第2話 Goodbye My Rival, Hello My Partner!

 遠くなっていく意識の中で、魔王は百年前に自分が戦ったある勇者の夢を見ていた。

 

 それは、光のたばを集めたような美しい金髪きんぱつ吸血鬼ヴァンパイアのように赤い瞳が印象的な女の勇者だった。

 

「……お前は魔法も剣も、どちらも他の勇者と変わらない実力だ。なのにどうして、他の勇者と比べ物にならないほど強い?」


 魔王は疑問に思い、眼下がんかでボロボロになっている勇者に問いかける。 

 一人でうずくまる勇者は、血がざったせきをしながら、必死に息を吸い込む。 


「当たり前でしょ……だって、私にはパーティーの仲間たちがいる」


 やっとのことで出した言葉も、今となっては説得力がない。


「なら、もうその力は出せないはずだ。全員を殺したからな」


 そう。魔王が全員殺してしまったからだ。

 冷酷れいこくで、非情ひじょう

 それこそが『魔』の王が最強である理由だった。

 

「……わからんな。貴様きさまが仲間を見捨て、自分のためだけに魔力を使っていれば、この魔王でさえも倒すことができたかもしれない」


 もう長くないであろう勇者に、魔王は純粋じゅんすいな疑問をぶつける。

 自分とはまるで正反対の相手にここまで追い詰められたその理由はなんなのか。

 

「見捨てる……なんてことはね、私は絶対にしないのよ。あなたのような心のないけものにはわからない……フフッ。なんでもないわ」


 殺意さついを込めた瞳を向けようとした勇者が、突然くすりと笑った。


「なにがおかしい。勇者よ」


 魔王のことをどこかあわれみを含んだ表情で勇者はみつめた。


「あなたにもあったのね。『感情』ってやつが。ほら、指先」


 魔王は自分の手先を見つめて驚いた。わずかながら、震えている。

 そこで初めて、自分は眼前がんぜん瀕死状態ひんしじょうたいの小娘に、生まれて初めて『恐怖』を抱いていることに


「……なら、この勝負は私の勝ちね。あなたに『感情』というものを自覚させることができた。これから先、あなたが戦うときには恐怖におびえ、死をおそれ、不安にられるようになる」

「そうか。なら最期さいごに、名前を聞いておこう。に傷をつけた勇者の名前を」


 魔王のはなつ、皮肉ひにくに満ちた言葉に動じることなく、勇者は息を吸い込む。


「……アセロラ・サンドラ」

「そうか。アセロラ・サンドラ。覚えておこう」


 見ると、もう長くない。 勇者のえるように赤い瞳から力が抜けていく。


「私は……これから死ぬけど――」


 次が最期の言葉になる。

 自然と、魔王は片膝かたひざをついて勇者の言葉に耳を傾けていた。


「あなたは……必ず負ける……私と同じ『心』を持った人間に、ね」


 そう言って、アセロラは満足そうな顔をして死んでいった。

 百年前、最も魔王を苦しめた勇者パーティーは、こうやって全滅ぜんめつしたのであった。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「――ながい、『夢』からめた気分だ」


 包帯が巻かれた右手を眼帯がんたいに当て、体をゆっくりと起こす。

 転送魔法てんそうまほうによって、頭の中が昏倒ドロドロしている。意識が定まらない。

 

「さて、ここは何処どこで、俺はなにを……」


 ゆっくりと伸びをすると、その手に生暖なまあたたかい液体がどろりと垂れ落ちてきた。

 ふと周りを見ると、岩をくり抜いて作った洞窟どうくつのような薄暗い空間にいる。


「……?」


 背中に寒気さむけおぼえながら、そろりと上をみる。

 

 ――ぎろり。


 こちらを射殺すように見下ろす目が六個、頭が三個。

 

「――まさか、転送魔法てんそうまほうでケルベロスの巣に飛ばされるとはな。これは残念だ。実に残念だ」


 急いで立ち上がり、包帯の巻かれた右手を上げ、魔力をり上げる。


貴様きさまらの方が、な。なにせ、相手が悪すぎる。天上天下てんじょうてんげの『魔』をべる魔王の前では魔物なぞ赤子同然あかごどうぜんよ。漆黒しっこく闇魔法やみまほう命脈めいみゃく穿うがつ!セイヤ゙ァ!」


 勢いそのまま、即興そっきょうの詠唱をし、魔法を放つ――ことができない。

 

「……」


 どうやらこの包帯、力を封印する目的でつけたはいいものの、少々力が強すぎたようだ。


「――貴様らには余りある栄誉えいよであったな。俺の姿を拝謁はいえつしたうえに、さらに魔法を見ようなどあまりにも……ひゃぁ!?」


 話を聞くまでもなく、ケルベロスが三方向から体を引きちぎろうと食らいついてきた。

 

「ここまでか……じゃないよ!助けて誰かぁ!」


 ケルベロスが俺を食いちぎるまでの数秒間で辞世じせいの句でもよもうかとした次の瞬間だった。


「ちょっと!諦めてんじゃないわよ!」


 ふと我に返り、前を見る。

 魔王の目に、金糸きんしんだように美しい金髪が飛び込んできた。

 巣を荒らされたケルベロスの怒気にも負けず堂々と立つ姿はまるで――


「――アセロラか?」


 あの、魔王の最大の敵である勇者とそっくりだった。

 

「私が隙を作るから、その間に逃げて!」


 しかし、すぐにそれは間違いだったと気付かされる。

 あの勇者アセロラにははるおとる剣技に体使い。

 ケルベロス程度ていどの相手でも自分の命が危うい、ただの二流冒険者のようだ。


「行くわよ!3・2・1!『閃光《《フラッシュ》』」


 使う魔法はただの目眩めくらましだが、少女は完璧なタイミングで炸裂させ、ケルベロスの視界を奪うことに成功した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

「――わからない。何故なぜ、俺を助けた?お前は俺を助けることにメリットがないし、お前のようながケルベロスを相手取っても、俺どころかお前の命でさえも危険だ」


 魔王は、自分の無力さをなげくよりも先にその疑問が頭を埋め尽くしていた。

 それに対し、少女はよりも少しうすい、緋色ひいろの目を細めて笑顔を作る。


「あなたは知らない人だけど、知らないフリはできない。私は助けを求めている人を絶対に見捨てたりなんてしない」


「……そうか」


 少女は、魔王がただ一人認めた勇者アセロラと同じ答えを持っていた。

 魔王には、それが偶然のことだとは何故か思えなかった。

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