幕間:ディールは沖縄に慣れたい

今日の最高気温は26度ってラジオが言っていて、なんだったらセミも鳴いていた。

12月の季節感はどこに行ったんだろね? と素朴な疑問を持ってしまう。


沖縄は二季だぞとイットーが言っていた。どうも12月末頃からぐっと寒くなり、3月末までは寒さが続くそうだ。4月からはまたずっと暑くなる。過ごしやすい春や秋は、感覚二週間あるかないかなのでノーカウントだって。今まで住んでいた場所と違って異世界だ。


「ああ~、そういえばあの異世界転生系が更新されてそう。あとでチェックしないと」


今だったらもっと共感できるかも。私、転生じゃなくて転移だけど。異世界じゃなくて、同世界だけど。同じ国でも全然違うんだよね、沖縄。面白い。色々と知っていきたいな。


と思いながら、お世話になっている拠点の掃除をしていると、ラジオは今日の天気が晴れであることを伝える。紫外線対策もしっかりしろとも。


今日はイットーとお出かけだ。うちの総長は買い物に付き合ってくれる。筋金入りの世話焼きだなぁと思う。クランの理念もそうだけど、馬鹿正直に守って、人助けばかりしているのを見る。正直、けっこー変わっている。


「なかなかそうなれないから、眩しいな。ま、でもそれでこそ運命の人だね」


呟いてちょっと笑ってしまった。やっぱり最初の声かけはちょっとテンション上がりすぎてた。問題ないから、良いけどね。



「よう、ディール」


「よー、イットー」


「おう、元気なようで何よりだ。とりあえず、今日の買い物前にじゅんに先輩のところで偽装装備を手に入れよう。連絡して品物があるのは確認している。あとは俺が買うだけだ」


と、拠点まで歩いてきたイットーは挨拶も簡単に、そんなことを言ってきた。予定にない急展開である。しかも興味深い。


「偽装装備? え、それ高くない? あとなんで?」


「はっきり言うと、ディールの容姿はここだと死ぬほど目立つんだ。誰かがお前の姿をネットにアップする可能性も高いので、偽装装備でごまかせるようにしよう。前のクラン関係に足取りをつかませないためにもな」


「はー、それはありがたいけど、そんなに気を遣ってくれるんだね、イットー。なんというか、すっごいね」


正直に言って、だいぶ気が回りすぎている。偽装装備というのは、どんな品質のものでもそこそこの値段がするのに。


「ああ、確かに過剰と思われるかもしれないが、クランメンバーの健やかな生活を守るのが総長だと俺はでーじ先輩から習ったからな。できる限りの努力はしたいんだ。もちろん、嫌だったら嫌と言ってくれ。俺は俺が考える方法を選びたいが、それが最善とは限らないものだ。とはいえ、今回はだいぶ妥当だと思うが」


ふふん、と目を瞑って満足げに頷くイットー。うーん、なんとも過保護で優しい。こういう扱いはなかなか受けていないので、どうも落ち着かない気分になる。変なクランで変な総長だけど、悪くはない。気にかけてもらえるのは嬉しいし。


「そうだね、ありがとう。イットーが気遣ってくれるの嬉しいよ。さ、お店いこ」


まあ、けっこー普通に笑顔になっちゃうのは仕方ないってことで。



「おおお、めっちゃ見られているけど声かけられないね。うわ~楽~。このサングラス凄いね」


無事に……想像を超える偽装装備を手に入れて、イットーと街をぶらぶら歩く。ここはゲート通りと言って、近くにある米軍基地の軍人をターゲットにした飲み屋やクラブなどがある通りらしい。昼は大丈夫だけど、夜はあんまり治安良くないから歩くなよとイットーに言われている。


「ああ、正直に言って予想以上の性能だな。完全に黒人にしか見えないぞ。このゲート通りに馴染んでいる」


昼間で暑いからか人の数は少ないが、確かに白人も黒人も見かける。どの人もマッチョで半袖短パンだ。コートの前をしっかり締めて歩いているのなんて、私ぐらいか。


「何回も聞いてはいるけど、そんなに偽装効果凄いんだねぇ……ありがとうね」


「なに、じゅんに先輩とあんまさい先輩が頑張ったからさ。俺は今日顔出しただけで、また世話になってしまった……」


「今度お礼持っていくよ。今日の買い物で買えそうならそれでも良いな、二人が好きなもの教えてよ」


「そうだな……じゅんに先輩は回転寿司屋の茶碗蒸しが好きだな。あんまさい先輩はエナジードリンクだ」


「お手頃で助かる~」


そんなたわいもない話をしながら少し歩いて、タクシーを拾い、大型のショッピングセンターで必要なものの買い物を済ませた。偽装装備を付けたままだと買いづらいものがあったので、それはネットで買うとして、とりあえず必要なものが揃って助かった。



