第4話 担当顧問官と友達
新人『神仕者』の超高難度ダンジョン攻略達成の一報は連日、《Z》内で取り上げられ、駿河一輝の名前は、神魔達の間で広く周知された。
その勢いは留まることを知らず、1週間経った今でもSNSや掲示板などで熱く議論されている。
益々、注目が集まっている中、当の本人はと言えば、《フリズスチャンネル》を運営する『プロメテウス機関』に招集を掛けられていた。
「お久しぶりです、志賀さん。」
案内された部屋で待機していた一輝は、入室してきた人物を見るなり、立ち上がって頭を下げる。
それに志賀春樹は苦笑いした。
「はい、お久しぶり。でも、座ったままでも大丈夫ですから。もっと楽になさってください。」
落ち着いた口調で諭す。
30代前半の物腰穏やかな風貌の男性。丁寧に整えられた黒髪に、紺色のスーツを隙無く着込む。
音を立てないように椅子を引き、流麗な動作で一輝の前に腰掛ける。
上品な雰囲気を身に纏う彼は、一輝の担当
主に『プロメテウス機関』からの連絡を伝えたり、スポンサーと上手くいっていない『神仕者』の悩みを聞き、仲介したりするのが役割である。
スポンサーが決定した段階で、担当が自動的に就く仕組みになっているので、一輝と志賀は、初配信をする以前から面識があった。
「先ずは『神仕者』デビュー、そしてダンジョン攻略達成おめでとうございます。私もリアルタイムで視聴させてもらってましたけど、とても良かったですよ。」
「ありがとうございます。そう言って貰えると嬉しいです。」
一輝は素直に頭を下げる。
時折、大胆不敵な発言をする事も有るが、普段の私生活では割合、謙虚な事が多い。
誇り高く、気難しいアテナと一緒にいるからか、特に相手の面子を立てることには人一倍、敏感であった。
その姿勢を好ましく感じている志賀は、こくりと頷きを返し、早速、本題へと入る。
「今日、お呼びしたのは、配信活動に伴う『デーヴァコイン』の取り扱いについてご説明させて頂く為です。因みに、『デーヴァコイン』について何かアテナ様から聞いていることはございますか?」
「一通りは聞いてます。『神魔を働かせる為のお金』だって。」
受け売りの比喩をそのまま口にする。
それは凡そ、的を射たものであったが、それ故の皮肉な響きを帯びていた。
「アテナ様らしい物言いですね。確かに『デーヴァコイン』の価値は、込められた奇跡によって担保されている。それ等を使うことで、人類には解決困難な事でさえも、我々は解決してしまえる。言い換えるなら、神様に人の仕事を外注しているという風に取れるわけですね。」
「全部、言いましたね。」
「すみません、本質的に喋りたがり屋で。」
怯んだ様子もなく、悠々と大人の余裕を見せつける志賀。こういったスマートさが、一輝からの無意識の信頼を集める所以である。
「まぁ、そこまでお分かりなら、話は早い。今回、説明するのは、その『デーヴァコイン』が何に使われているのか、また現在の『デーヴァコイン』の買取額は幾らなのかという事になります。」
「それってアテナも呼んだ方が良かったんじゃないですか?」
「いえ、アテナ様は既にご存知だったそうなので、貴方だけを頼むと仰っていました。恐らく、貴方が1人で考える機会を奪いたくなかったんだと思います。」
「あ〜、確かに。アテナが認めてるなら、俺もってなりそうですしね。」
時折、奇怪な行動こそするものの、アテナは最上位の神魔だ。司る概念も、戦、知恵、工芸、芸術と幅広く、如何なる知識人よりも博識で賢明だ。
そんなアテナが隣にいれば、何某かのバイアスが働いてしまう。
人気者にせよ、知識人にせよ、人よりも優れる存在は、良くも悪くも、周囲に影響を及ぼしてしまうのだ。
それから一輝は、志賀から資料を受け取り、それを元に様々な話を聞いた。
『デーヴァコイン』の主な使い道は、エネルギー関連及び第三次世界大戦によって汚染された地域の再生と復興、不治の病に対する特効薬など平和的な利用法が心掛けられている事。
分配するにあたって、各国の人口比率を参考に、適切な量を各国に供給し、そこで得た通貨が『神仕者』に戻る仕組みになっている事。
内容が内容なだけに、集中力を要求する濃密な時間になっていて、全ての話を聞き終えた頃には、すっかり昼食時となっていた。
「以上で説明は終わりになります。何か質問はございますか?」
「この後、時間有りますか?一緒にご飯食べに行きません?」
「すみません、まだ少しだけ仕事が残っていますので、また今度、誘ってください。」
「そうですか。それなら質問の方は大丈夫です。今日は態々、ありがとうございました。お仕事頑張ってください。」
「はい、貴方も配信頑張ってくださいね。応援していますよ。」
