第4話:光とともに銀髪の少女は目の前に現れて

光が収まると、波打つ銀髪が目の前で沈む。少女が着地して、座り込むような姿勢でそこにいた。


顔が下を向いているので表情は見えない。肩口まで伸びた髪が放つ光沢は、鏡と見間違うほど。地面に裾が広がり、そこだけ雪原を思わせるローブコート、その隙間から黒を基調としたセーラー服に襟元の黒いリボンが見えた。


「――あれま、跳んじゃった、か」


声は凛として高く、小さくもはっきりと耳に届く。声色の印象はどこか愉快げ。ふんわりとしたウェーブの銀が揺れた。顔が上がり、瞳、冴えた蒼さは瑠璃。あるいは晴れに澄んだ海。なのに印象は強く燃える炎のよう。俺を見て、一つ瞬きをした。


「初めまして、運命の人。実は今、あなたに一目惚れしたのでちょっとお時間いただけます?」


そして心底びっくりするぐらいの笑顔で、俺に新興宗教みたいな声かけをしてきたのだった。


「……それは光栄っすね、じゃあまずは話を聞くっすよ。俺からも質問あるんで」


とりあえず、会話ができるし、敵ではなさそうな素振りだ。怪しさはある。だが、いきなり敵対的になるのも意味がないし、警戒はしつつ話を聞いてみよう。


一応、ここにいきなり現れた理由にはいくつか予想がつく。それはたまにであるけど、ダンジョン特有の事象としては知られていることだ。


「あ、察し良さそうな対応で助かる~。別のダンジョン攻略していたのだけど、どうやら突発転移しちゃったみたい。日本よね、このダンジョンは……あなたも日本語通じるし」


少女はそう言って周囲を見回し、後ろに落ちていた魔石と宝箱に気づく。


「あれ、もしかして戦闘直後だった? 良かった、最中に現れなくて」


ダンジョンで起こる突発転移。ダンジョンの免疫反応とも言われ、罠として発動し、時折起こる事故として知られる。


自分も過去に起きたことがあるので、これは理解できる。また、少女の言動や反応からすると、ダンジョン攻略にかなり慣れている様子だ。いきなり魔石を拾って逃げることもないし、宝箱を開けたりもしない。盗みを働くタイプではないのもわかった。


「レアドロップの光とともに現れたから、びっくりしたっすけどね。ここは沖縄の新規ダンジョンっす。街中にあって危ないんで、今から潰すところっすよ」


「ははっ、タイミングやっぱり良かったみたい。なるほど沖縄か~、けっこー遠いところ来ちゃったな……なるほどなるほど想定外だったな~」


少女は笑いながら、頭の後ろで腕を組む。まあ、どこからにせよ、沖縄以外からの転移であれば長距離の転移になる。それにしても、なかなかそんな突発転移は稀であると思うけれど。いざ起こった時に困ってしまうのは、実にわかる。体験したことがあるから。


「俺も突発で跳んだことあるので気持ちはわかるっすよ。ダンジョン潰したら帰還のお手伝いするので、とりあえず魔石と宝箱開けていいっすかね」


少女が現れた位置の後ろに、ちょうど先ほどの魔物から出た魔石と宝箱がある。


ドロップと転移、別々の現象がたまたま重なっただけで良かった。本当に女の子がレアドロップだったら……どうしようかずっと悩んだだろう。


「ああ、ごめんなさい。はい、どうぞ……あ、ちょっと離れておくね」


俺と宝箱から距離を取り、少女は再び周囲を見回す。その間に魔石を拾う。魔石はそれなりの大きさで、これなら5万程度にはなりそうだ。宝箱は魔術で罠判定し、問題なさそうだったのでさっさと開ける。中にあったのは、魔力のこもったインゴット。詳細はわからないので、あとで鑑定で確認しよう。


「こっちは用事終わったので、ダンジョン潰すっすよ」


「おっけ。ダンジョンコアはあっちかな?」


指し示す先に対して頷き、お互いで並ぶようにして進む。一応、まだいつでも相手が裏切る可能性も考慮しながら。


「あ、そういえば名前言ってなかったね。私はディール。あ、もちろんダンジョンネームね」


「カッコいい名前っすね、俺はイットーっす。同じくダンジョンネームっすね」


ダンジョン攻略はお金が絡む関係も多いので、あまり本名で呼ばない。呼称はそれ用に別途用意するのが一般的だ。隠していてもある程度はネットでわかるが、やらないよりはやっておいた方が良い程度には便利。


