第7話:七代目山童はゴブリンを蹴散らしていく

踏み入れたダンジョンは、長方形に加工された石材で構成されていた。


大気中の魔力が壁や床と反応し、光源もないのにほの明るく、視界は確保できている。ダンジョンは構成物質に魔力が含まれており、こういった現象が起こるので歩くのに支障はないのが良い点だ。


ただ一つ、このダンジョンの問題があった。床が硬質な石のため、慎重に歩いても足音が鳴ってしまう。反響は遠くまで響くだろう。


こういったダンジョンは魔物へ気づかれやすく、先制攻撃などがやりづらいなどデメリットと言えた。魔物からの音も聞こえる点はメリットだが、反響をすることで計測がしづらくなる。


イットーは斥候の経験や訓練を重ねているのでどうにかなるが、特に経験のないディールにとってはデメリットの方が勝っていた。


「イットー、魔物の気配探知はいけそう? あと消音使えるけど、先がわからないからなるべく魔力使用は控えておいても大丈夫?」 


「問題ないっす。何かあれば、ハンドサイン出すっす」


ディールはその言葉に頼もしさを覚えつつ、イットーのスペックに内心驚いていた。見るにイットーは近接を得意とするとわかる。一目で見ればわかるほどの業物の刀を持っており、それを扱える力量があるということを意味しているからだ。


また魔術も使えるのも間違いない。それはイットー周辺で揺れる魔力の流れからわかる。薄くだが、常に魔力で身体を覆うように簡易的な防御を行いつつ、大気中に浮遊する微細な魔力の吸収も欠かしていない。魔術を基礎から丁寧に積み上げた人間の振る舞いだった。


(私と同じ年齢なのに、どの指向性においても卓越したスキルがあるみたい。虚勢でも見栄でもなく、イットーからはできるに足る錬度を感じる。どうすれば、これほどのスキルをこの年齢で……。そしてこれぐらいできるのに、どうしてこんな地方にいるのだろう)


ディールから見て、イットーの技量は一般的を逸脱していると認識した。顔立ちや転移をしたという話から、そもそも沖縄以外から来たというのは知っている。


では、いったいどこからだろうという疑問は感じざるを得なかった。これぐらいであれば、もっと名前が売れていてもおかしくなさそうなのに、と。


実力者の引き抜きやスカウトが日常茶飯事のダンジョン攻略界隈。知らないのが不思議なぐらいの実力者だ。


(とはいえ、私も情報開示していないことが多い。別にむやみに隠したい訳じゃないけど、急に話されても困るだろうし。イットーは信用できるから、ダンジョン攻略しながら関係性を深められたら話そっと)


相手の細かなところを詮索しすぎるのはよろしくない。まずは事実を認識しつつ、追々どこかで話し合う機会などがあればそれで良いとディールは自分の考えをまとめた。


焦りすぎることはない、新規ダンジョンでの攻略程度。それもまだ、初めての攻略が始まったばかりなのだから。



ほどなくして、イットーは立ち止まり、後ろ手にハンドサインを送る。事前に定められたハンドサインは停止を示していた。


お互いが立ち止まると、ハンドサインは形を変え、3体、そして人型であるという情報に変わる。二人は敵に備える戦闘姿勢で、相手を待つ。


通路の奥からは、ガチャガチャと金属音を立てて武装した小鬼が3体現れた。ゴブリンソルジャーと呼ばれる魔物である。


視認された直後、風の刃が通り抜け、3体を静かにバラバラにした。警戒していたディールが先制で放った一撃である。


(早い! 信じられないぐらい滑らかでスムーズな魔術。発生位置も自分たちを巻き込まないように考えられているし、反響音を防ぐように消音魔術も重ねている……ディールは俺の想定よりもかなり力量が高いな。俺と年齢が変わらないのに、間違いなくエリートクラスの魔術師だ)


