第9話:七代目山童は勝利を目指し

難なく、クラン山童は5階層へ到達した。多少、魔力や体力は消耗しているものの、傷などはなく、攻略への支障はない。


5階層に至る階段を降りた先は、ただ通路が広がっていた。空気が変わり、ここが最深部であると経験から理解する。


罠は警戒する必要があるが、見通しは良いため、奇襲の警戒は不要。ゆったりと足を進めていくと、通路の途切れ、大広間があった。


部屋の中央、生命体が1つ。その魔物は大剣を背に座り、足を伸ばしていた。カリコリ、カリコリと固いものを咀嚼しながら、侵入者に目を向ける。


座った状態であるが、体躯はそこまで大きくないとわかった。しかし、その身から放たれる気配は十分な圧力を持って、山童の足を止めさせる。破砕音はまだ続く。カリコリカリコリと。


「こいつ、魔石を食べているっすね……」


「わぁ、イレギュラー行動じゃんね。これはちょっとヤバそう……やっぱり帰る?」


「かなり強そうなので、逃げたいぐらいっすねえ。無理そうっすけど」


ガキンとひと際大きな音、最後の魔石がかみ砕かれて響き、魔物は立ち上がる。


頭から突き出した三本角が王冠のように象徴される、その魔物の名はゴブリンキング。ゆるゆると大剣を掴み、蒼い瞳で山童を捉えて、顎を手でさすった。そして尊大に嗤う。


瞬間、暴風の刃と炎が鎖のように舞ってゴブリンキングを飲み込む。爆音、熱量、風圧が通り過ぎて、そこに残るのは――無傷のゴブリンキング、そして大盾を構えて王を守護する2体のゴブリン。山童を見据えて、咆哮が響いた。



山童が攻略をするより以前、ダンジョンの発生とともに、その魔物は最深部に生まれた。王たる威厳、自分が偉大であるという自負、魔物が目を覚ました時に持っていた持ち物である。


生まれてすぐに顎をさすりながら思索にふけり、ややあって伸びをした。考えがまとまったのだ。


ゴブリンキングは、王たるものとして、ひとまずこのダンジョンを制圧することに決めた。本能が訴えるのだ。さらなる力を求めるなら魔石が必要であり、それを手に入れるためには、王としての力を振るうだけで良いと。


ゴブリンキングは、さまざまなクラスのゴブリンをスキルで呼び出し、それらにダンジョンの探索と制圧、魔石の回収を命ずる。


そして王は魔力で産み出した大剣を背にして座った。臣下たちが己の勅令を遂行すると信じて、ゆるゆると眠りについた。


命令を賜った臣下はただひたすらに命すらも省みずに働き続ける。偉大なる王への忠誠は、命を使うに値する。魔物でありながら、それは本物で純粋であった。


時間が経つにつれ、魔石は王の前に積み上がり、そしてダンジョンからはゴブリン以外の魔物が駆逐されていた。


このダンジョンは元々、ゴブリン以外も出現するダンジョンであったが、王の一声により、ゴブリンの支配下となった。また生まれても、巡回するゴブリンの一団が駆逐していく。そして王の前に魔石が並ぶのだ。


集まった献上品に満足しつつ、王は手を伸ばす。カリコリと魔石をつまみ、財を蓄えるように、力が増していくのを王は楽しむ。


ダンジョンが囁いている。我とともに成長し、すべてを取り込んでいこうと。


言われるまでもないことだった。王は嗤う。

あとはいつか、これを振るうに相応しい獲物が来て、力を存分に発揮するのだと。

それもまた楽しみである。カリコリと音が鳴った。


いくつか日が過ぎ、ダンジョンが最深部3階層から5階層へと成長を続けるなか、強き人間たちの気配を感じた。また、支配のバイパスが繋がっていたゴブリンたちの消滅も感じる。


ああ、闘争相手が来たのだと喜びに震え、来訪を待った。そして、現れた彼らが繰り出した炎と風の魔術を呼び出したゴブリンロイヤルガードたちに防がせ、王は剣を掲げた。


いくぞ人間。王の戦を体感せしめるが良い。堪能せよ。


退屈に飽いた王の咆哮が大広間を揺らした。



すさまじい魔物である。


イットーにしても、ディールにしても、対峙するゴブリンキングの戦闘力には感嘆していた。上位の魔物というのは、人間さながらの戦い方、あるいはそれすらも越えるというのは理解していた。


