ファインダーの向こう側
ただただ高価だということしか知らないカメラを持たされて、聞いていた重さ以上のものを感じていた。
「試しに撮ってみなよ」
説明してくれたファインダーを覗くのは少し躊躇ってしまい、レンズだけ彼女に向けてシャッターを切ろうとする。
「ちょっとー! べつに、いきなり私じゃなくてもいいでしょー」
「えっ。でも、これから君のことを撮ればいいんだよね?」
「そうだけどぉ……」
僕に背を向け何やらぶつぶつ独り言を漏らしているうちに、その後ろ姿を数枚収めてみる。人差し指だけでなく、両手全体が自分のものではなくなったように今日の緊張を伝えてきた。
僕は、写真というものが好きではなかった。思い出を残すためと皆は言うが、本当に残したい記憶は一枚には写らない。その時、その一瞬はすぐに消えてしまっていて、無理やり型を取った残骸が写真だと思っていた。
でも、君は違った。写真は一種のアートであって、長い時間をかけて追究するものだと言う。今日は風景ではなく人物を写す腕を上げるために、被写体の気持ちを理解したいとのお願いだった。
——どうして僕なんだ。そんな疑問は拭えない。
「いいよー、撮ってみてー」
スポットを見つけ、ポージングもいくつか決まったみたいだ。そのどれもがとても絵になっていて、堪らず彼女に借り受けたカメラを構えていた。
ファインダーを覗き込んだ先の君は、こんなに近くにあるのに遠く感じて、その残酷さに打ちのめされそうだった。
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「大事なのは、どんな人に撮ってもらうかだったね」
返したカメラのデータを確認しながら、彼女はそう溢していた。そりゃあ、僕はプロではないからね。
「同じ専攻の人に撮ってもらうより、君に撮ってもらった方が良い表情してると思わない?」
——再びカメラを渡された際に触れてしまった指の感触だけは、いつまでも覚えていよう。
デジタルの小さな四角内に、さっきまでの君が閉じ込められている。比較対象がないけれど、カワイイとかキレイとかいう言葉では形容しきれないのは確かだ。
「隙あり!」
今日初めて聞くシャッター音が耳に届いたのは、僕が顔を上げた後だった。
「ちょ、消しといてよ」
「やだよ〜、良い顔してた!」
もう一つ持っていたカメラの陰からパッと現れたこの表情も、きっと忘れられないだろう。
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