第6話 調査1日目③ 引……魔法使い?
ネリネとローズがペア調査の最中。私は隊長の様子を見に行った。ドラセナともう少し話したかったが、拠点で秘密の会話ができるほど信頼できる場所ではないので見送ることになった。ただ何もしないというのも勿体ないので、渋々だ。
「隊長ー! いるんでしょ」
工房へと続く扉。プレハブ小屋の扉をノックするが、中から返事は聞こえてこない。どこかへ調査に行っているのだろうか。もしくは私の声が届いてないのだろうか。自分の工房があんなに杜撰な始末なので、魔法使いの工房がどれほどのものなのかはわからない。いくらノックをしたとて中の工房には何の影響もない可能性もある。
私は諦めて、向かい側のプレハブ小屋に移動した。ここは一向に姿を現す気配がないもう一人の調査員であるライラックの工房だ。私は先程と同じように扉をノックしながら呼びかける。返事はなかったので諦めて踵を返そうとする。それを見越したかのようなタイミングで声が聞こえた。
「待ってくれ。まさか君から声が掛けられるなんて思ってもみなかったのだよ。こんなことは初めてだ。いつでも予測をして先手を打つというのが私の戦い方だからね。それが誇りでもある。思い出は色褪せないなんてことを言うだろう。変わらずにそこにあり続ける。まさしく牢獄だ。そう檻だ。ここは魔女の魔力が充満し過ぎていて息苦しく感じる。こんな所に出るなんて無理な話。どうだろう。中で話すというのは? けれども魔法使いが他人の工房にぬけぬけと────」
自分に向けられているのかさえ怪しい。ただの言葉の羅列であった。果たしてどこに重大なことが隠されているのか。全てが戯言かもしれない。そんな雑踏を浴びせられた。
「一回黙りなさいよ! 猫の手も借りたい状況なの。工房だろうが、地獄だろうがなんだって入ってあげるわ!」
「それは実に賢明な判断だ。猫の手も借りたい。私への口説き文句としては、言い得て妙であるが気にいったよ。さぁ、ややこしい話はおいて扉を開けるといい」
私は叫んだ。ライラックは叫びに対するレスポンスとしては少々出力が弱い声色で返した。
一呼吸おいた後、扉に手をかける。その瞬間視界は暗転する。瞼は自然に落ち、体は浮遊感に包まれる。全身がピリピリと静電気を受ける程度にひりつく。しかし、突然の明転によって視界はこじ開けられる。
ぼやける視界の中には一つの影が観測できた。目を慣らしながらあたりを確認すると、白い箱のような空間であった。
「その椅子に座るといい」
私はどこからか指示された声に従い白いイスに腰を掛ける。すると、目の前の影は実体を持ち始める。あらわになるのは黒い外套を全身に纏った長身である。
「ようこそ。ここは君がお望みの談話室だ。ここでは君と私以外が入ることは出来ないし、ここでのことが外部に漏れることも絶対にない。その点は安心してほしい。どんな魔法を使えど、ここに干渉することはできない。あと勘違いしないでほしいがここは私の真なる工房ではない。ライラックだ」
「え、ええ。エリカよ」
外套のフードからはちらりと紫色の髪が見える。
「さぁ、腹を割って話そうか。聞きたいことを何でも聞いてくれていい」
「貴方は何かこの陥没穴について知っていることはある?」
「君らが知っていることしか知らない。ただ、君は薄々この穴で起こっている現象について解り始めているのではないかな」
「え?」
「騙されていると思って、腹の底に隠してみるものを何でも話してみるといい。どうせ泡沫の夢なのだから。」
私は彼女……にドラセナと導き出した魔法の檻についてを話した。するすると口にしたいと思ったことが何の抵抗もなく通過していく感覚がする。心地のよい相槌に促されるようにいいたくないことま──。
「エリカはどうしてこの陥没穴へ来たのかな」
「私は……困っている人を助けたいから!」
「ハッ! そんな偽善的な理由で君は命を懸けられるほど強い魔法使いではないだろう。君の魔法を観測してきたが、どれも浅すぎる。明らかに君は未知の地を開拓し、探索の先陣を切れるほどの技能を持ち合わせていない。であれば相当の無茶をしてまでも成し遂げたい野望があると考えるのが妥当であろう。それが人助け? 笑わせるのも大概にしてほしいね」
気が付いたら、私が陥没穴へ来た理由を問われていてそれに対して嘘をついたことを指摘されている状況である。目の前の人物が彼なのか彼女なのかすら判別できないほどに思考と体のズレを感じる。頭で言いたくなくても口は勝手に動いている。
「君は誰だ」
朦朧とする意識に鋭利な刃物は差し込まれる。ズルリと深層へと言葉が突き刺さるのを感じる。素直に口にしたかった。ずっと言いたかった言葉だ。
「──私は眠りの魔女の眷属」
「よろしい。ようやくこれで物語を始められる」
彼ではなく彼女は外套のフードを取った。
長めの紫色の髪。
頭の上には獣の耳が生えていた。
顔立ちは大変整っている。
歳若いように思えるが長の様な風格もある。
年齢不詳である。
私は大切な人の風貌と少しだけ重ねてしまった。
「私は塔の魔女ライラック。獣人と人間の中間。君も良く知っているだろうがネコミミと呼ばれている。ここへ来たのは同胞を〇すためだ。そう君と目的は同じだ。改めて私の方からお願いしたい、君の力を貸して欲しい」
ライラックはそう名乗るとアンニュイに笑って見せた。
「同胞って、他の魔女のこと?」
「ああ、それもこの状況の元凶である魔女さ。君も薄々勘づいていただろう。こんな奇怪な状況を作り出せる魔法使いなんてこの世界に数えられることしかいないってことを」
「力を貸すって具体的に何をすればいいの?」
「君は今まで通りでいてくれればいい。そうすれば私が君に目的を達成するための舞台を用意してあげようとも。それじゃあ君が不満というのであれば一つだけ覚えておいて欲しいことがある」
彼女は意味ありげに口角を上げると私に近づく。顔のすぐ横。耳元に彼女の顔があるというのに体は硬直して動かすことができない。そして、魔女は耳打ちをする。
「──ネリネは森の魔女の関係者だ」
森の魔女。頭の中で声が反響する。どれだけ頭の中で反芻しても消化しきれない言葉。胸の鼓動は速まり、体は熱くなる。
「ただ、君がこの情報を手にするのには少し早い。そもそも君と私はここで会う予定じゃない。だから」
魔女は私の頭に触れる。途端に瞼は重くなり立っていられないほどに体の力は抜ける。
「これは私からのプレゼ──」
魔女は私の指に何かを通す。そこで私の意識は途切れた。
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