幕間:1
幕間:でーじは後輩を応援したい
「イットーの奴、ちゃんとやれているかなあ」
午後三時。めしでーじは地獄のようなランチタイムが終わり、午後の仕込みをするために一時閉店中。一仕事を終えた満足感が心地よい。褒美としてコーラを飲みながら、後を託した後輩のことを気にかけてやきもきしている。
三年前、たまたま色々あって転移してきたあいつを拾ってそのまま無理矢理に山童で世話を見てきた。実際、そんなに心配ないとも思っているが、世間知らずな面もあるので心配と言えば心配なのだ。
それでもイットーに山童を継がせたのは、性根が良く、ダンジョンで死なない強さがあり、それに真っすぐな献身を貫くからだ。
山童の理念は他のクランと違って、あまり自己利益を追いすぎない。普通なら、命を賭けたら見返りを求む。しかし、山童は他への利益も考えての行動を大切にする。理解しがたいレベルで、理念として。
イットーはむしろそれが気に入っているようで、いつもそんなに金を残さずにあちこちにばらまいている。やりすぎるなと言うと、「でも理念なんでしょうがないっすよー」と楽しそうに笑うのだ。
まったくもって良いやつで、あの外見に似合わない作りものっぽい後輩口調も許せてしまう。たまに、本当に似合わないから辞めた方が良いんじゃないかと思うこともあるが、あいつも結構考えてやっているから、俺ら先輩は応援している。似合わないけど。
今日は、仮加入のメンバーと新規ダンジョンに潜ると言っていた。多分そこまで深くなければ、うちの夜営業にはやってくるだろう。あいつが加入を許した女がどれほどのものかは知らないが、俺も一応真剣に確認するとしよう。
まあ、それも多分大丈夫だと思うけども。イットーは、嘘看破や悪意感知などのスキルも持っている。よほどのことがなければ、騙されることはない。
「あいつも、あれだけできて、あんな性格良くて、それでも元のところに戻りたくないってのがわからんな」
元々いたクランがどこかはわからないが、イットーが持つスキルや経験からみても相当高いレベルなのは間違いない。
おそらくプロやセミプロ、あるいはダンジョン攻略を生業とする名家と言ったところか。その辺でないと、なかなか説明がつかない。才能だけではなく、下地にはしっかりとした訓練や経験がある。それも相当に苦労するレベルで。
転移そのものは事故かもしれないが、元のクランに戻らない理由ってのは本当になんだろうな。
別に戻ってほしい訳ではないが、あいつはダンジョン攻略が嫌いな訳ではない。金を稼ぐのも、命を賭けるのも、許容して潜ることができる。高いレベルで攻略に励む方が良さそうに思えるのだ。性根からしても、前クランでのいざこざがあったというのも考えづらい。理由がイマイチわからないのは、やはり気になる。
――相談はないが、それはあいつの悩みであろうし、先輩としては少しでも力になってやりたい。
なんつーか、あいつには後悔ないように生きていてほしいんだろうな。俺ら六代目のアホどもとは毛色違うし。真っ当に頑張ってほしい。
「ダンジョンをさんざん一緒に潜って助けたり助けられたりしたんだ。ダンジョン上がってもそれはやらんとな、先輩として」
ダラダラと飲んでいたコーラが切れた。そろそろ夜営業の仕込みを始めよう。イットーたちもどうせ夜にやってきて攻略の報告をしてくれるだろうから、それに合わせて好きなものを出せるように。
■
夜営業が始まってから、想定していたよりは遅くにイットーたちはやってきた。
「でーじ先輩、ちーっす」
イットーは入るなり、いつも通りの後輩っぽい挨拶をしてくる。隣にいるのが仮加入のメンバーだろうが、これまた凄いちゅらかーぎー連れてきたな。ド美人じゃねえか。すげえ目立つ。
こいつ本当に騙されてたりとかしないよな? 先輩は信じているぞ。あとなんかお前の挨拶聞いて、信じられないものを見るような目もしているぞ。やっぱりその口調辞めたら? 似合っていないって目で言われているぞ。それも結構ガチめで。
