長い髪
喧嘩をした夜は、決まって僕の方から先に風呂に入る。湯船は彼女のために張り、自分はシャワーのみで済ませ、上がってからは入浴剤を並べて置いておく。各種香りのストックだけは確認しておくが、選んで入れるのは僕ではない。
その間に彼女は食器洗いを済ませてくれていて、お互いちょうどよく廊下ですれ違うことになる。そこに会話はないが、最近はゆっくりと歩く途中で、お互いの腕が少し触れるようになっていた。風呂上がりに飲む炭酸水は、もはやコップに注がれることはない。
同棲を始めるにあたってのルールは、たった一つしか決めていない。そこに向かってお互い最善を尽くす感じは、僕らだけが唯一正しい答えに辿り着いて暮らしているような、そんな気がしていた。
二人の寝室に、彼女が後から入ってくる。待っている時間は、日に日に短くなっているように感じていた。片方のベッドに深く腰掛け、手招きをする。空いた目の前のスペースに、彼女はちょこんと背を向けて座った。
ドライヤーの電源を入れ、濡れた長い髪に触れる。
「さっきはごめん」
僕も仕事で
以前話したときに、彼女に聞こえていないことは確認済み。もちろん、僕の方も彼女の呟きは全く聞こえていなかった。
--
-
うなる機械音が完全に消えてから、乾いた後も
元来、彼女は誰からも可愛がられるようなふわふわした平和的な性格だ。父親相手でさえ、口喧嘩をしたことがないと聞いた。その過去の発言が、今日も明日以降も幸福感を与え続けている。
「どうして君もニヤニヤしてるの?」
「いやー『ショートも似合いそうなのになぁ』って、過去に言ったことを思い出してたんだよ」
「ねぇー、そしたらこの時間が短くなっちゃうって言ったでしょ!」
「そうだったね——」
聞きたかった声と言葉が返ってきて、お礼にもう一度頭を撫でてあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます