魔王様は病気です!

田中健太

第1話 My Master, You Fool !

「皆さん集まりましたね。それでは、魔王軍最高指導会議をはじめます」


 魔王城の地下深くに位置する、日光など遠く届かない部屋に集められた十二人の魔王軍幹部たち。

 円卓に並べられたの椅子に、それぞれが座っている。


「おい、待て」


 魔王軍幹部の一人である『獅子王ししおう』レオニダスが会議の進行をさまたげたのだ。


「魔王様はどこだ」


 獅子ししの顔をした獣人じゅうじんは、主である魔王の席を見ながら問いかける。

 確かに円卓えんたくには一つ空席くうせきがあり、そこは魔王の座るべき椅子いすだ。


「どーせ、いつもみたいに自分の部屋にいるんでしょ?この百年、会議にすら出てないじゃん」


 調子良く返答したのは、椅子の上であぐらをかいている美少女、『水神すいじん』ウールだ。

 しかし、その答えに納得なっとくしなかった『獅子王』レオニダスは声をあらげる。


「そういうことを聞いているのではない!天上天下てんじょうてんげで最強の魔王様が、どうして百年間も外に出てこないのか聞いているんだ!」

「さあ?魔王様のことだからなにか考えがあるんじゃない?」


 ウールはレオニダスに対してそっけない態度たいどくずすことはない。


「それだけ理由を知りたいなら、自分で魔王様に聞いたらいいじゃん。『どうして百年間も引きこもりニートしてるんですか~?』ってさ」


 だが、それはできるはずのない提案ていあんだった。

 

『魔王の部屋は誰であっても入ることをきんずる』

 

 魔王がそう言って百年がたった。

 魔物は飲まず食わずでも千年以上は生きることができるため、部屋から出ずに百年過ごすことくらいは簡単かんたんなのだが、果たして部屋の中で何をしているのかは謎であった。


「魔王軍は人類の恐怖そのものだったはずではないか!なのに、この百年間で魔王軍は弱体化してしまった!魔王様がいなくなってからというもの……」

「それはぁ、あなたが弱いだけなんじゃないの?『獣人の王』さん?」


 ウールがレオニダスを逆なでするように横から口をはさむ。

 瞬時しゅんじに刺すような殺気をウールに向かって飛ばすレオニダス。


――ギィ……


 張り詰めた空気の中、不意ににぶ重低音じゅうていおんが部屋にひびくのを全員が聞く。

 ふと音の正体を探ると、部屋の重厚じゅうこうな扉が、開かれていた。

 魔王軍幹部以外にこの扉を開くことができるものは、ただ一人。つまり――


「――魔王様の入室です」


 薄暗うすぐらい部屋に外光がいこうが差し込んだ。

 突然の明るさに目を細めるレオニダス。

 目を慣らし、扉の外を見る。


「――諸君、待たせたな」


 そこには、全身を黒い装束しょうぞくで包み、同じく黒で合わせた眼帯を左目につけている少年がいた。


「――刹那せつなの休息だった」


 少年は不可解ふかかいな言動とクネクネした動きを挟み、右腕に巻いた包帯を見せながら入室しようとする。


「――さて、初めようか。終末への鎮魂歌レクイエムを……」

「いや、誰だ貴様」


 レオニダスは、たまらずに扉をしめた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「さて、どういうわけか説明してもらいますよ。魔王様」


 なんとか場を落ち着かせ、『魔王』をかたる少年の話を聞く魔王軍幹部たち。


おぼえているかぎり、魔王様は謎の刻印こくいんきざまれた眼帯がんたいも、奇妙きみょう魔力まりょくまれている包帯ほうたいも付けていた覚えはないのだが」 

「別にいいだろ!かっこいいじゃん、眼帯!」


 しかし、眼帯だけに限った話ではない。真っ黒の装束も、右腕に巻いた眼帯も、どれも百年前の魔王では考えられないほど


「ま、別にいいんじゃないですか?百年前の魔王様って、使えない部下は皆殺しだし、勇者が来たあかつきには骨すらのこさない。まさに残虐ざんぎゃく冷酷れいこくな魔王って感じだったし、私はそうやって感情出してくれる魔王様のほうがすきですよ」


 ウールがまた適当なことを言ってケラケラ笑っている。


「この百年間、何をしていたんです?見た感じ、百年間で魔王様が弱くなっちゃったように感じたんですけど」


 魔王は調子を取り戻したように右腕に巻かれた包帯を左手で抑え、眼帯をしていない右目をギラリとかがやかせた。


「――よく聞いてくれた。まず、右手に特別な魔力を込めてんだ包帯を巻き、うずく右手を抑制よくせいした。さらには刻印こくいんほどこした眼帯で左目の魔眼の暴走ぼうそうめ、きわめつけにコーヒーを砂糖もミルクも入れずにブラックで飲む訓練をしていた」


「……それを聞けて、安心しましたよ」


 ここまで口数くちかず少なく、横から見ていただけの魔王軍No.2であるレイが口を開いた。

 同時に、魔王の椅子にこっそりほどこされた魔法陣が展開される。


「……!!」


 魔王は必死に体を動かそうとするが、体が思うように動かない。

 

「……俺に何をした」

「私があなたにしたことは、簡単な忠告アドバイスですよ。百年前のから、魔王様は変わってしまいました。その頃から私の心は離れてしまっていたんです」


 魔王は何が起きているのかわからないまま、座っている椅子だけが白い光に包まれる。


「眼帯も包帯も、すべて私の言う通りに受け入れましたね。馬鹿ばかみたいに仲間なかま信頼しんらいするなんてこと、『魔王』であるならばしてはダメなんです。私のような不忠ふちゅう部下ぶかに足元をすくわれますからね」


 レイがつけている丸眼鏡まるめがねが白く、にぶく光る。

 

「長引かせても仕方がないので、最後に一つ、言っておきます」


 レイはそう言ってニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべた。


「魔王様は、病気です。『中二病ちゅうにびょう』という、立派りっぱな病気です。それでは……さようなら」


 次の瞬間、魔王は魔王城から姿を消した。


 

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