第7話 調査2日目① 襲撃

 目を開けると汚れた天井。少しかびていてクモの巣なんかが張っている。ああ。ここは私の小屋だ。今まで何をしていたか思い出そうとする。ズキリと頭が痛い。確かドラセナとのペア調査を終えた後、隊長の工房に行ったはず。その後は向かいのライラックの工房の扉を叩いた。結局コンタクトは取れなかったはず。それで帰って寝た? きっとそうだ。


 私はやけに重い体を起こす。グー、パーと繰り返し握り込んでみる。肩を触って首を回す。ネックレスに触れる。そしてベットから出る。両足を付けると床が軋む。頭の痛みも自然になくなった。慣れない環境で少し疲れていたのかもしれない。


 どのくらい寝ていたのかを確認するために小屋から出る。大きく伸びをしていると誰かが話をしている声が聞こえる。ローズの工房の前で誰かが倒れていた。あれは桃色の頭。ネリネはローズに抱きかかえられる。



「ちょっと! 何があったのよ!」



 私が駆け寄ると、後ろからもの凄い勢いで何かが飛んできた。ローズはそれを見ると彼女のことをゆっくりと地面に降ろし、姿をくらました。飛んできた狼は彼女のローブを咥えて体を持ち上げる。適任者にここは任せて、私はローズの行方を追うことにした。


 魔法使いの行方が知りたければその場所に微量に滞留する魔力を辿ればいい。ただ、この場所はヘドロのせいもあり上手く魔力を感知することができない。加えてローズの魔力は色々な混じりが多くて見分けづらい。


しかし、居ても立っても居られなかったので拠点の周りを回ってみたが、彼女を見つけることは出来なかった。





 時間は少し進んで、2日目のペア調査の時間。正確に言うとネリネとローズの調査の時間に事件は起こった。


 私はドラセナを、ネリネはローズを、ローズとドラセナはお互いをそれぞれ指名した。分かりやすい指名であった。やんわりではあるがチームが二分割されてしまった。ドラセナはネリネを避けている節があるので次はローズを指名すると予想し、私はドラセナを指名した。彼の方が上手く情報を持って来れそうな気がしたからだ。


 


 ネリネとローズを送り出して、私とドラセナもとりあえず拠点から出て調査の相談をしていた頃。血塗れのローズが突然姿を現したのだ。



「ネリネちゃんが! 襲われてて、助けに行って!」


「「え!」」



 彼女は肩を震わせながら、地面に崩れるように倒れた。ドラセナは白い顔を引き攣らせている。



「ここからちょうど真反対の位置。すぐに分かると思うわ」


「わかった。今すぐ向かう! 貴方を拠点に運びながら──」


「ローズさんは僕に任せて。エリカさんは早く向かって、すぐに追いつきますから」


 ドラセナはローズを担ごうとした私の背中を叩くと、詠唱を始める。それを見て私はネックレスを握りしめる。私が出せる最大速度を出すのだ。胸に鈍痛が走るが、構わずに集中する。すると、私を照らすように光の柱が出現する。光は収束し発散する。私の背中には純白の羽が生える。


 私は大きな翼で羽ばたく。空は今この瞬間私だけのものだった。空を、雲を、踏み締めるように駆け抜ける。ネリネたちの位置はおおよそ見当がついた。より濃いヘドロの魔力を感じる場所に彼女たちはいる。目的地まで一直線だ。


 こちらへ走ってくる狼を見つけた。どんな様子かは分からないが、狼の周りで次々と黄金の盾が展開されていく。私はとりあえず速度を落とさずに狼に近づく。すると、明らかに彼女たちとは違う魔力を感じる。目視はできない。私は自分の感覚を信じて、その位置にハルバードを振るう。しかし、空を斬り裂くばかりで当たった感触はなかった。



「ダメだ。切れた感触がしない。ネリネ! 敵が見えてないのは私だけじゃないよね!」


「はい!」


 私たちは互いに背中を預けて、敵の攻撃に備える。先程感じた魔力を探していると、上空から大きな影が降りてくる。緑色の飛竜に変身したドラセナだ。私はネリネの手を引いて遠くにを離れる。その直後、飛竜は火炎を纏った息を吐く。辺り一面に燃え広がるように炎は伝播していく。



「なんですかこれは味方ですか?」


「そうよ! ドラセナくんの魔法よ」



 おおよそ敵が潜伏していそうな範囲を燃やし尽くした飛竜は光と共に消えた。ドラセナは一瞬だけ姿を現すと、ネリネの様子を確認する。



「あれでもローズから報告を受けた時、私より取り乱してたんだよ。悪い子じゃないからさ」


「そうだったのですか。助けに来て頂けて助かりました」


「うん! 困った時はお互い様だからね。それよりいつ追っ手が来るか分からないから、早く帰ろう」



 私たちは拠点へ帰った。



♦︎


 その後、空き地でネリネを問い詰めた。


 ローズは本当の世界を見せてあげるといってヘドロと呼んでいる魔力の残滓を体内に取り込んだこと。彼女がその後苦しみながら、何もないはずの所へ吸い込まれるように消えたこと。血塗れの状態で逃げるように姿を現したと思ったら、すぐに敵との戦闘になったこと。それらが分かった。



「私もまさかこんなことになるとは思いませんでした。隠していてすみません」


「まぁ多分、ヘドロ……。魔力の残滓がネリネちゃんとローズに何かしら共通の利益をもたらすってことだもんね。そうわかっただけでも大分有益だからさ、あんまり隠していたことは気にしてないよ」


「ごめんなさい」



 ネリネは魔力の残滓のことを隠していた。しかし、何に使うまでかはローズから知らされていなかったのは本当らしいので、これ以上責める気にはなれなかった。


「ネリネちゃんも疲れたでしょ。今日は早めに休もうね」



 今日の調査はこれで中止することになった。


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