山下さんは、とぼけない。


「はい! 山下はですね——」


 まだまだ新人に分類される私が、こうして意見を言える機会は限られている。初めてのこの場で失敗したり恥をかいたりしないよう、自分なりに準備は入念にしてきたつもりだ。


「ちょっといいか、山下」

「はい! はい?」


 会議の進行をしている先輩からだ。


「あのー、発言メモ。用意してるだろ? それ見ながらでいいぞ。ちょーっと、言いたいことが伝わりにくくなってるから」

「は、はい! ありがとうございます」

「あと、小さい会議室だからな。しっかり起立して話さなくても、みんなに聞こえるから大丈夫だぞ」

「はい、失礼します!」


 どうしてメモを用意していたことを知っているんだろう。この前のディナーで、そんな話をしたかな。


「——以上です!」


 後半はファイルから取り出したメモを読みながらだったので、詰まらず話せたと思う。最後にパッと目線を上げると、先輩が手を下げるジェスチャーで「落ち着け」と伝えてくれた。あれ、ちょっと早口だったのかな。


「ありがとう、山下。途中で水をサシちゃって悪かったな」

「えっ、水鉄砲打ってたんですか?」


 そのためにメモを読ませたのか、これはしてやられたぞ。


「あぁー、カミアッテないな」

「えっ、ホチキス留めしっかりできてませんでしたか?」


 会議の前に資料のページ数は一部一部しっかり確認して、きれいに整うようにトントンしてからホチキスをしたはず。


「いや——大丈夫だよ。ありがとね」


 先輩がにっこりした表情をしてくれたことに一安心して、音を立てないようゆっくり席に着いた。



--


-


「山下を見てると、自分の新人時代を思い出すよ。何をするにも、全然余裕無かったなーって」


 3年しか変わらないけどね、と続いた。会議が終わってすぐだったので、私のことをフォローしてくれているのだとわかって、先輩の優しさが身に沁みる。


「えへへ……先輩、今週末はどこでデートします?」

「——ちょっと待ってね。まず、会社内でそういう話題はやめておこうか。それと、いつデートの約束した?」

「え、この前『付き合って』って」


 確かに最初はびっくりしたけれど、嬉しさは後からじんわり感じるものだった。


「それは山下が大変そうだったから、気分転換に飯に付き合えって——いや、もういいや。こんなんほっといたら大変だわ……」

「えぇー、ずっと見守ってくれるなんて嬉しいです」


 照れて頬が上ずると、先輩もつられて微笑んでくれた。


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