――このゴブリンキングの戦い方は、強き王の顕現だ。


次々に多種多様なゴブリンを底無しに呼び出し、部隊編成をし、さらにゴブリンたちを複数のスキルで強化して攻め立ててくる。


相手にいかに優位を作らせず、自分たちだけに優位な盤面を作るか、徹底した攻防を叩きつけてくる戦闘スタイルであった。


「その癖、後方支援だけでなく、踏み込みのタイミングを伺ってるっすか! メチャクチャめんどいっすね!」


イットーは襲いかかるゴブリンソルジャーとゴブリンナイトの連携を見切り、纏めて一刀で屠る。支援するゴブリンウィザードへも速度に優れた雷撃の魔術を叩き込み、相手の攻めを区切った。


ディールの前に立ち、敵を近接させない鉄壁の立ち回りである。


「ある程度は抜けるけど、あの盾持ちは抜くの手数かかりそ。数も減らしながら、どこかで勝負をかけていきたいね」


大広間に展開されていくゴブリンたちは既に一群の様相である。


ディールは絶え間なく現れるゴブリンへ広範囲を薙ぎ払う魔術を次々に浴びせつつ、ゴブリンアーチャーの射撃を風魔術でずらし、ゴブリンウィザードの魔術を防御魔術で防ぐ。次々に現れる選択肢から最善を選びつつ、数による有利差を作らせない。


攻防は数で劣るにも関わらず、山童が優勢になりつつある。だが、優勢になりつつはあるものの、物量に対しては苦戦し、一気に形成を決定付けることができない。まだ勝敗は互いの間で揺れている。


ゴブリンキングは2名に手こずっている状況に特に焦りを感じたりはしない。


まだまだ兵の補充は効く段階であること、また直感的なものでイットーとディールが相応の強者であるというのを最初から理解しているためだ。


王として前に立って敵を斬り捨てるという選択肢はあるが、確実な勝利のために「相手の手札の確認」「疲労の蓄積」「魔力の枯渇」を重要視している。


手駒を豊富に持つ、王としての強さを生かした全力であった。


咆哮が響く。ゴブリンキングが指示を出し、新たな攻撃パターンが加わる。密度がより高まった隙のない遠距離攻撃の嵐である。矢が剣山の如く敷き詰めて打たれ、魔術も豪雨のごとく迫りくる。


「ちょっときついかな! まだまだいけるけど! ね!」


魔術で防御を行いながら反撃を繰り返すものの、先ほどよりも密度が高いため、ディールが押される場面も出てきた。


ゴブリンキングは呼び出すゴブリンの比率をアーチャーとウィザードに寄せ、さらに上位クラスのゴブリンアデプトも少量追加している。大魔術師の位をいただくアデプトはより高位の魔術を唱えて、攻撃に厚みをもたらしてくる厄介さがあった。


「ちっ、なかなか固いっすね。それに構成も面倒にしてきたっす」


ゴブリンランサーが槍を並べ、牽制を繰り返す。距離が少しできたところでイットーが魔術を放てば、それは前線に移動してきた盾持ちのゴブリンが弾く。防御陣は固くなっていき、王に届く気配は現状全くない。


時間経過はゴブリン側へ優位に傾くようになってきた。早めに手を打つ必要があると判断し、イットーは決断を下すことにした。


ここまで使っていない切り札を切って、多重に巡らされた防衛を抜き、ゴブリンキングを倒す。思考とともに、集中が深まる。


「ディール、切り札を切る。ゴブリンキングは確実に俺が仕留めるが、あの防衛をどうにかできたりするか?」


切り札とは、熟練のダンジョン攻略者ならひとつは持っている「場を打開するスキル」を指す。


しかし、大抵は後先を考えないほどリソースを使うアクションになるため、本当にここぞという時にしか使わないのが常識だ。まさしく、今のように。


「できるよ、私のとっておきでどうにかできる。でも、ちょっとこれ詠唱必要だから、気を引いて10秒稼いでほしい。そしたら、ゴブリンキングへの道は開いてみせる。開けたら、あとはよろしくね」


