幕間:じゅんには後輩を甘やかしたい

手先が器用という自覚はあったし、デザインも好きだし、と山童を引退する前から不定期で始めたアパレル仕事だったが、最近は贔屓筋も増えて、軌道に乗っている。


完全に新規で仕立てる仕事は少ないが、メンテナンスや加護の付与調整などで食うには困らない。ようやく小さいながら店舗も構えて、穏やかに過ごしている。ダンジョン攻略からの転職として、悪くないアガリだ。


沖縄市中央ゲート通り、元は食堂だったところを改装し、普段はスーツ仕立てたり、特攻服作ったり、ダンジョン攻略者の魔術アパレル以外もやりながら、まあまあ良い感じに忙しい。ただ、今日の午前は臨時休業。後輩が来るので、そっち優先だ。


「じゅんに先輩、ちーっす」


相も変わらず、どこか抜けた感じのする挨拶でイットーがうちに現れた。隣には新規加入したディール。クラン専用の連絡チャットで共有あったが、これはまた目立つ顔立ち。沖縄で普段見かけないタイプなので、あちこちから調査が入りそう。俺の好みではない。でも、美形ではある。


イットーの挨拶を聞いて、天を仰いでいるから多分まともっぽい。わかる。変だよな、イットーの口調。後輩っぽいけど、こんなあからさまな後輩っぽい口調するやついる? 舎弟いっぱいいるけど、こいつは生涯一人のレアキャラって認識。


「ようイットーとディール。魔術アパレルのアルハンブラへようこそ。メンテも仕立ても、このじゅんに先輩にお任せあれ」


何はともあれ、可愛い後輩を歓迎だ。



「で、今日のご用件は? 一応前もっては連絡で聞いているけど、他にもあるか? メンテは大丈夫そうだな」


イットーもディールも装備には自動修復が付与されている。そのため、よほどのことがない限りは大がかりなメンテは必要ない。


「そうっすね……今のところは大丈夫っす。一番優先度が高いのは偽装装備なんすよ。ディールが目立つなと思ったので、そこら辺どうにかできるアイテムが必要っすね。これないと買い物も面倒になるので、欲しいっす」


イットーは何かを思い返すように目をつぶる。確かにディールは目立つので、色々と声をかけられたり、どこのものか視線を送られたり、色々あると推測可能。苦労しそう。


「あーはん、了解。チャットで返信した通り、そういう装備はあるよ、なかなか良いやつを仕入れてある。懐はあったかいか?」


とりあえず、イットーがちゃんと稼いでるかを知りたいので簡単に質問をする。


「そっすね、結構最近に稼いだので大丈夫かなと思うっす」


「じゅんに? いいね、ちなみに他には何かあったりするか? ここに来るまでで思い出した奴とかあれば教えてくれ。うちで仕入れているものだったら、一緒に持ってくる」


「今日はディールの紹介と偽装装備ぐらいなので大丈夫っす、俺的にはじゅんに先輩が元気でやっているか見に来ただけっすね」


イットーは良い笑みを浮かべる。後輩っぽい口調よりも何もよりも、こういう風に気にかけてくれるという点が良い後輩としての振る舞いである。ちょっと生意気っぽいけど、口調で頑張っているからな。良しとしよう。


「はっは、あーいいね。じゅんに可愛い後輩にはちょっとだけ安くしてあげよう」


とは言いつつも、元からタダにするつもりだった。やっぱり先輩としては、七代目にはちょっとした贈り物ぐらいしてやりたい。それぐらい甘やかしてもバチは当たらないさ。



奥から取り出したとっておきの認識阻害サングラスをイットーに渡す。俺とあんまさいが共同で酒を飲みながら考えて作った逸品で、性能は保証できる。ただかなりピーキー。それでも良いなら、というところになる。


「よし、せっかくだ。これはタダでいい」


「え」


「じゅんにだよ。作ったは良いが、持て余し気味でな。まあ後輩の役に立つならその方が良い」


実際のところ、ちょっと外に売るにはハイレベルすぎる気がしたのだ。この認識阻害サングラス。材料も仕組みもこだわったので、半端ない金額で売らないと元が取れないのだ。ランクル300を新車で買うよりは安いが、普通に装備で出すには高すぎる。それぐらい普段やらないような贅沢な組み込み方をした。


「へー、なんか凄そうなのにタダでなんて先輩太っ腹っすね。大感謝っす。ところでこれ、ダンジョンの外でも認識阻害かかるんすか? 外で偽装かかるのが一番理想なんすけど」


「もちろん。こいつはあんまさいとの共同開発。中の仕組みも素材もあれこれと手を加えて、効率性を高めているしな。通常ならダンジョンの外だと、装備の効果を発揮するために使える魔力が少ない。これはダンジョン内魔力量に比べて、ダンジョン外魔力量は劣るから。だが、こいつは高効率でありつつ、本体そのものもバッテリーがある。ダンジョン内入ると充電すぐできるし、場合によっては着用者からの供給も可能だ。まあ七日は持つ」


ダンジョン攻略をする奴らはダンジョン外でも強いが、装備の稼働や身体強化する魔力が枯渇する問題がある。ダンジョン内とダンジョン外は空間に存在する魔力量が圧倒的に違うからだ。


この制約があるため、ダンジョン外でもある程度機能性を保てるような効率化が図られているのが良い装備だ。俺の見立てでは、ディールのコートは外でも涼しさや汚れ防止などは稼働している。ただ、攻撃の減衰などはほとんど機能させられないだろう。良い魔力糸が使われていて、コートそのものでも色々と工夫はあるが、これは世界の仕組みとして抗えない。


