第3話 ヴェラ・カノープス

 運転を再開したオムニバスは多くの停留所を通過し、女は目的の停留所が近づくと、運転手に降車を訴え、金を払って降りた。


「さぁて、早く行かないと仕事に遅刻しちゃう……」


 女は走った、仕事の為に。


「ふぅ……ようやっと着いた……」


 女の職場は……3階建ての建物だった。

 そこには大きく、「魔法機械商会ピクシス製作所」と看板が立っていた。


「おはよーございまーーーす! 『アルタイル』かいちょー!」


 女は扉を開けるや否や、上司のいる部屋へと駆けこみ、挨拶をした。


「おはよう、『ヴェラ』ちゃん! 今日も元気だね!」

「えへへ~実は今日、とってもかわいい地竜に会っちゃって~」

「あはは、相変わらずだねぇ……それじゃあ、ヴェラちゃん、さっそく『ポラリス』くんのいるところへ向かってくれ、例の『新しい工作機械』の試作品が完成したみたいだから」

「はい! 『ヴェラ・カノープス』! 持ち場に着きます!」


 女……「ヴェラ・カノープス」、彼女はこの商会の社員だった。

 ヴェラの担当は機械の製作や設計……この世界において、主に男が担う持ち場に、女である彼女が付くのは、異例だった。

 ヴェラは持ち場である作業場へと急いだ。


「ポーちゃーん! おはよー!」

「ポーちゃんって呼ぶな! 全く……お前が設計した工作機械の試作品、完成してるぞ!」


 ヴェラがポーちゃんと呼ぶ女……「ポラリス」は、この作業場の責任者のような立場だった。

 ポラリスも、この世界では主に男が担当する立場に立っているのは、異例だった。

 部下である作業員もほとんどが男……しかし彼らは、彼女には頭が上がらなかった。

 ポラリスは銀色に輝くショートヘアに、相手を射殺すような鋭い目、それを補強するような眼鏡、極めつけに、他の作業員よりも若干高い身長……彼女に口出しできるのは、彼女より上の上司か、ヴェラぐらいだった。

 作業場では、作業員たちがなにやら呪文を唱えながら、機械の調整を行っていた。


「どう? 順調そう? この機械かわいいでしょ? 気晴らしに『ダンジョン』に潜ってたらパッと思いつちゃってさー」


 ヴェラが設計した工作機械……その姿は、狼の魔物、「コボルト」を模していて、大きさは成人男性2人分の大きさ、人が後ろから乗り込み、重い荷物も簡単に運べるような魔法機械だった。

 ヴェラは笑顔で自身の設計した機械を語るが……ポラリスは、それとは反対に不愛想な表情だった。


「順調? そういう風に見えるか?」

「え? 違うの?」

「ぜんっぜんだ! いいか! まずここの術式! なんだこれは! これのせいで全く制御ができないぞ! おかげで一から術式を変えなければならん! あとここだ! お前が変にデザインに拘るから動かしづらいったらありゃしない! それから……」


 ……ポラリスは、機械の問題点を永遠と上げた。

 課題は山積み……しかし、ヴェラは嫌な顔一つせず、問題点をメモしていった。


「……以上だ! 早いとこ直して商品にするぞ!」

「オッケー! じゃ、今から術式考えてくるねー!」


 ヴェラは問題点をまとめ上げ、違う部屋へと向かった。

 ヴェラが消えた作業場、それまで作業員たちは大声で問題を指摘するポラリスをチラチラと見ながら作業を行っていたのだが……ポラリスのとある行動に、一斉に注目した。


「ああああああああああああ!! また厳しく言っちゃったあああああああああ!! このままじゃ嫌われちゃうじゃないかあああああああああああ!! 僕の馬鹿あああああああああああああ!!」


 ポラリスは……大声を上げながら頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。


「チーフ! だ、大丈夫ですか!?」

「し、しっかりしてください! ヴェラさんはそんなんで嫌ったりしませんよ!」


 作業員たちは……ポラリスを慰めるために、彼女に駆け寄った。

 ……それを受けて冷静になったポラリスは、まるで何事も無かったかのように立ち上がった。


「あっ……んん! ……お前ら! 今ヴェラが設計を考えている! 僕たちはそれを補強できるように調整を続けるぞ!」


 作業員たちは、ポラリスの言葉に答えるように返事をすると同時に……彼女の切り替えの早さに困惑した……。

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