魔石に変わるゴブリンソルジャーたちを見ながら、イットーは感心した。


今の一手がどれほどのものかというのは、魔術を多少なり嗜むからよくわかる。非常に頼りになる後衛なのは間違いない。


前衛として、自分が足を引っ張らないようにすれば、間違いなくダンジョンは攻略できるだろう。


お互いに力量への信頼と確信を持って、ダンジョン攻略は進む。



それからしばらく探索を続け、階層をいくつか降り、警戒に向く場所で結界を張って休憩を行うことにした。


新規ダンジョンにしては広く、階層もそこそこ深いというのがここまで2人の感想であった。消音や認識阻害を結界に組み込み、ここまでの雑感や認識をすり合わせていく。


「ふー、ゴブリン系のダンジョン、それもそれなりの規模……どうもちょっと珍しいっすね」


「新規にしては、だいぶ大きい感じがするね。今ここ3階層。なんとなくだけど、5階層ぐらいはありそう」


通常知られる新規ダンジョンは、深くても2階層程度。下手をすると、1階層というのも珍しくはない。ダンジョンは発生から時間経過とともに成長を続け、ダンジョン内の構造変化や出現する魔物が変わる。発生してすぐに深い階層を備えているというのは、イレギュラーなのだ。


「俺もそれぐらいとは思うっす。さて、どうしたものっすかね。このまま進んでも良いっすけど、多少なりリスク判断は必要と感じるダンジョンっす。遭遇頻度も高いってのも考える材料っすね」


ある程度の規則性があること、攻略の経験が生きることは間違いないが、ダンジョン攻略に絶対はないというのは常識である。


状況に応じて方針を定めていかなくては、大きなミスに繋がる。現状までが問題なくても、先のことを考えた上で進めるというのは二人にとって必須だった。


「そうだね、撤退の検討については賛成。ゴブリンしか出ないし、ここまでの出現タイプもバリエーションがある。ちょっと通常のダンジョンとは異なるって感じ。どこら辺でラインを決めるか、だね」


「ゴブリンソルジャー、アーチャー、ライダー、ウィザード、プリースト、ナイト……俺とディールの先制攻撃や火力なら全然どうとでもなる範囲っすけど、ここからさらに上のクラスが出てくる可能性は想定できるっすね」


「そうそう。ジェネラル、メイガス、ヒーロー、アサシン、あとキングやクイーンとかが出ちゃうと面倒になりそう。そこら辺は相手したことないけど、データは見たことある。基本スキルが洗練されるし、ユニークスキルもあるから、リスクはだいぶ勘定しないとねー」


「そんな上位クラスがいきなり新規ダンジョンで出るとは思いたくないけど、可能性がゼロではないっすからね。見かけたら、いったん静かに撤退が安全っすけども……」


「良いと思うけど、倒せるという気もする。余力はまだあるし、撤退を本線にしつつ、やれるところやっていこう」


「了解っす。まあ、トラブルも多いのがダンジョン攻略っすから、臨機応変で」


「それじゃあ、もうひと踏ん張りがんばろー。あ、その前にチョコ食べる?」


言うやいなや、ディールは魔術を介して別次元に用意してあるアイテムストレージからチョコを取り出し、イットーに渡す。


感謝を述べてから、イットーはチョコを口にして舌先で転がした。深い甘味とほのかな酸味のミルクチョコレートは疲れた身体を癒す。


「うまっ……今日はダンジョン出たら、チョコパフェ食べたいっすね。せっかくなんで一緒に行かないっすか」


「え、いくいく。それはいくに決まってるよー。イットー、けっこー甘いもの好きなんだね~」


「……なかなか甘いものを食べさせてもらえなかった育ちのせいっすね」


今の時代、男が甘いものを食べようが恥ずかしがる必要ないが、イットーはそんな言い訳を述べた。


ディールは、明らかに照れ隠しだろうなと看破しつつ、「いいじゃん、一緒に甘いもの食べていこーよ、私も甘いもの好きだからさ」と笑うのだった。

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