そこら辺を考慮しつつ、こうしたらかなり効率良く出来そうで作った試作品がこのサングラス。金がかかりすぎるので、石油王が顧客にならない限り、もう作ることはない。


「わーお、相変わらず、理不尽な技術力と情熱っすね……。じゅんに先輩とあんまさい先輩は『作れそう、面白そう』で開発することが多いっすけど。なんつーか、それで完成品ができるってのが良い点でも悪い点でもあるっす」


引っかかる点はあるが、後輩からのお褒めの言葉として受け取ろう。


「クリエイティブの女神が降りてきたら、前髪掴まずに抱くのが俺らの信条。あと、そうでもしないと、今の魔術アパレル業界は生きていけないの」


変な素材に変な加工、デザイン性から機能性までなんでも工夫して発展していく魔術アパレル業界。金が動くので、どいつもこいつも本気で日々作り込んでいく。メチャクチャ苦労する。でも、ま、楽しい。やりがいはあるので充実はしている。


「うーん、女神様も抱かれるとは思ってアイディアくれる訳ではないと思うっすけどね。まあいいっす、じゅんに先輩はイケメンなので多分無罪になりそうっす」


じゅんに? 信じて抱いてみたいものだ。実際に見たことないから抱けないのが残念。女神を抱いた男のアパレルって売れそうなのにな。


「さて、本題だ。この認識阻害サングラスは、かなりスペシャルでな。まあかけてみ」


イットーから受け取ったサングラスをしげしげと眺めてからディールがかける。効果はすぐに現れる。俺らは天才だ。


ディールの姿がスムーズに変わり、まったく別の人間が出現したようだった。肩口までのウェービーな銀髪は短くキロ揃えられたスリックバックの金髪に、透き通るような白い肌は黒くなり、女性の体つきから筋骨隆々のマッチョに、身長も195cmぐらいか? とかく偽装は完璧だった。


「!? うぇ、なんだこれ、全部変わるのか? 凄すぎるだろ! そしてやっぱりじゅんに先輩とあんまさい先輩はバカだな!」


イットーも後輩口調が吹っ飛ぶ。よしよし、びっくりさせられたな。ちょっと補足しておこう。


「着用者の肉体的情報をベースに可能な限り印象を反転させる偽装だ。性別は逆に、髪の色も別の印象のものに、体格や肌の色など諸々が反転の印象に切り替わる。スペシャルだろ」


俺の説明に、イットーは唖然としている。あれ、ちょっと飛び上がって喜ぶと思ったのにな。凄すぎたか。


「へえ、そんなに? すごいねえ。私からはわからないけどさ」


きちんと声まで変わっている。低音効いててメチャクチャカッコいい声になっていた。イントネも良い感じに調整されている。これなら誰がどう見てもディールとは思わない。やっぱり俺らって天才だ。


「ディール、これは凄いなんてものじゃない。とんでもないバカが作った神器だ。俺からお前がどう見えるか、イメージできるか?」


「? いや、なんか髪の色が変わったり、気配が希薄になったりとか? 普通はそういう感じでしょ?」


「そうか、俺には今のディールが高身長マッチョでクソカッコいい黒人に見えるぞ。金髪スリックバックで刈り上げもカッコいいな」


わかる。俺らもこうなりたかったな。普通に強そうでカッコいいもんな。


「!? うぇ、誰それ!? 私なの本当にそれ!」


「俺も頭がおかしくなりそうだが、じゅんに先輩とあんまさい先輩ならやるんだ。できるときはできる男たちなんだ。まさかこんな印象を根幹からガラッと偽装するような装備作れるとは思っていなかったが……」


これは褒めか? ちょっと審議。いやイットーだから、褒めてるはず。


「うわー、とんでもないクランのOBじゃん。凄いけど。うーん、目立つけど私ってはバレなさそうだね。さすがに。それぐらい厳ついなら勧誘も躊躇いそう。ナンパもこないなら、許容……できるかな……?」


「そうか。あ、あと服装は変わらないから、お前今、セーラー服とコート来てその姿だからな」


ディールがサングラスをそっと外すのを見て、俺とイットーは爆笑した。そうそう、肉体的情報と関係ないものはそのままだ。



「じゃ、イットーもディールも頑張れよ。今後ともアルハンブラをごひいきに」


後輩たちに向けて別れの挨拶をして、店から出ていくのを眺めていた。結局、「コートの前を常に閉じれば良いか……」と苦渋の面持ちでディールが飲み込み、無事にサングラスは役目を果たす機会を得た。とりあえず、あんまさいにもそう連絡しておこう。それにしても、なかなか良い魔術師だ。立ち振る舞いが洗練されている。経歴は知らないが、イットーは目利きなので実力は大丈夫そう。


あと他にもメンバーが集まれば、かなり高難度も潜れそうだ。今は新規主体と言っていたが、まだ未攻略の高難度はある。ここからなら、美浜の竜城ダンジョンとか、あとはパークアベニューのNYダンジョンとかも良さそう。まだ先だが、イットーはおそらく眼中に入れている。未来に期待だ。


俺ら山童は未踏踏破――未知に挑み、未踏のダンジョンを踏破して、関わる者への貢献を追い求める。六代目はちょっと力不足だったが、七代目はちょっと違いそうだ。今後の活躍を楽しみに、こっちも営業頑張っていこうと。とりあえず、オーダー取りにあちこち伺おうか……。

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