和やかに別れの挨拶を交わし、退室する一輝。
食事に行けなかったのは残念だったが、その忙しさによって、『神仕者』は支えられている。敬意を持って、応じた。
部屋を後にした一輝は、お腹が空いていたので、食堂に寄る事にする。
『プロメテウス機関』の支部は、ダンジョンにアクセスする為の施設、『ギルド』に併設されていて、内部には『神仕者』も利用出来る食堂が有る。
料金は格安なのに、美味しいので、一輝も足繁く通っていた。
(ん?あれって。)
食堂に辿り着くと、食券機の前で頭を悩ませている眼鏡を掛けた青年の姿を発見した。
「なにか迷ってるなら、豚カツ定食にした方が良いぞ?ここの豚カツは本当に絶品だから。」
「っ!?」
肩を跳ねさせて驚いた青年、田辺優馬は、指の操作を間違ったのか、スペシャル定食のボタンを押す。
この食堂で一番量が多いメニューだ。
「ああ!?間違えたぁぁ!」
ガシッと食券機を両手で通掴み、慟哭する優馬。
いたたまれなくなった一輝は、バツが悪そうに謝罪する。
「す、すまん、まさかそうなるとは思ってなかった。それは俺が貰うから、もう一回、選び直していいぞ。」
「い、いや、良い。どうあれ自分で選んだものだ。」
「・・・・・食べ切れなそうだったら、言えよ。代わりに食べるから。」
「あ、あぁ。」
狼狽を隠せない様子で頷いた優馬は、ふと一輝の方を見ると、再度、驚いたように目を瞬かせた。
「って一輝じゃないか。」
「今、気付いたのか。」
「食券に気を取られてた。」
「それはすまん。」
「もう良いよ。それより早く選んだほうがいい。そろそろ、人が来る時間帯だから。」
食券機の前で
それから料理を受け取って、席へと移動する。
「それでどうしたんだい?こんなところで。」
「報酬とかに対する説明を受けに来た。」
「あぁ、あれか。てっきり人気者過ぎて運営側に注意されたのかと思ったよ。」
「そんなわけねぇだろ。」
少し荒っぽいツッコミを入れる。
それこそが、気を置かない関係である何よりの証明だった。
「というか、珍しさで言えば、俺よりもお前の方が珍しいだろ。学校も行ってるし、配信内容もゲームの実況だから、態々、ここまで来る必要性もない。」
「その分、人気もそこそこだけどね。」
「誤魔化すなよ。」
「・・・・・単にスポンサーとファンが揉めてたから、仲裁してもらってただけだよ。」
首を斜めに傾け、煤けた横顔で答える。
その悄然とした呟きに、一輝はなんとも言えない生返事を返した。
優馬は女性に良くモテる。中性的な甘いマスクに加え、面倒見が良くて、相手の話を聞く能力に長けている。
あの百戦錬磨なサキュバスを落として、自身のスポンサーにしてしまったくらいだ。
ただ、その事が原因で騒動に巻き込まれてしまう事も多い。一輝の心象としては、羨ましいよりも、憐憫に近い。
「君も気をつけなよ。アテナがあんなに1人の人間に入れ込んでいるの、初めてだって噂が流れてるし。いつ誰かの一大事に巻き込まれるのか分かったものじゃない。」
「大丈夫じゃないか?俺はモテる方でも無いしな。」
「君はそのつもりでも相手にとったら分からないよ。それにインターネットの世界は母数が違う。1000人に1人しか好きになれないような人でも、1万人もファンがいれば、10人はその人の事を好きになる。確率上ではモテないから当人に自覚は無いけど、実態となる人数を見れば、モテているってことはありうる話だ。」
「ナンパかよ。」
ナンパの1回ごとの成功率は総じて低いと言われている。
これは当たり前だ。
見知らぬ人に、いきなり声を掛けられれば、警戒もする。幾ら顔が良くても、金があっても、何か裏があるのではという不安を全て拭い去ることは出来ない。
だが、根本的に1回で成功させる必要性などない。
パートナーを作るのが目的なら、その内の1回でもナンパが成功すれば良い。
そう考えた時、試行回数が多ければ多い程、パートナーを作れる可能性は上がる。
要は下手な鉄砲、数撃てば当たるという話である。
もしも、インターネット上でもそれが起こりうるのなら、優馬の話も決して信憑性が低いものでは無い。
「まぁ、気をつけるさ。」
「うん。ところで、ちょっと食べてくれない?やっぱり僕だけじゃ無理みたい。」
「シリアスが最後まで長続きしないなぁ。」
緊張感を和らげるように一輝は苦笑する。
いつの間にかに誰かの一大事に巻き込まれている。
優馬が残した訓戒は、奇しくも全く違う形で、遠くない未来に的中する事となった。
ボス部屋に保護者乱入で有名になった神様専用の配信者が、世界最強のランカーへと駆け上がる 沙羅双樹の花 @kalki27070
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