第2話 虹に導かれて

 落ちていく。


 冷たく重く寂しく。


 落ちていく。


 風は体に纏わりつくように弧を形づくる。肌で感じる風はその場所の気持ちを、様相を教えてくれるのだ。大丈夫。恐くない。こんな高い場所から落ちることは初めてだが、確かに底から吹き抜けていく風を感じられる。それさえ分かれば、自ずと着地のタイミングは見えてくるはずだ。


 私は目を瞑り体の力を極力抜いた。背に受ける風圧を外へ流すように少し丸める。胎児のような姿勢で身を任せる。自然と微量に体外へ放出される魔力は私の体を囲うように受け皿を作る。


 しばらくすると、風の乱れを強く感じる。つまり底は近いということだ。私は最大限地面を引きつけるようにして翼を展開する機を窺う。ただ展開しても落下する力に負けてしまい、翼もろともぺっちゃんこだ。ならば方法は一つ。翼展開時に発生する魔力を地面にぶつけて落下速度を一瞬だけ失くす。


 ほとんどの魔法は発生する瞬間が一番強い力を伴うものだ。私の翼の場合は維持する魔力よりも、展開する瞬間の方が多く魔力を消費する。多く消費するということはそれだけ周囲に力を発生させるということだ。その性質を利用する。



(今だ!)



私は地面スレスレの位置で強く願う。すると背中に留められた魔力が一気に地面に向かって放出される。硬い地面によって行き場を塞がれた衝撃は反転する。そして落下する力を押し返すほどの力となる。ふわりと一瞬だけ体が浮いたのと同時に背中からは翼が生える。そのまま純白の大きな翼を羽ばたかせ周囲のあらゆる力を無きものに。私は綺麗に両足を静かに地面に着ける。目をゆっくり開けるとそこに広がっていたのは。



「なんなのこの場所」



 見渡す限りの荒れ地だ。木々の一つも見当たらず、変色し枯れ果てた大地が広がるのみ、多少のうねりによる高低差はあるものの酷く殺風景すぎる場所であった。何より不気味なのは見上げると空が見えることだ。まるで地下にもう一つの土地が広がっているみたいに感じらえる。



「ほら、こっちだ」



 頭の整理がつかないまま声のする方を見る。そこには隊長が、調査隊の皆がいた。それぞれが着地の手段を持ち合わせていたということに安堵する。それから皆のまわりは虹色に光っていることに気が付いた。



「とりあえず、前の調査隊が残した印を辿る。きっと拠点に続いているはずだ」





 私たちは虹石と呼ばれる。魔力が込められた石を辿るようにして前の調査隊が残した拠点だったと思われる場所にたどり着いた。確かにここには拠点を立てたという残し書きと共に空き地が6つほど並んでいるのだが、売地のようにきれいさっぱりまっさらなのだ。何者かの襲撃を受けたのか。この印こそが罠なのか。隊長は神妙な顔で残し書きを何度も読み直している。



「これは確かに騎士団の者によるサインだ。間違いない。ただ、この場所で何かがあったのは確かだな」


「そうみたいね……」


「私はあそこにしようかしら!」



 ローズは罠であるかなど気にする素振りもなく真ん中の空き地へと進んでいく。隊長の待つんだという言葉に彼女は不敵な笑みで返す。



「手掛かりが向こうから来てくれるならむしろ好都合じゃないの。それより早く工房を敷いてしまった方が身の為だと思うわ」



 舌を見せる彼女の異質な態度から発せられた言葉には妙な説得力がある。こんな所に好んで長居などしたくない。確かに都合がよい意見だった。おかっぱのドラセナも、外套のライラックも私と同じ結論に達したようで空地へと向かっていた。



「二人はローズに賛成のようだし、私も行きますね」



 私も自分の空き地の前に向かって拠点を立てる準備をする。こういう不慣れな土地に遠征を時に便利なのがこの魔道具。私はポケットから手のひらサイズのキューブを取り出す。そして空き地の真ん中へそれを投げ込む。するとキューブから魔法陣が展開されてみるみる内に四角いプレハブ小屋が生成される。これで拠点は完成だ。


中に入ってみると木で出来たボロ屋の室内が視界に広がる。これは私が住んでいた風車小屋の一室だ。隅にあるベッドと机。四角い窓。軋む床。煤けた壁。魔法工房と呼ぶには貧弱が過ぎるが、この部屋が私の拠点である。キューブは正確に私の工房。つまり魔法使いが全力を発揮できる大事な拠点を再現する。


プレハブ小屋の扉を繋ぐ先は地上にある私の工房の扉ということだ。だが、この扉から出ても帰還することは出来ない。地上の一室を切り取ってこの場所に持ってきたみたいなイメージである。原理はよく分からないが便利な道具ということだ。



 特に工房内でやる準備もないので外にでる。空き地だった場所にはそれぞれの小屋が並んでいた。皆もキューブを使ったみたいである。私の向かい側だけがポツリと空いている。ここに来るはずだった人はどんな人なのか。私だけでも待っていればよかったかもしれないと考えていると、ドラセナが小屋から出てきた。



「付いて来て欲しいんだ」



 彼は私の事を呼んだ。何故かを聞くとドラセナは私たちが来た道を指さした。



「反応があった。もしかしたら最後の一人が来たのかも」



 それだけ言い残すと、彼は駆けていった。



「ちょっと待ってよ!」



 私は魔法を詠唱し両足に簡単な身体強化を施して、彼の後を追った。踏み出した一歩はより大きく、速く。生身の足では成しえない速度で走ることが出来る。あっと言う間に先程の虹石の密集地に着いた。



「あの黒い球体。あそこから僕たちはここへ来たんだ。誰かが穴に落ちると一瞬だけ少し大きくなるみたいなんだ」



 ドラセナは空高くに浮かぶ球体のことを指す。彼は私よりも先にここへ来たのでよく観察していたのだろう。



「じゃあその合図があったということね」


「うん」



 しばらく球体を見つめていると、また球体が大きくなる。そして球体は何かを吐き出すかのように脈動すると二つの影が現れた。一つは二足で、もう一つは四足。四足は人に近づくと何かを口から出した。



「「………!」」



 目を疑うような行動の末に大きな音を立てながら二つは墜落した。私は思わずドラセナの方を向いた。すると、ピッタリ彼と目があった。



「──様子を見に行こうか」



 私たちは最後のメンバーがどんな人なのかを確認しに行くことにした。

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