猫のプシュケ


 目が覚めると、テーブルの固さとは別に温かみを感じた。突っ伏した体勢から起き上がろうとすると、異様な重みを覚える。


「わっ、起きたんやね」


 その声と同時に、温もりも一緒に離れていく。どうやら、原因は彼女だったようだ。


「ごめん、寝落ちてたみたいだ」


 押し付けた瞼の重さと点けっぱなしの照明の明るさのせいで、視界は狭いまま。痺れた腕をなんとか持ち上げて、両目を擦る。

 彼女は寝巻き状態でまだ寝ぼけているのか、突っ立ったままこちらを見下ろしていた。


「なぁ、寂しくさせてごめんなぁ」

「え、急にどうしたの?」

「だってぇ、泣いてるやん……」


 そう言う、彼女の方が涙声になりかけていた。右手に意識を向けると、人差し指の表面が濡れて薄ら光っている。


「あぁ——君がいなくなる夢を見たんだよ」


 お酒を呑んでいたわけではない。久しぶりに休暇を独りで過ごしたからか、つい油断してしまった。


「ねぇ、嘘つかんでもええってぇ……」


 ついに崩れるようにして、僕の膝に擦り付いてきた。今日はどうもうまくいかないみたいで、一瞬躊躇してから、震えてしまう手で彼女の頭や背中を撫でてみる。嗚咽が漏れ始めたところでようやく、小さくごめんねとありがとうを交互にこぼせた。



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 落ち着いた頃に、蜂蜜入りの紅茶を二人分淹れた。


「カホがなぁ、全然わかってくれへんの」


 以前二人で出かけたときに会った彼女の後輩。今日はその子との約束だったらしい。


「どんな説明しても、君のことを怖いって言うねん」


 過去に何十人と言われてきたことだ。今更傷つくこともない。


「何でも気づいてくれるっていうのはなぁ、よく観察していっぱい考えてくれてる、ってことなのになぁ」


 僕に初めてそう言ってくれた彼女は、僕から離れていく人の一人にはならなかった。


「みんなもちゃんと観察してみれば、わかると思うのになぁ」


 カップの底の甘さを飲み干すと、猫目をした彼女と目が合った。


「あのさ」


 空白を埋めようと先に口を開いたのは僕の方で。


「今日は一緒に寝てくれない?」


 彼女は泣いても笑っても、顔が紅くなりやすかった。


「そんな真っ直ぐな言葉をつかわれるのは初めてやぁ」

「あぁ、ごめんごめん——さっきみたいに、温めてほしいんだ」


 これも、真っ直ぐな気持ちだった。


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