一日千拾


『今日はね、昼間から風がすごく強いの』


 朝のことに触れていなかったから、休日だからといつもよりゆっくり起きたことも、彼にはきっとバレている。


『ってことは、朝方は雨が降っていたのかな』


 すぐに既読がついて送られてきた文には、知識の裏に気遣いが隠れた完璧な返信に思えた。べつに天気が悪かったとしても、今の私なら迷わず出かけている。

 一日の天気——空模様だけでなく、空気の感じや聞こえてくる生き物の音までもをメッセージで報告する役は、元々彼の方だった。『こうしてると、外に出たくなるやろ』インドア派への嫌がらせのような文言を、私はいつまでも忘れないだろう。


『そうかも、アスファルトに水溜まりが少し残ってるよ』

『やっぱり? 予想通りやん』


 どうしてそう思ったのかは、文章ではなく直接聞けばいい。彼の声を聴きたくなったときは、中学・高校生の一日よりも賢くなれた気がしていた。

 いつもとは違う道を歩いているから、新鮮な景色を逐一言語化していく。『こうしていると、外を歩いているみたいでしょ』実際に送ることはないメッセージの意味を込めて連投している間は、余計な言葉やスタンプを挟んでこない。そういう空気を読むのがうまいところは、重ねた月日の長さがつくりあげた関係ゆえなんだと思う。


『窓を開けてみたんだけどさ』


 最後の一言を送ってから二分後に返ってきた文を見て、自然と視線が上につられる。首から肩にかけての痛みが、ほんのり心地良い。


「湿った春の匂いがするなぁ」


 あぁ、空の色に触れるのを忘れていた。落ちてきた水滴まで温かく、泣きそうだった。


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