第5話 調査1日目② 変身と

 ネリネとのペア調査の後。


 彼女より体の負担が軽かった私は、そのままドラセナから指名された分の調査を行うことにした。すぐに空き地で合流したドラセナと拠点を出る。



「あの子と何の調査を?」


「南の方角を突っ切ったけど何もなかったんだよねぇ」


「だろうね」



 彼は顎に手を当てて何かを考えているようだった。



「何か知っていることがあるの?」


「君よりかは」


「そうですかぁ。それなら共有してくれませんかね?」



 彼は足を止めると、私の前で左手を広げる。少しの沈黙の後彼は懐から帰還用に渡されたカードを取り出した。



「使った?」


「見ての通り使ってないわよ! だって、ここに私はいるじゃない」


「はぁ……」



 やれやれとでも言いたげな怠い声と共に彼はカードを掲げる。カードが光り出したかと思うとすぐに光は失われた。



「使えないってこと? なんでよ!」


「不良品の可能性を考慮しないなら魔力による干渉を受けているからだと思う」



 私はカードを取り出して同じように掲げてみるが、帰還の魔法は不発に終わった。これで不良品の線は限りなく薄くなった。



「魔法の檻とでも呼ぼうか」


「檻……。これを破らなければ調査どころか帰れないのね」



 魔法の檻自体が彼の考察だが、やけに納得のいくものであった。進めど進めど際限がない。地上も上空も。無限に続く地を空を進まされている気がしたことにもこれなら説明がつく。檻の外部と連絡を取る必要がある帰還のカードが使えないということも十分な補強材料だ。



「何か策はあるわけ?」



 彼は眼鏡をクイっと定位置に直す。



「ないです」


「えー!」


「それほどの魔法使いがこの陥没穴に関わっているんだ。僕がどうこうできる問題じゃないよ」


「じゃあ、黙ってここで一生暮らせってこと⁈」


「そうは言ってない。一つ手掛かりが在るとすればあれだ」



 彼は地面に付着したドロリとしたヘドロを指す。それからある考えを口にする。


 このヘドロは陥没穴が発生した直後。第一次調査隊が陥没穴へ落ちた頃はまだなかった。いくつかの調査隊が勢力的に駆り出された後にヘドロが陥没穴から噴き出して、地上にも降り注いだのだ。これを踏まえると、陥没穴が発生したからヘドロが噴き出したわけではなく、穴の中で何かをしたせいでヘドロが発生したと考えられるというのだ。



「その何かが……」


「この檻を作ることであるならば辻褄が合う」



 ある空間に別の空間を作り出す。それも外部からの魔力を遮断するほどの気密性を誇るもの。そんな大魔法を行使した代償がこのヘドロだとドラセナは言いたいのだろう。



「何の為に?」


「少しは自分で考えたら? それに君の力任せな調査にあの子を巻き込まないでほしい」


「ははーん。ドラセナくんはネリネちゃんのことが好きなのね。だから無愛想な態度を取るんだ」



 彼は何でそうなると大きな声を出した。初めて感情をあらわにする彼の姿を見た。いつもならきっちり詰めたいところだが、今は非常事態。揶揄うのは後にして本題に入る。



「ごめんて。それより何を調査するのさ」


「君の馬鹿力を活用する良い機会だ」


「へ?」


「君に今から地面を掘らせる」



 ♦


 私は詠唱をし、両の拳に強化を施す。そして見るからに乾いた地面に向かって拳を振りおろす。



「はぁ! てい! やー!」



 左右の拳を幾度も地面に叩きつける。けれども土埃が出る程度で掘るなんて夢の話だ。私のことを後方で見ていたドラセナが不満げに近寄ってくる。何を言うわけでもない無言の圧力が私に降りかかる。



「何よ。役に立てなくて悪かったわね」


「いや、そうではなくて。何でわざわざ不得意な魔法を使うのかが疑問で」



 彼は私の身体強化魔法の練度の低さを指摘した。私の背筋は凍り付く。うでききの魔法使いにこうもあっさりと見破られてしまったのだ。非魔法使いを連れて走る程度であれば見破られる隙はないが、素手で硬い大地を割るとなると簡単にボロが出てしまった。



「ちなみに私だって掘る術がないわけじゃないわ。これ以上のことを期待するなら取引よ。貴方の固有魔法を教えなさい」


「固有魔法。魔法使いの命とも呼べるものだ。それを取引の場に持ち出すということは君が披露してくれるものも相応のものということだね」


「ええ、その通り。私も固有魔法を見せるわ」


「取引成立だ。君が地面を掘ることを見届けたら。僕も相応のカードを切ると約束しよう」



 彼の真剣な眼差しを背に受ける。私はネックレスを握り込むと、言葉を並べる。今度は上手くやらなくてはいけない。魔法の詠唱の法則に則り、それらしい言葉を吐く。すると、私を照らすように光の柱が出現する。光は収束し発散する。私の背中には純白の羽が生える。さらに、両手には大槌が握り込まれ、肩を守るパットが換装される。


 私はひょいと空へ飛び上がり、そのまま大槌を振り被りながら急降下する。



「やぁぁぁ!!!」



 急降下の勢いを乗せた槌を思いっきり振りおろす。槌が地面に触れた瞬間。発せられた衝撃波は地面を大きく抉るように広がる。まだだ。衝撃波により生まれたスペースに追撃を入れるように槌を押し込む。そのまま大きく腕を全身をしならせて1回転する。車輪のような一撃は大きく深く地面を傷つけた。



「どうよ!」


「見事だ。これでまた一つ確かめられる」



 彼は来てくれと言い残して穴へ落ちた。私も彼の後を追って穴へ落ちた。それから彼は穴をよく観察すると2つの石を指す。



「あそこにある石と、あの上にある石は全く同じ軸にあるだろう。他にも対になる石が沢山ある」


「確かに一定の距離を保って規則性があるように見えるわ」


 地上も地中も上空も、限りなく同じ場所が繰り返し繋げられていることがわかった。これで魔法の檻というドラセナくんの説を補強する材料ができたというわけだ。


 私は穴から出る為に彼に腕を伸ばす。だけど彼は先へ行くように言う。



「約束だ。僕のカードを見せるよ」



 穴の上で待っていると、何やら穴の中が光り出した。次の瞬間。大きな緑色の飛竜が穴から出てきた。飛竜は大きく空を旋回すると私の近くに着地する。そして煙に巻かれるように姿を消した。



「これが僕の固有魔法だよ」



 竜に変身する魔法というところだろうか。火を出す、何かを強化する、防衛の壁を張る。それらとは一線を画する魔法。明らかにこれは彼だけに許された魔法である。魔法使いがこれを晒すという意味。魔法の秘匿性を否定する行為は大きな弱体化に繋がるのだ。私の気がふっと抜けると同時に翼は光となって消える。



「エリカさん、協力して欲しい。こんな所に閉じ込められているわけにはいかない」


「もちろんよ。さっさと解決してお互いやるべきことをやろう」



 彼と握手を交わす。



「どうして正直に固有魔法を見せたの?」


「それは、エリカさんの固有魔法が僕のと似ているものだったから」


「それもそうね」



 私たちは調査を終えて拠点へ帰った。拠点ではネリネが出迎えてくれた。私はまたローズに驚かされる彼女のことを見送る。彼女たちの調査が終わるまでは待機時間だ。

 




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