その名前が変わった日
「……なんでここにいんの?」
目の前の人とこうして対面するのは、実に4年ぶりだった。学年が1つ違う幼なじみの関係は、おにぃ——彼が先に中学校へ上がってから、全くと言っていいほど接点が無くなっていた。
「そりゃあ、吹奏楽部が有名な高校だから? 私の進学先としては、全然普通だと思いますよー。お、“お兄ちゃん”こそ、なんで——」
「はい、ストップ。ここではその呼び名は禁止な?」
「えぇー、なんでよぉー」
自然に出てきた言い方は、少しガキ感が強かった気がする。でも、彼に対する接し方はこれしか知らない。
「さすがに知ってると思うけど、部内でのあだ名があるから、これからはそっちで覚えて呼んでね」
久しぶりに聞いた声は、予想はしていたけれど低く力強くなっていて。慣れなさは拭えずとも、心地悪さは微塵も感じなかった。
「はぁーい。私は中学と一緒で、“しょげこ”になりそうかなぁ」
「なんだそれ、しょげてる子みたいじゃん。陽子は陽子だろ」
「えっ——」
それはどういう意味なのだろう。興味なのか、名前を呼んでくれたことに対する喜びなのか。鼓動がうるさく、次の言葉を詰まらせる。
「どうして、吹奏楽部なの?」
中学の個人練習のときは4階の教室から、グラウンドでサッカーをする姿をずっと目で追いかけていた。
「敬語つかっとけよ。まあ、なんだ。そのー……憧れ、だったんだよ」
母が言っていた「高校から吹奏楽部に入ったみたいよ」は、今でも魔法の言葉のように響いている。チャンスだと思った。
「あのさ——」
何か言いかけたときに、彼の方が先に口を開く。あれ、まだ一度も目を合わせていないや。
「俺、同じパートの人と付き合ってるんだ」
——実際に聞こえる音よりもゆっくりとしたスピードで、それは全身に浸透して芯を揺らした。血液のポンプは萎んでしまったのか、脳で考えるのが苦しくなっている。
「後からバレるより、陽子には先に言っておいた方がいいかなって」
4年の歳月は長すぎた、ってことか。それよりも長かったはずの関係が音も立てず崩れていく。
「……良い話じゃないですか、先輩」
もう、ただの後輩なんだ。そんな見方しか許されなくなったあなたのことが、私はずっと——渇いた口から、伝えたかった言葉が静かに降って消えた。
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