第8話:七代目山童は決断する
しばしの休憩のあと、再び攻略は再開された。4階層に降り立った2人は湧き出る敵を倒して魔石を貯めていく。
新たなクラスには遭遇していないが、引き続きゴブリンばかりを屠っての攻略は続く。
4階層に入ってからは、パターンが変わっていた。出現する数、そして出現する構成である。どちらも想定より悪い状況になっている認識だった。
「ナイト・アーチャー・プリースト・ウィザード……パーティー構成でまとめて出てくるようになっちゃった」
「そこまで強くないから薙ぎ払えているっすけど、連携は取ってくるようになってきたっすね。ちっと面倒っす」
魔物の中でも亜人系と呼ばれるタイプは、人間のように役割を分担したパーティーを組むとは知られており、ゴブリンやオークなどは特にその傾向があるとされている。
同種族ということが条件になると言われているので、見かけることそのものは少ない。これはダンジョンが基本的に複数の種族が出現するためだ。
少なくとも別種族でパーティーが構成されているというデータは未確認。なので、発生率頻度は低い。当然ながら、危険度も格段と高くなるので攻略する側としてはありがたくない。
と、4階層からはパーティーでの出現がデフォルトに変わっていたが、幸いなことにディールやイットーは強力な範囲魔術を習得しているため、苦戦せずに即時で倒せて問題は起きていない。ゴブリンであることから、耐久力がそこまで高くない点も味方していると言ってもいい。
しかし、イレギュラーな事態であることは依然懸念すべきであった.
「明らかにイレギュラーで確定、となると5階層はどうなるかな? この感じだと、確率は高そう」
「そうっすね、上位クラスがいる可能性は高いっすね……ここら辺で撤退するっすかね」
今回が組んでの初攻略である以上、安全を重視してダンジョンを脱出するというのがイットーとしては当然の選択だった。
特にディールはまだ仮加入中、あえて危険を犯す理由はない。決めたら、あとは帰る準備を済ませるだけだ。
このダンジョンの情報をしかるべき場所に共有しても良いし、あるいは攻略メンバーを新たに募って再トライしてもよい。
イットーの考えに思い至ったのか、ディールは目を閉じて首を上下させる。
「うんうん、なるほどなるほど。イットーはすごくリアリストだね。欲に駆られすぎず、慢心をせず、ここまでという線引きをしっかり定めて守れる。冷静で効率的で、シンプルな判断。それはなかなかできるものじゃないよ。さすがクランリーダーって感じ」
「そう言ってもらえると助かるっす。まあ、ここまでだとちょっと歯ごたえがなさすぎるかもっすけど。やりようは色々あるっすからね」
イットーの言葉に、ディールはにっこりと笑って返す。
「そうだねぇ。でもさぁ、イットー。呆れられるとわかっているけどさ、言っちゃうよ。今回で攻略しきっちゃおうよ、このダンジョンをさ。最後まで潜ってボス倒そ。私たち二人でさ」
笑顔から放たれたのは、刺激的な提案であった。イットーが予測していないほどに。
「それは……万が一があったらヤバいっすよ。正直、できないとは言わないっす。戦闘の感じからすれば、俺もディールも火力足りているし、意思疎通もこなれてきたとは思うっす。でも、完璧にはほど遠い。戻るのが最良なんすよ。それはわかっていて言っているんすよね」
「うん、もちろん、それはそう。わかりきっている。まったくもう、そこはイットーが考えているのと同じようにね。こういう時にどういう選択肢を取るべきかというのは。命は一つ、選択はミスらないように。でも、それじゃあ、つまらないじゃんね。イットーも実はそう思っているんじゃない?」
ディールはまったくいつも通りに素敵な笑顔であった。言葉は軽いが、笑顔は軽薄なものではない。
「無駄にリスクを取りたい訳じゃないよ、でもさ、許容できるリスクと感じているのであれば、取りに行く方が正解でしょ。戻るのは最良というか、無難ってところかな。でさ、なんとなくわかるよ、イットーは……まあ私もだからなんだけど、それじゃあ実際のところは満足しきれない性質だよね、違うかな?」
イットーとしては、ディールの言葉には頷けるところも多い。ただひたすら安全を求めるのは、その実として最良とは言えない。
『命を天秤に乗せるなら覚えておくべきだが――安全の重視は、適切なリスク管理の感覚を麻痺させる。適度に限界を超えれば、よりよく成長できる。死にたくなければ、常にほどほど死にかけていくのが正解と覚えておきな』
山童に入る前、まだダンジョンに入る前の幼少期の訓練でそういった教えを祖父より受け、それを守って生きてきた。
「やっぱり、その表情から見るとあってそうだね。もしかして、イットーは私が仮加入だから遠慮している?」
「そんなことはないっす。ただ遠慮というよりも、こういう状況での妥当な選択肢って感じで考えていたっすね」
だよね、とディールは笑顔を崩さず、人差し指を立てる。
「妥当よりも最善を行こうイットー、それが一等素晴らしいことだよ。私たちならできるって……うん、できそうじゃない? 多分きっとできると思うんだよねえ、できたら良いと思っているからさ。できないなんては思えない」
「……ちょっと自信なさそうっすね……まあ、そっすね。俺たちならできるっすよ。5階層に降りてみて、そこにボスがいたらぶっ倒して解決って寸法っすね。シンプルでわかりやすくて、ワクワクするっす。本当に自分でも驚くんすが、ディールの提案に、俺は乗りたいと思っているのは間違いないっすね」
イットーは自分自身が正しくない選択肢、論理よりも感情を優先して返信しているというのがわかっていた。
何もこの先のことはわかっていないのだ。この時点でボスを含めて完全攻略をすると決め込むことは、あまりに良くないのだ。
だが、それでもどこかこのディールの提案には魅力を感じて乗りたくなってしまった。
「やった~、イットーが乗ってくれるのめっちゃ嬉しいよ。それでこそ、私の一目惚れ、運命の人だねぇ。惚れなおしちゃうよ~」
くるくるとその場を回りながら、ディールが喜ぶ。白いローブコートがふわりと舞い上がって、気分の良さと連動しているようだった。イットーは「そこまで喜ぶものかな?」と思ったが、悪くない気分だったので良しとした。どうにもこの魔術師は波長が合う。
「そうっすね、最近はどうも予測のつく範疇に納めすぎていた気がするっす。ディールの提案に乗るのは、俺が心のどこかで必要と思っているからすかね。悪くはないっす。決めたら、やる気がでてきたっすね」
「お、それは良かった。ああ、そうだ。じゃあ私は今を持って本加入で良いよ。一蓮托生でいこう。クランメンバーとして所属して、私の本気を示すよ。も、もちろん、嫌じゃなければね……」
クランメンバーになるということは、クランを軸にした意思決定に従うということ。軽はずみでの所属は、非常に甚大なトラブルに発展する可能性があり、非推奨である。しかし、ディールはやはりそれもわかった上で本加入をしたいとイットーに告げている。
「なんか、ディールは俺が思っているよりも面白いやつっすね。悪くないっす、一緒に戦うなら気が合う方が良いし、それに俺に足りない一歩を踏み出させてくれるってのはありがたいっす」
クラン七代目山童は、こうして構成員二名となり、イレギュラーダンジョンの攻略を決定したのだった。
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