第5話 残業

 ……その日の夜。

 ヴェラは術式の解析を続けていた。


「よーし……そろそろ……最終……段階……」


 ヴェラの体力は、そろそろ尽きる頃合いで、それを証明するかのように瞼が重くなり、今にも腰が落ちそうになっていた。

 そんな中、扉をノックする音が聞こえ、ヴェラは振り返った。


「ヴェラちゃーん、俺たちそろそろ帰っちゃうよー?」

「なんだい、まだやってたのかい?」

「あ、かいちょー……ふくかいちょー……お疲れ様ですぅ……」


 ヴェラはうとうとしつつも、立ち上がって、アルタイルとメリクに向かって挨拶をした。


「ヴェラちゃん、随分お疲れじゃない、もう帰ったら?」

「いえいえ……そろそろ……終わるんで……」

「そうかい? 無理しないでくれよ?」

「全く……アンタねぇ、今は若いから体力あるけど、年取ってから後悔するよ?」

「えへへ~……すみません……」

「……まぁ、早いとこ帰ってね! それじゃあまた明日!」

「身体には気を付けるんだよ!」

「はい……お疲れさまでしたぁ……」


 アルタイルとメリクは、部屋を後にした。

 ヴェラは自らの頬を叩き、調整を再開した。

 午前中と同じように、修正して、動かして、また動かしての繰り返し。


「はぁ……またダメかぁ……でも、完成に近いかも……」


……調整を繰り返す最中、扉が再び開いた。


「……ヴェラ、まだやってたのか?」

「あ、ポーちゃん……お疲れぇー……」

「ポーちゃんって呼ぶな、僕はそろそろ帰るが……まだやるのか?」

「うん……もうちょっとで終わるから……ポーちゃんが指摘してくれたところ、大部分片付いたよー……ポーちゃんが言ってくれた通り……全然ダメだったねぇ……」

「あ、いや……その……そ、そうだぞ! まるでなっていなかった! そう、まるでなっていなかった……うん」


 ポラリスの表情は険しかったが、その口調は、まるで妹を心配する姉のようだった。


「全く……これで体調崩したら元も子もないじゃないか……君はいつもそうだな、いつも全力全開で……この間だって、寝落ちして……まぁ……こうなったのも僕の責任なんだけど……言いすぎちゃったかな……」

「ん……? ポーちゃん、心配してくれてるんだぁ……」

「し、しんぱ……こ、これは! 君が故障したら、商品ができなくなるとかそういう意味で……あぁもう! 僕は帰るからな! 君も早く帰りたまえ!」

「うん…‥お疲れぇ……」


 ポラリスは顔を赤らめながら……扉を閉めた。


「かいちょーやふくかいちょー、ポーちゃんはああ言ってるけど……私がここにいるのはふくかいちょーのおかげだし……頑張らなきゃ」


 ヴェラにとって、この仕事は生きがいだった。

 この製作所の中で、「家名」を持っているのは、ヴェラだけだった。

 ヴェラたちのいる国で、家名を持っているのは貴族だけ……ヴェラも「カノープス辺境伯家」の令嬢だった。

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