第12話:七代目山童は竜城攻略を切り上げる

竜城第三階層は相変わらずの洞窟風景で代わり映えもしない。


ただ、この辺りは他の攻略者の姿もまばらに見かける。四階層からはドラゴンが本格的に出現してくるため、その手前ギリギリで安全を確保しながら稼ぐという考えのようだった。


「今日はここまでだな。人もちらほら見かけるし、手札を見せたくない」


「そうだね、ちょうどよい頃合い。お腹すいちゃったし、ご飯食べよ」


言ってすぐにディールは魔術で転移脱出を試みる。


刻一刻と変化するダンジョンにおいて、転移は特定の扱いが推奨されている魔術である。ダンジョンは成長するので、座標が変わるためだ。


外を思い浮かべるだけで帰ることができる脱出は容易い。だが、逆にダンジョンの中に入る転移は座標ズレで簡単に死ぬ。昔には事故が多発しており、転移は脱出に限るというのが攻略者の常識となっている。


帰るのが簡単になるだけでもありがたいので、攻略者にとっては問題なかった。行きの転移ができれば、もっと最高なのは間違いないが、命あっての物種である。よほどのことがなければ、そんなことはしたくない。


気づけば、あっという間に外である。時刻は午後五時頃。夕日も見れそうだ。


「さて、行くか。予約は入れているが、希望する店は混むらしいし、遅れるのも悪い」


「やったー。これが楽しみで今日ここに来たんだよ。何食べようかな」


という訳で、俺たちは移動しようとした。


「あの! すみません! ちょっとお話良いですか!」


…ところで、女の子に声を掛けられる。金髪ロングで、整った顔立ち。すらりとしたスタイルで、モデルのようであった。


目立つルックスをしている少女だが、特に心当たりがない。そもそも誰なのかもわからない。俺たちよりも年下のようでもある、誰かの後輩とか妹とかなのだろうか。


「あ、えっと、その、あの、すっ、すっごく急なんですけど……わたし、一目惚れしちゃって!」


――流行っているのか、それ。横にいるディールを見て、お互いに頷く。そして、とりあえず話を聞こうと俺は前に出る。


「すみません、あちらの方なんです……」


何とも言えない悲しみが内から湧き上がるのを感じつつ、俺は後ろに下がる。そしてディールの肩を軽く叩いた。


「え、私? あー、へー、そう……え、私? なんで?」


「はい! わたしはゴリゴリマッチョの方に目がなくて、すっごくタイプなんです!」


そういえば、ディールは今マッチョ黒人だった。


なるほど、そういうタイプが好みであれば、声をかけたくなるな。


男が見ても、今のディールはカッコいい。肥大しすぎずに絞られた筋肉が、ローブコートごしでもわかる。そこに金髪スリックバックとサングラスでバッチリだ。俺も憧れている。


「あ、なるほどね、うんうん、ありがとうね。でもさて、君の想いに私はなんと返したものかな……」


ディールは困ったように顎に手を置く。


「理知的な物腰もギャップがあって素敵ですね……」


少女は盲目だった。ディールが何しても全肯定してしまいそうだ。


それにしても困ったなというところである。まさか偽装された姿にこういったアプローチがあるとは思わなかった。対応をどうするかも決めていない。ディールはどうやってここを切り抜ける気なんだろうか。


「よし、お互いのこともわからないんだ。とりあえず、ご飯でも食べながら話そう。イットー、カフェ行こう」


回答は先延ばし。お前、ご飯とりあえず食べたいだけとかじゃないよな?


「はい! 嬉しいです!」


……この子も、一目惚れとはいえ初対面の人にホイホイついていくのはどうかと思うが。まあ、いいか。



お互いに自己紹介をしつつ、軽く食事を楽しむ。少女はダンジョンネームをシスという。竜城の前で声をかけたように、攻略者だった。まだ若いのにこの仕事をしているということは、少し背景が複雑そうな匂いを感じた。


少し、ダンジョン攻略者の目線で目の前の少女――シスを観察する。


魔力の流れは洗練されていないが、コントロールの意思は感じる。我流……だが、ちょっとは教えを受けている感じか。悪くない。俺たちより年下でこれだけできるなら、ちゃんとした師につけばもっと伸びるだろう。可能性を感じる逸材だ。


唐突に脇腹を肘でつつかれる。ディールが俺の視線に気づいたようで、辞めろと物理的に教えてくれたのだ。結構痛い。それなりに怒っているようであった。


「なるほどね、シスちゃんはお兄さんと一緒にここら辺のクラン所属しているんだ」


「はい、しっかりしたクランというか、人数揃えてちょっと攻略しやすくするための集まりでゆるい感じです」


「ああ、なるほどねぇ。そうだね、五人はいないとカバーとかしづらいもんね」


「そうですそうです。でも、お二人はそのままで潜られていたんですよね、きっと凄く強いのでしょうか」


「まあ普通のレベルだ。俺もこいつも、ある程度の経験があるのでな」


シスは「おー」と何やら感心した様子で声を出す。


「暴君が居る竜城を二人で潜るクランなんてそう多くないので、あまり言葉通りには受け止めないでおきますね。」


「ふむ」


そういえば、確かに。


徘徊すると言っても、データを見るに三階層程度までならそこまで出ないだろうと思っていたし、感知できる自信があったからだったが、一般的ではない攻略になっているのは違いない。良い観察力だ。


「ところで、ダンジョン攻略関係がメインの話になっているが、こいつに一目惚れしたシスはどうしたいんだ」


また俺の脇腹がディールの肘で震える。内臓にやや貫通する痛みだった。こいつ、ざっくりと話を弾ませてから今日はこんなところでと引き上げるつもりだったな。


「そ、そうですね! えっと、あの、同じクランに所属したいです。あと一緒にダンジョンも潜りたいですし、その、こ、恋人にもなりたいです」


なかなかド直球で素晴らしい回答だった。ストレートに伝えられるのは良い子だ。


「ふーむ」


脇腹だけじゃなくて、足の甲も痛い。踏まないでほしい。傷つけたくないんだろうが、この子は結構本気で言っているから正面から聞いた方が良いだろうに。正面から聞いたらどうするかって? そのまま正面からストレートに斬って捨てるんだよ。


「俺がクランリーダーなので、クランへの所属は却下だ。あと、こいつは俺に一目惚れしているから、恋人も却下だな」

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