で、拠点に戻って、コンビニで買ったアイスコーヒーを飲みながらイットーと今日を振り返っている。テーブルの上にはサングラス。さすがに拠点では必要ない。マッチョはひとまず一時休止だ。


「買い物無事にできて良かったな。しかし、だいぶ買い込んだな、本。しかもかなり雑多に」


「読書は大事だよ。魔術をするなら読書しないと。魔術は想像力。イメージが描けるかどうかで効率全然違うじゃんね」


魔力の変換効率にも関わるし、命中率や威力含めて補正がかなりかかる。イメージできない魔術は使い物にならない。そして自分だけの想像力では広がりが作りづらい。なので、魔術を嗜むものは基本的に読書をしてイメージ力を鍛える。私の場合は自分が持つ特性の都合上、特に読書を多くする必要がある。


「それはそうだな。違いない。俺は文章よりも実際に使っているものを見ての方がやりやすいが」


イメージに繋がるなら動画を見るのも良い。イットーはそのタイプみたい。ただ、私はその方法に向いていなかった。


「ああ、良いよね。私も見て試すのはやったことあるけど、ちょっと好みじゃなかったんだよね」


「ほう? 好みとな」


「動画見てやる魔術は借り物って感じでね、イマイチなの。自分でイメージしてアウトプットするよりも、他者のアウトプットをそのまま拝借する訳だし。それがちょっとね、しっくりこなくて。勉強になることはたくさんあるから、今もたまに見はするけどね」


「なるほど、自分自身で作り込むタイプか。純粋な魔術師らしいな。そういう方法も悪くないと聞く」


「そうだよ、イメージさえできればどんなことだってできるんだから。ところでイットーはどうやって魔術使えるようになったの? 開示できる部分で良いから知りたいな」


「つまらん話だが、一通りは基礎としてなんでもできるように……が家の方針だった。あとは厳しい訓練でなんとか人並みになったという感じか。色々平行して習得する必要があったから、効率良くやるために動画が必要だった。多分丁寧に自分の中でイメージを積み上げていくのが苦手だったんだな」


なるほど、当たり前だけど色々な方針がある。そしてイットーの開示情報から、多少関係がありそうなクランが想定できた。ダンジョン攻略関係、基礎をこのレベルで固めるクランはそういくつもない。


彼が以前関わっていたクランは、おそらく血族系で「転座」「至途」「剛善」のいずれかと考えられる。どこもダンジョン発生当時から現代まで、一流の攻略クランとして知られるところ。他にも血族系なら「天津宮」もあるけど、そこにはそういう方針がないと知っている。


「話してくれてありがと。でも、私から見てもイットーはかなりできるよ。魔力の運びも使い方も丁寧で綺麗。最初は人の真似から始まったかもしれないけど、今はそんなことないさ。人並みのレベルじゃなくて、もっと上だよ」


「そうか、ディールに言われるなら自信もつくな。俺も総長としてはまだまだの部分が多い。多少なりの実力はあると理解しているが、上には上がいるからな。何事も鍛えていかないといけない……そのうち魔術の手ほどきをしてくれとお願いするかもしれん」


「いーよ、それぐらいは余裕で教えちゃうよ。まあでも、それならまず本を読まないとね。本は魔術の基礎だから。あとできるだけ雑多に読むのオススメ。今日私が買ってきた本とかも雑多でしょ」


なんだったら、グルメスポットの紹介や沖縄にある著名ダンジョンの紹介がされている本もある。


「そうだな。とりあえず、図書館にでも通おうかな……」


「いーね。あ、私も図書館行きたいから今度案内してよ」


と言いながら、ぺらぺらとダンジョン関連雑誌を捲っていく。あ、ここ結構気になる。ダンジョンの近くに良さそうなカフェがあるのかー。


「ねーイットー、この北谷のダンジョンってさ、今度見に行ってみたい。あとついでにここで夕日見ながらエスプレッソ飲みたいな~」


ということで、ちょっとお優しい総長にダンジョン攻略の提案をしてみる私だった。

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