言葉は軽いが、ディールの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。高速での攻防を現状成立させられているとはいえ、負担は大きい。余裕があるうちに大技を叩き込んで活路を開く。そうすれば、イットーがゴブリンキングを打ち倒すとディールは信じている。なにもためらうことはなかった。


「任せろ、お望みであれば、10分でも稼いでみせよう」


イットーも軽口で返し、刀を閃かせる。刃の軌道上にいたゴブリンを3体を一息で斬り跳ね、大広間へ響く声を放つ。


『さて、ゴブリン諸君。俺と踊ろうか』


それは魔力が込められた言葉、音が届いた相手の注意を引くスキル。俗に挑発と言われる魔術によって、一群の気を引いた。


当然、イットーには一点集中で敵の攻撃が集まる。矢、魔術、剣、槍、ゴブリンの攻撃は嵐である。それを最小限の動きで見切りながら、イットーは生存する。


1秒、矢を見切り交わし、背後にいるディールから爆発的な魔力の高まり、2秒、ゴブリンの魔術を打ち払う、ディールが詠唱を紡ぐ、「塵は風に運ばれ、虚空へと帰す」、3秒、槍の刺突を斬り捨て、4秒、魔術を打ち込みひるませ、5秒、飛び掛かる魔物を殴りつけて掴む、6秒、掴んだ魔物を盾にし、7秒、矢だらけになった盾を投げつける、8秒、ディールの詠唱が佳境に入る、「定められし命を価値なき塵へ、希うは死」、10秒、「種を巻き上げよ風。眼前に求めるは荒野なり」。


ディールは魔術を完成させる。


『天病風』


声が虚空に消え、虚空より風が吹き、風に触れたゴブリンは塵となり、塵は虚空に消え去った。あとに残るは、王と盾持ち、


しかし盾は魔術を防いだ衝撃で砕け散った。イットーが駆ける。盾持ちは瞬きの間に切り捨てられた。


そして、そのまま流れるように繰り出されたイットーの一撃を王は受け止める。高く響く金属音。最後の戦闘が始まりを告げる。


ゴブリンキングは嗤う。ああ、やはり、強者。軍は敗れた。方法は知らぬ。では、王として単独で抗って打破するだけだと。


「俺と剣を合わせたな? さようならだ、ゴブリンキング。お前はここで死ぬ」


言葉とともに、イットーは切り札を切った。


刃を合わせた瞬間、相手が次に取る動きが影となって現れてイットーの瞳に映る。


対峙する相手1名への限定的な未来視、一族で伝承されるユニークスキル『始終一点』の発現。そして、未来視を確定させるための秘伝剣術『百二十手一手詰み』。


攻防は予知の影を通して既に未来にたどり着いている。ゴブリンキングの首は未来において空を舞う。それはこの太刀合いの確定事項であった。


ゴブリンキングのあがく振り下ろしも、もがく刺突も、その全ては範疇、一刀切り結ぶたびに、王は死へと近づくのを実感する。何をしても、全て返され、致命が迫る。


だが止められぬ、もはや息絶えるのが早いか遅いかの違いしかない。眼前の強者は自分よりも強い。抗う、抗う、抗うが、傷は増え、血は流れていく。


なんという絶望、なんという歓喜、求めていた戦いはもはや敗北と悟りながら、ゴブリンキングは満足をしていた。蓄えた力を投げうって、なおも届かなかっただけ。なんら恥じることはない。次の一撃を持って、自分は死ぬ。


だが、王は嗤い、大きく振りかぶる。王の一撃は高々く天より落ち、イットーはそれを地より摺り上げた一撃で迎え撃った。


互いの刃が交差する。イットーは山童の象徴たる礎和をすぱりと振りぬき、王の剣もろとも首を絶った。瞬間、勝利の光が満ちて、大広間には静寂が落ちた。


大小の魔石が床に散らばる中、ひと際大きな魔石が床に落ちて転がり、戦闘の終わりを告げる。

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