「ディール、とりあえずここを出たら話をしっかり聞く時間を取るっす」


「ありがと。イットーに会っていなかったら、怯えながら脱出しないといけなかったし、ほんと助かるよ」


少女は笑って親指を立てる。ノリが軽い感じで、まあなんか警戒心が削がれる。一応、スキルでの嘘判定にもかからないし、悪意感知もかからないから大丈夫そうだけど。相手が対抗策を持つ場合、スキルは絶対ではないというのがあるからなぁ……。


軽い雑談を挟みながら歩いていると、ほどなく壁に埋め込まれたダンジョンコアが見えてきた。


これまでにも何度も行ってきているので、特に躊躇せずに破壊する。ダンジョンの壁が苦しみで鳴動するかのように震えながら、淡い光を放つ。ほどなく光が視界を覆い、やがて肌に亜熱帯気候特有の湿気と太陽の熱が伝わってきた。ダンジョンコア破壊によってダンジョンが消滅し、俺たちは外に追い出されたのだ。


「うわ、日差しが痛い! 本当に沖縄なんだ~」


時刻は正午近く。雲少ない晴天、横には太陽のまぶしさに目を細めるディール。なんとなくだけど、肌の白さやこのセリフからしてこいつ北国の方から転移してきたのかもしれない。


まあ、ここら辺はあとで聞けばいいや。せっかくダンジョン攻略終わったんだ、さっさと換金してメシ食べてこようっと。



「へ~、私の地元じゃ見かけないお店だ。これ沖縄だけなの? え、メニューもけっこー多いね。どれにしようかな……なんかこれ良さそうだし食べよ、めっちゃチーズ入ってるし美味そ~」


「ここは奢るからなんでも好きなもの食べていいっすよ、金額気にせず。サイドも込み込みで大丈夫っす」


「え、本当に良いの? ありがと~! じゃあこれね、このウルトラメルティっていうハンバーガーをセットで。あれ、サイドメニューってポテトじゃないの? スーパーフライ? カーリーフライ? よくわからないけど、セットは君のオススメでお願いします」


「遠慮しないことはいいっすね。じゃあ、せっかくなのでカーリーフライとルートビアにしておこうっすかね。あ、フライドチキンも頼んでおくっす」


「あはは、フライドチキン以外は全然わからねぇー。早く食べてみたいな、楽しみ~」


という訳で、困っているであろうディールを連れて行きつけのハンバーガー屋に来た。本当はもっと別の店でも良かったのだが、ディールが物珍し気にお店を見ていたのでここにした。


何はともあれ、とりあえず腹ごなしをしつつ、状況を確認しておきたかった。クランによって色々な理念があるが、山童はダンジョン関係で困っていて敵意を持たない人は助ける方針なのだ。


なお、敵意を持つ奴は、とりあえずその場で〆るのもクラン方針だ。そんなにやったことないけど。



「では、奢りごちそうになります! いただきます!」


注文してほどなく、頼んだものが席に運ばれてきた。ディールがカーリーフライをつまむのを眺めつつ、俺は即座にルートビアをキメる。


喉へ液体が流れ、鼻から脳天へ抜ける最高の香り。仕事終わりにはマジで美味い。缶でも販売しているけど、やっぱり生。店で飲む生ルートビアが一番美味い。これにフライドチキンを合わせて食べたら最高。きっかけを作ってくれたあの鶏っぽい魔物に感謝。そういえば、あの大きさなら、何人前になるんだろう……。


「おおー独特~。なんかこのルートビア? けっこう薬湯っぽくない? 私、こういうの慣れているけど、甘さと炭酸があるの初めて。新鮮だね、うんうん」


ディールはそんな感想を述べながら、ちびちびと飲んでいく。美味いだろ。


「清涼感はあるし、この気候だと美味しいね。人によっては湿布の匂いがする飲み物とか言われそうだけど」


「そんなことを言うやつは死なす」


俺の持てる全スキルと修練と経験を駆使して、絶対に。


「わあ、下っ端みたいな口調なくなるぐらい本気なんだね」


ディールはあきれたように笑い、俺を見ながら、そんなことを言った。男が好きなものに本気になるのは、当たり前だろ。

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