「新しいメンバー紹介するっす」
「初めまして、ディールと申します。ダンジョンネームにて失礼いたします」
緩やかに頭を下げられ、丁寧な挨拶。いいね、まずはハードル1をクリアーだ。挨拶ができない奴はダメだからな。
「問題ないぜ、俺はでーじって呼んでくれ。イットーみたいにでーじ先輩でも、さん付けでも、なんでもいい」
「では、でーじ先輩と呼ばせていただきます。イットーのご厚意もあり、今日から本加入させていただきます」
仮ではなく本加入。よほどイットーと波長が合うのか、一回の攻略でそこまで決めたのは驚きだった。
事前に聞いていた通り、確かに手練れ。若さから考えられないほど、攻略者としての錬度を感じる。あん、年ももしかしてイットーと同じぐらいか? で、こんな感じで有能そうな奴か……こいつ、イットーみてえだな。転移してこんなところに来ているし、なんか似てるわ。
「そうか、良い選択だ。本加入をいきなりするというのはどうかと普通なら言うだろうが、俺はイットーを選ぶところにセンスを感じている。ディール、イットーはなかなか変わり者だが、底抜けに良いやつで俺の可愛い後輩なんだ。良くしてやってくれ」
「そうですね、私も良い選択と思ってますので頑張ります。こだわりが強いところはちょっと気になりますけど」
わかるわ、それ。ほんとそれな。この後輩はこだわり強いのがアレなんだよな。お前わかってるな。
――うむ、よしよし、ディールは大丈夫そうだ。俺の後輩は見る目あるな。忌憚ない意見を持つ奴が仲間の方が良い。
「うわー、なんか持ち上げられるのめっちゃキモイっすね……! 俺はそんな大したことないんで、勘弁してほしいっす。それよりもご飯食べたいんすよ、でーじ先輩」
腹ペコのクソガキがそんなことを言うもので、とりあえず肉とか揚げ物とか好きそうなメニューを出すことにした。
2人とも「うまい」「おいしい」「俺が山童入って良かった理由の一つ」「すごくわかる」「肉うめー」「唐揚げおいしー」など好き勝手に言いながら平らげていく。
「でもイットー、さすがにチョコパフェは食堂にないんじゃない?」「いや、でーじ先輩は甘党だから裏メニューであるんだ。普段出ないときは自分で食べているのだよ」などの好き勝手な会話も聞こえてきたが、イットーが普通の口調で喋っているのが新鮮で良かった。年が近い相手がいると、そういう風にもできるのは良いことだ。
ただ、俺の秘密をバラしたので、いつか〆る。
■
完璧に満腹にして帰してやった。とりあえず、七代目は大丈夫そうな滑り出しでほっとした。
「しかし、お互い似たもの同士すぎるな。そこが心配だ」
あの二人は似たところがありすぎて、クランの決定が偏る可能性がある。もし可能であれば、別の視点を持つ奴が加入すると良い。ダンジョン攻略は水物。攻略において先入観にとらわれたり、その場での思い付きで突っ走ったりは危険だ。なんとかできる実力があって、なんとかしてしまえる二人とは思う。なんとなくだが、この前の攻略も相当危険を踏んでいる可能性がある。
「とはいえ、俺ら六代目もイケイケであれこれやっていたし、言えたものじゃねえな……」
クラン同士での争いやダンジョン攻略でさんざん無茶をしている過去を思い出し、頭を搔く。それはそれで苦い教訓として生きているので、とりあえず伝えていくとしよう。なんにせよ、ほどほどに痛い目に会いつつ、あいつら七代目が頑張ってくれれば良い。
「七代目としての方針、また今度相談に来るつってたし、俺らロートルは待つとしますかね」
ああ、とりあえず、今日のところは営業終了だ。チョコパフェ……はもう材料ないし、ダッツでも食うか……。
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