第3話 My Name is ……

 なんとかケルベロスの巣から逃げ出した二人は、近くに魔獣まじゅうの気配がないことを確認すると、木陰こかげ一息ひといきつくことにした。


「……なぜ、お前のような『二流冒険者にりゅうぼうけんしゃ』の『雑魚ざこ』がこんな場所に?ケルベロスのような魔獣がいる森は、人間が一人でいては危険だぞ」

「命の恩人おんじんに向かって『二流』だの『雑魚』だの気に触るやつねぇ……それにアンタもその『人間』で『一人』じゃないの!!」


 ため息を一つ出し、少女はひとつをおいて話す。


「……まあいいわ。私の名前はカンナ。よろしくね」


 差し出された右手に、魔王の少年は素直すなおに右手をかさねる。


「カンナ、か。お前、せいはなんという?」


 その問いかけにカンナの表情が少しにごった。

 そして取りつくろったような笑顔を浮かべると、


「さぁ……忘れちゃった。私は生まれたときから両親のことを知らないもんだからさ」

「……そうか」


 しばしの沈黙。

 それを破るように、カンナは大きな声で、

 

「しっかし、ケルベロスが出るなんて話、聞いてなかったわよ。このあたりの森はCランクの魔物がたくさん出るから困っているって、村の人に言われて討伐とうばつに出たのに」

「村……?」


 ほとんど人の手が入っていない、原生森林げんせいしんりんの近くに村があるというのはおどろきだった。

 

「そう。滞在先たいざいさきの村の人たちがいい人でね。私のようなけ出しの冒険者にも良くしてくれるから、私もおれいをしたいと思って、指定された場所で魔物を狩ろうとしたんだけど……」


 ちらり。カンナが先程さきほど助けた、奇妙きみょう格好かっこうの少年の様子を見た。


「やっぱり、今日は魔物を討伐とうばつしに行くのはやめて、村に帰りましょう。それであなたの怪我けが治療ちりょうしてもらうの」

「怪我?俺は無傷むきずだ。いて言うなら、さっきの閃光フラッシュのせいで、まだ目がチカチカしているがな」


 カンナは少年の右手を取り、巻かれている包帯ほうたいに話しかけるように言った。


「何を言っているの?あなたボロボロじゃない。ケルベロスと戦う前からきっと重症じゅうしょうだったんでしょう?それに眼帯がんたいまでして――」

「やめろッ!!それに触るなッ!!」


 魔王はカンナが眼帯に触れようとした手をさっと振り払い、『右手がうずくポーズ』をキめる。


「間違っても『これ』を解放かいほうするなよ。俺がお前と『対等サシ』でこの場に存在そんざいできているのも『封印』の庇護ひごのおかげだということを忘れるな――」

「なにを言っているのよ!とにかく、一緒いっしょに村へかえるわよ」 


 いまいちピンとキていない様子のカンナは、ついてくるようにうながして村への道を進んでいく。

 

「しかし……どうにもおかしな話だな。ケルベロスがいるような森なら、Cランクの魔物はすべてヤツにくされているはずだ」

「え?そうなの?」


 カンナはうたがうこともせずにぐなひとみでこちらを見つめる。

 

「……いや、やっぱりなんでもない。気にしないでくれ」


 時間はちょうど正午しょうごを過ぎた頃だろうか。

 なにはともあれ、魔王はカンナの案内あんないしたがって『村』とやらについていくことにした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 しばらく歩くと、カンナの言っていた『村』が視界しかいに入り込んできた。

 簡易的かんいてき木造もくぞう住居じゅうきょ土砂どしゃみ固めて作られた道。

 村の規模きぼに見合わない大きな祭壇さいだんが、村人の信仰心しんこうしんの高さをうかがわせる。

 こじんまりとはしているが充実じゅうじつしている村だ。 


「カンナ、ただいま帰りました!」


 カンナが大きな声で帰宅の挨拶あいさつをすると、夕暮ゆうぐどきに食事の準備じゅんびをしていた村人たちが一斉いっせいに振り返った。


 ――まるで、ように。

 

「あー……おかえりなさい」


 一人ひとり年長者ねんちょうしゃと思われる女性が、まるで歓迎かんげいしているとは思えない挨拶あいさつを返してきた。

 炊事すいじをしていた手を麻布あさぬのきながら、嫌悪感けんおかんを隠すことなくこちらに歩み寄ってくる。


「困りますよ。私達が指定した場所に行ってくださらなかったんですか?」

「ええ……まあ。途中でこの人に出くわしてしまい……」


 カンナが隣で突っ立っている少年をしれっと前に出す。


「えっと……どなたでしょう?」

「そういえば、まだあなたの名前、聞いてなかったわよね。この機会きかいだし、ちょうどいいわ。教えてよ」


 ――ついに来たか、このときが。


 魔王が百年間も自室にもって考えた『名乗なのりの口上こうじょう』。

 さらにそれに付随ふずいする『ポージング』。

 それを披露ひろうするときがいま来たのだ。


「――俺の名前を聞きたいか。ならば聞け!」


 ごくり、村人とカンナは固唾かたずをのんで何が起こるのかをじっくりと見守る。

 日が暮れ、月が出るまでの刹那せつな間隙かんげきに、魔王の深紫しんしの瞳がえる。


「俺は『剣』と『魔法』の世界における『魔』をきわめし者にして、三千世界さんぜんせかい天上天下てんじょうてんげの『悪』をべる者!そう!!我が!!!名は!!!!まおぅ――」


『ギヤアァァァァァ!!』


 次の瞬間しゅんかん、金切り声のようにも聞こえるドスのいた魔獣まじゅうの叫び声があたりにひびいた。

 それは七度ほど山彦やまびことなって近くの山に反響はんきょうし、音の残滓ざんしで地面がれるほどの咆哮おたけびだった。

 

 そして、ようやく魔獣まじゅう咆哮ほうこうむ頃に残ったのは、両腕りょううでを頭の上でクロスして下半身かはんしんだけ仁王立におうだちしている奇妙な魔王いきものだ。


「ごめーん……名前のところだけちょうど聞こえなかった。もう一回、いい?」


 カンナが魔獣の咆哮ほうこうによってかき消された名前をたずねるが、もはや村人はだれも少年の名前などは興味がない様子だ。


「ま、まあ今夜はゆっくりしていってください。この村は自給自足じきゅうじそくの生活なので、たいしたもてなしはできませんが……カンナさん、明日こそは魔獣の討伐、よろしくおねがいしますね」

「……自給自足、か。大変だな」


 その日は、そのままカンナと分かれて眠るのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 村から離れたがけから、その少女は様子をうかがっていた。

 両目りょうめ千里眼せんりがんに魔力をこめると、水晶すいしょうをはめたようなひとみに月の光が反射はんしゃして黄金色こがねいろに光る。


 少女は肩の前にふわりと出した白銀はくぎんの髪の毛をいじりながら、声もなく笑う。


「まおうさま……みーつけた」

 

 次の瞬間しゅんかん、少女の姿は音もなくその場所から消えた。

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