇっっっ⁉」
3月。それは別れの季節。
とはいえ、まさか男としての自分との別れの季節だなんて誰が思うだろう。
僕はその日をきっかけに、信頼できる実姉と義妹から1ヶ月かけて女の子にされてしまうのだった。
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